獣殺鬼変

1日目‐1

 私が局室に行くと夢鈴先輩がコーヒーを飲み、お菓子を摘まみながら寛いでいた。これは1時限目は出てないな。


「リアちゃん、おはよー。今日は特別に夢鈴出張会だよー」

「…………」

「何でだんまり? 普段ならツッコミや苦言が入るのに」


 私が特に言葉を返さないとそんなことを言われてしまった。


「ごめんなさい。今日はそんな気分じゃないんです。それで何があったんです?」


 雑談の気分ではないので私は早速本題へと話を移行させる。


「ほら、今起こってる動物連続殺傷事件について調べてるよねー。それの新情報だよー。おいそれメールで送れるものでもないからこうして来てもらったんだー」


 夢鈴先輩は私に手に持っていたタブレット端末を差し出してきた。私はそれを受け取ってないように目を通してみる。そこには私にとって衝撃的な内容が書かれていた。


「え? 降瑠が何で……」


 そこにあったのは昨日の被害者に関する資料であり、すぐにその名前が飛び込んできた。


「ん、知り合いだった? まあ、安心してよ。読み進めればわかるけど彼女自身は無事だよー」


 確かに読めば降瑠自身に怪我とかはない事が書かれていたが彼女と同行していたペットが亡くなったことが書かれていた。

 私の脳裏には昨日の降瑠の愛犬の姿が思い浮かぶ。あの溺愛振りを見るとスマホを確認している元気など彼女にない事はよくわかった。


「書いてある通りだけど彼女は大男に襲われたところをペットに救われたと証言してるんだー。今まで目撃情報すらなかった犯人の輪郭がやっと見えてきたんだよー。あれ? リアちゃん?」


 私がタブレット端末を手にしたままピクリとも動かないので心配そうに夢鈴先輩が覗き込んできた。夢鈴先輩に話す必要のないはずの事を私は気づけば口にしていた。


「昨日私は降瑠とその愛犬と一緒にいたんです。もしあの時私が家まで送っていればこんなこことにはならなかったんです」


 あの時無理にでも家まで一緒に行けばよかったんだ。ただでさえダメージを受けていた私の心をそんな後悔という毒が蝕む。


「ああ、昨日の犬の捜索は彼女からの依頼だったんだー。だったら尚更ショックだとは思うよー。でもリアちゃんはちょっと調子乗り過ぎだと思うよー」

「え?」


 いきなりな辛辣な言葉に私は思わず顔を上げて夢鈴先輩の顔を見た。


「自分なら何だってできると思ってなーい? それは気のせいというやつだしリアちゃんが何でもしないといけないとかそういうのじゃないんだよ。あくまで支援局の役目は助けを求められた相手を助けることにあるんだよ。リアちゃんは助けを求められたかな?」

「いえ。逆に断られました」

「つまりはそういうことだよー。何もリアちゃんは悪くない」


 夢鈴先輩はそう断言すると自分がつまんでいた棒状のお菓子を差し出してきた。


「ま、甘いものでも食べて元気だしなよー。それじゃないとこれからのことの話し合いにもならないからねー」


 私は夢鈴先輩の気遣いをありがたく受け取り棒状の菓子を口にする。チョコレートの甘さが口に広がりわずかに心が軽くなった気がする。

 一息ついて私はタブレットの資料に続きがあることに気づき、横にスライドさせて次のページを読む。

 男性の遺体が発見されたという一文を見つけ、一瞬息が詰まったがよく読むと被害者は40代男性となっていた。


「犯人が彼女と遭遇する前に男性を襲っていたみたいだよー。狙いはこのの男性で彼女は巻き込まれたと考えられてるみたい」


 資料には事細かに書かれていて一体どこで手に入れたのか疑問に思うほどだ。


「こんな詳しい資料をどこで手に入れたんですか?」


 とても気になったので試しに聞いてみると夢鈴先輩は明らかに嫌そうな顔をした。


「企業秘密に決まってるじゃんよー。一応合法的手段だから心配しないでね」


 合法と聞いて少し安心したが夢鈴先輩の証言なので確証は持てなかったが。

 夢鈴先輩が持ってきた情報はそれで全てのようだった。ここ数日何の進展もなかったので止まっていた時が動き出したかのような気分だった。


「リアちゃんはこの情報を聞いてどうするのー? やっぱり事件を追う?」

「はい。今回のことを聞いて余計にどうにかしないとって思いました」


 今回被害に遭った降瑠のことを思うと仇を取らなければとそう思う。それに関係性はまだ見えないが今回の件の調査が伊凪兄さんの居場所につながるようなそんな気がするのだ。


「正直夢鈴的にはあまり肯定はできないよー。さっきも言ったけど支援局の役目は助けを求められた相手を助けることだから」

「助けなら求められてます」


 私は夢鈴先輩の言葉にそう返した。昨日の昼食時の真昼とのやり取り。そこで確かに真昼から依頼を受けた。そして私はこう答えたはずだ。動くつもりはないと。ならばやることはただ一つだった。

 とはいっても今は授業中なのでさすがにやるわけにはいかないが代わりにメッセージを送っておくことにした。

 (放課後降瑠の家にお見舞いに行こう)


そう送るとなんと驚いたことにすぐに返信が返って来た。


(お見舞い? ふーちゃんに何かあったの?)

(今日学校を休んでて色々あったらしい。とにかく詳しいことは昼休みにしよう)


  私はスマホをしまうと改めて夢鈴先輩に向き合った。


「まあ、何となくはリアちゃんの考えはわかったよー。ただ支援局の仕事だというなら報告はちゃんとするよーにね。そうすれば夢鈴も手伝わないこともないからー」


 よっこらせと夢鈴先輩は立ち上がるとひと段落着いたとでも言うように柏手を打ち鳴らした。


「それじゃあ夢鈴は一端お家に帰るねー」

「いや、せっかく来たなら授業をうけたらどうですか?」


 当然のように帰ろうとした夢鈴先輩に私はそう言ったが聞こえなかった振りをして局室から出て行った。中途半端な時間だったので私はチャイムが鳴るまで局室で過ごすことにしたのだった。

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