日常-1

 すっかり黙り込んでしまった猫道さんと相変わらずマイペースな真昼に私は内心ため息を吐いた。だから嫌だったのだが断り切れなかった私も悪いのか。


「真昼、改めてこちらが猫道降瑠さん。あまり勝手なことはしないように」

「愛莉明ちゃんはあたしの保護者なの?」


 こいつは自分のことをわかってないのか。そんなことはいつものことなのでここはスルーしておこう。こいつの相手をしてたらきりがない。


「えっと、蝶野さん、よろしくお願いします」


 控えめな様子で頭を下げる猫道さんに真昼はどこか不満そうだった。


「あたしのことは真昼でいいよ。こっちはなんて呼んだらいい?」

「えっと、その、親しい人はふーちゃんと……」


 そう言って何故だか私の方に視線を向けてきた。え、私にそう呼んで欲しいってこと? 私は保留にしておくことにして気づかなかったことにした。


「オッケー、オッケー、ふーちゃんだね。ふーちゃんのことは愛莉明ちゃんから色々聞いてるよ。オカ研部なんだでしょ?」


 真昼は色々と言っているが猫道さんのことを真昼の前でそんなに話したことはない。オカルト研究部の話をした覚えはないのだが色々なところにバスケ部員という密偵を持っているのでどこからか聞いてきたのかもしれない。

 一々言っても仕方がないし水を差すのはあれなのでしばらく二人のやりとりを黙ってみておくことにした。


「はい。そんなにオカルトにそんなに詳しくはないけどね」

「そういえば、部活内で怪談会をしたんでしょ? 何か聞かせてよ」


 怪談という単語に反射的に身構えてしまう。それだけここ最近怪談関係に悩まされてきたということだろう。猫道さんは一度化異に憑かれかけたとはいえするのは普通の怪談だ。


「安来さん、大丈夫?」

「あ、うん。何でもないよ。少し考えごとしていただけだから」


 どうやら顔に出ていたようで猫道さんに心配されてしまった。一方で真昼は、えっ何のこと、という顔をしている。会い合わらず察しの悪い女だ。


「一応先輩に怪談の怖い話し方とか聞いて練習はしたけど正直あまり自身はないんだけどそれでも聞きたい?」


 自信なさげにそう言う猫道さんだがそんなの関係なく気にしないのが真昼という人間だ。私は口を挟むか迷ったがよく見れば猫道さんは嫌がっている感じはしなかったのでそのままにしておくことにした。


「もちろん、それでもかまわないよ。あたしはあまり怪談とか聞かないから少し楽しみだな」

「それじゃあ、ちょっと待っててね」


 さすがに怪談の内容まで暗記できていないのか猫道さんはスマホを操作して怪談の文面を取り出す。

 そうして語り始めた猫道さんの怪談のタイトルは「他所者よそもの」だった。それは私が知る百奇夜談のときの語られた怪談のどれとも違う内容だった。一応私は語られた怪談は知らないことになっているので指摘はしなかった。

 内容的には閉鎖的な村に外から人が引っ越して来て、村人が色々と面倒ごとを引っ越してきた男に押し付けるという話で最終的に男は心身のストレスから鬼になり、村人に焼き殺されるという話だった。

 人怖も含んだその話は中々に怖い話だった。自信なさげだった割に中々堂に入った語りだった。

 自分からおねだりしたのでそういうのは大丈夫なのかと思ったが怪談を聞き終わった真昼は完全に沈黙していた。まさに言葉も出ないという状態か。なので私が代わりに感想を言うことにした。


「猫道さん、中々怖かったよ。聞いたことない話だったけど怪談は自作?」

「いえ。怪談を書らくなんて私には無理だよ。先輩がネットから拾ってくると被ることが多いから本にしたらって。ほら」


 猫道さんはそう言ってスマホの画面をこちらに向けてきた。そこに写っていたの怪談本の表紙だった。タイトルは「百聞奇集」で著者は「服部はっとり尽筆つくし」となっているが私の知らない名前だった。


「これは純粋な怪談とは違って間に繋ぎのストーリーが入ってて結構読みやすいんだよ。安来さんも読んでみる?」

「ううーん、私はいいかな。真昼は……」


 正面の真昼の方を見てみるが幾分落ち着いた様子ではあったがまだ完全に立ち直った感じではなさそうだった。


「……あたしもいいかな。うん、ありがとね、ふーちゃん」

「そっか……」


 少し残念そうに猫道さんはスマホを操作して本を閉じた。最初は緊張した面持ちだった猫道さんも随分と慣れたようでリラックスしているようだった。


「真昼は何かないの?」

「うーん、バスケでもする?」

「ここは体育館じゃなくカフェだけど?」


 私が話を振るとふざけたことを言い始めたので冷たくあしらっておく。


「それなら少し気になっていたことを聞いてもいい?」

「どうぞどうぞ、何でも聞いて?」


 気を使ってそう言って猫道さんとどんと来いとでも言うように胸を張る真昼だった。


「真昼ちゃんはどうしてうちの学校に入ったの? 部活だけ真剣にやりたいなら他の高校でもよかったと思うの」


 そういえば私も聞いたことがなかった。まあ、学校の選択にはデリケートな部分もあったりするので私はやすやす聞く気にはなれないがここは猫道さんの素直な性格が功を奏したと言うところだろう。


「んー、まあ、それだよ。部活だけを真剣にやりたかったわけではないんだよね。みんなあたしに期待をしてるみたいだけどあたしはあたしのしたいようにしたいの。誘いを受けたとき私の考えを尊重してくれたのがこの高校だったんだ」


 そういえばバスケの朝練とかも自主的というよりは羽場樹先輩に付き合ってという感じだったか。羽場樹先輩とバスケがしたいという思いでやっているのだろう。


「そうなんだね。安来さんもそうだけど自分の意志を貫き通してすごいね」


 猫道さんは弱気に笑った。まるで自分にはそんなことはできないというように。何か悩みでもあるのかと思ったが私よりも先に真昼が先に口を開いた。


「んんー、あたしはふーちゃんも十分すごいと思うけどな。自分を変えるために知り合いのいない高校に行くなんてそうそうできるもんじゃないさ」

「……どうしてそれを!?」


 猫道さんは驚いたように目を見開いて真昼を見る。私も知らないことをなぜ真昼が知っているのか。

 驚いたようだった猫道さんだったがすぐにその理由に思い至ったのか小さく声を上げた。


「そっか。すーちゃんもバスケ部だから……」

「そうだよ。この前練習試合をしたんだけどその時声をかけられたんだ。ふーちゃんは元気ですかって」


 これを聞いて私は真昼が猫道さんと話をしたがった本当の理由を理解した。それならそうと最初から言えばいいのに変なところで遠慮する。


「真昼さん、ありがとう。私、これからも頑張るよ」


 猫道さんはそう言って微笑んだのだった。

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