1日目-3

 私が昨日2人と別れた後リグと一緒にちょっとだけ遠回りをして帰ったんだ。数時間前に散歩したばかりだったんだけどもっとリグと一緒に歩いていたいなって思って。リグも同じ風に思ってくれたのか嫌がらずに一緒に来てくれたんだ。

 その道はほとんど私も通ったことなくて知らなかったんだけど人通りや車通りが少ない道で時間帯もあってほとんど人とすれ違うこともなかったんだ。

 でもリグが一緒だったし怖くはなっかったよ。道に迷うのは嫌だったから時々スマホを確認しながらだったけどね。

 それで5分くらい歩いたところだったかな。小さな公園があってそこで少し休憩するのもありかなって思ったんだけどリグが急にその場で動かなくなっちゃって。

 どうしたの、って声をかけても一点を睨みつけるように見て唸ってるばかりで。その方角が公園の方で何かあるのかなって覗き見たら遊具の間から何かが見えたの。その瞬間リグが急にけたたましく吠えだしちゃって。私もどうにか静かにさせようといたんだけど全然いうことを聞いてくれなくて。

 そうしてる間に何かが公園からのそりと出てきたんだ。多分背丈は2メートル以上はあったんじゃないかな。まさに大男って感じで。

 大男はぐるりと周囲を見回して私の方をみてピタリと動きを止めたの。私は大男と目が合って逃げないとって思ったんだけどそれに反して足は全く動かなかった。

 蛇に睨まれた蛙っていうのはあんな状態を言うのかもしれない。私は怖いのに全然動けなくて大男が近づいてくるのをもう黙って見てることしかできなかった。

 手を伸ばせばもう届きそうな距離まで大男が近づいてきてもう終わりだって思ったときリグがひときわ大きく吠えると大男の足に噛みついたの。

 たまらず足を止めた大男を見て我に返った私はリグに逃げるように言おうとしたけど遅かった。大男の振り上げた足がリグの胴体に直撃したの。私の目の前でリグは近くの塀に叩きつけられて動かなくなって。私は気づいたらリグに駆け寄ってて。あんなに動かなかった足が普通に動いてたの。

 私はリグを抱えて鳴いてることしかできなくて騒ぎを聞きつけてやって来た人に声をかけられてはっとして周りを見るとすでに大男の姿はどこにもなくて。

 それからしばらくして警察がやってきてリグも救急搬送されたんだけどそれからのことはほとんど覚えてなくて。ただリグは助からなかったって聞いて私は一晩中泣いてたと思う。



****


 昨日のことを話している間降瑠は少し辛そうにしていたが涙まで流すことはなかった。話し終えた降瑠は力なく笑った。


「ありがとう降瑠。大男とか言っていたけど姿は見たんだよね。どんな男だった?」

「……それがよくわからないの。確かに間近で見たのに靄がかかったように見えてよくわからなかったの」


 とても不思議そうにそう言った。靄がかかったように見えるなんて現実的にあり得るのだろうか。そういえば夢鈴先輩も「魔法みたいだ」と言っていた。そうなってくるとの可能性が出てくる。


「でもいくら大男とはいえ大型犬を蹴り飛ばして叩きつけるなんてありえなくない?」


 真昼の指摘はまさにその通りだ。常人には無理な芸当だろう。それと私には一つ気になることがあった。


「降瑠、犯人は刃物のようなものを持ってた?」

「んん、どうだろう。よく見ている状況でもなかったから確かなことは言えないけど持ってなかったと思う」


 所持しいていなかったとなると変なことがある。私が以前見た殺されていた動物には刃物で切られたような傷があった。

 別犯人の可能性も考えられるがその可能性は低いと思う。そんな人が複数いるとは考えられないし、夢鈴先輩が用意した資料には今回の被害者の外傷として切り傷と書かれていた。


「うーん、聞いた限り人間だとは思えないよね。実は人かと思ったら熊だったとか?」

「えっと、さすがに私も人と熊は見間違わないよ」


 熊か。熊には鋭い爪があり、刃物を持ってないのに切り傷ができているのには説明はつく。まあ、さすがに私も熊だとは言わないが。

 ひとまず三人で語り合って出てくる情報はこれくらいだろうか。

 私はここまでの情報をスマホにまとめておくことにする。今回の話で謎に包まれていた犯人について大きく進展したといえるだろう。

 私と真昼はひとまず今日のところはお暇することにした。降瑠は明日は学校に来るとのことで改めて明日学校で話し合うことにした。


「うーん、ふーちゃんは警察にも同じ話をしたって言うし一気に進展して犯人が捕まったりしないかな?」

「どうだろうね。わかったことは2メートル超えの大男ってことだけだし」

「ふふーん、それはどうかな。あたし、気づいちゃったよ。犯人を特定する証拠があることに。リグちゃんが噛みついたでしょ。つまりはDNA がとれるんじゃない?」


 DNA か。普通ならとれてもおかしくはないが個人的には難しいのではないとか思う。とはいっても真昼に共有できる話でもないので曖昧にうなずくにとどめておいた。


「現状容疑者もいないし前科持ちじゃない限り特定は難しいと思う」

「うーん、そんなものかー」


 真昼は残念そうに肩をすくめた。

 そしてそのまま、ああでもないこーでもないと語る真昼の話を聞きながら歩いた。


 真昼と別れて帰宅すると私は母さんから兄さんのことについて聞いた。

 捜索願いは無事受理されたそうだがあまり期待はできないんじゃないかとのことだった。

 身元不明者や直近の事件との関係性を調べてはくれたそうだが明らかな事件性がないと本腰いれて動いてはくれなさそうだったそうだ。

 日本国内で捜索願いは一定数あがっていて家出等事件性がない場合が少なくないらしいので仕方ないと言えば仕方ないことだった。


「結局兄さんは見つからないままか」


 残念なことではあるが朗報でもある。少なくとも生きている可能性はあるのだから。


 母さんから話を聞き終え、自室へ戻った私はもう一つの問題へとアプローチすることにした。何気に私から連絡をとるのは初めての相手だった。


「日下部さん、安来です。今時間は大丈夫でしょうか?」

『君から電話とは珍しい。時間については問題ない、話してくれ』


 日下部さんはぱっと切り替えて話を聞いてくれた。本来ならあって話した方がいいのだが今は時間がおしい。


「日下部さんは今この街で起きてる事件は知ってますか?」

『……ああ、その事で君に忠告したこともあったしね』


 確か初めて日下部さんにあったときだっただろうか。何のことかは言及してなかったが注意するように言われた気がする。


「もしかしてこの事件は化異が関わっているんじゃないですか?」

『……どうだろうね。そういう怪異の特性なのか遭遇できていないから断言はできない』


 この感じからどうやら日下部さんは降瑠の一件については知らないらしい。私は日下部さんからの協力を得るために今日降瑠から聞いた話しと私たちが話し合ったことをそのまま伝えた。


『なるほど靄がかかって見えたか。怪談の性質上他者に見られないことになってるのかもしれない』


 日下部さんは私の話を聞いて落ち着いた様子でそう言った。彼にとってあくまで他人事ということなのだろう。


「やっぱり日下部さんも化異だと思いますか?」

『そうだね。総合的に考えればその可能性は高いだろう。さすがに怪談の内容まで特定はできないが』


 もしかしてと思ったがやっぱりか。そうなって来ると真昼や降瑠にこのまま関わらせるのは危険かもしれない。

 しかし今さらあの二人を遠ざけるのは難しいだろう。となるとできるだけ早い解決が望ましいだろう。


「日下部さん、今回も協力しませんか? 私が怪異を特定するので退治は任せます」

『……ぼくが怪異を見つけぼくが退治する。それで話しは終わりだ。情報提供はありがたいがこれ以上君に――』

「それなら私から日下部さんに依頼します。私のことを手伝ってください。私たちはもう引き返せないところまで来てるんです」

『………』


 私がそう言うと日下部さんは黙り込んでしまった。呆れているのか、それとも怒っているのか。


『わかった。そこまで言うのならもう止めはしない。その代わり調査にはぼくも同行させてもらおう。依頼人を危険にさらすのはぼくの本意ではないからね』


 それがのめなければ依頼は受けないし協力はなしということだろう。真昼や降瑠にどう説明するか考えなければならないが私としてはありがたい申し出だった。


「わかりました。それで大丈夫です。よろしくお願いします、日下部さん」


 私は日下部さんと明日の打ち合わせを軽くして電話を切った。

 私は一息吐いて背もたれに体重を預ける。まさか今回も化異に関わることになるとは。私にそういう縁があるのか、それともこの街に何かあるのか。

 そこら辺は考えても答えはでないので私は明日のために今までの情報をまとめるためにパソコンに向き合うことにした。

 

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