2日目-5

「逃げる際に色々廃墟の中を回りましたけどそれらしいものはなかったと思いますが完全体もおそらく人形ですよね?」

「確かにその通りだが目立たないものではないはずなんだがな」


 それだけ完全体とやらは目立つということらしい。2階はそんなに動き回ってはいなかったがぱっと見でそれらしきものはなかったので除外してもよさそうだ。

 となるといったい完全体はどこにいるのか。日下部さんも思いあたる場所はないのでここで手づまりかというところで夢鈴先輩が再び口を開いた。


『リアちゃん、一回スピカーにしてもらっていい?』


 私は言われたとおりにスマホを操作してスピカ―に変えた。


「はいはい、依頼主の夢鈴だよー。新しい情報を仕入れたから共有しておくねー。その古民家があった場所について調べていたらわかったんだけど地下があるみたいなんだよねー」

「地下? 事前に送られてきた見取り図にはそんなものはなかったと思うが」


 夢鈴先輩の言葉に日下部さんがそう声を上げる。どうやら日下部さんは見取り図をもらっていたらしい。私は場所の地図しかもらっていないのだが?


「見取り図にはないよー。地下があったのは以前に建っていた建物で色々あって地下はそのままにして入口を入り口を塞いだだけらしいんだよねー」

「塞がれていたなら私が見てないのはわかるけど塞がれていたならそこに怪異が入り込んでいるのはおかしくないですか?」


 怪異も物理的に存在しているのだから塞がれた場所に入れるはずはない。そう考えるとそこに怪異がいるというのはおかしいと思ったのだがそれに反論をしてきたのは日下部さんだった。


「いや、化異は怪談を媒介にする性質上人為的なものであることが多い。この人形事件にも明らかに人の意思が感じられる。だから誰かが地下をこじ開けてそこに隠すことはあってもおかしくはない」


 人為的ものか。確かに今回の件は人の意思が強く感じられる。全ての始まりがそもそも一つの書き込みからだった。化異を広めようとしてる人間がいるということか?


「ありがとう、ここからはぼくの仕事だ。君はここで待っているといい」

「いえ、私も行きますよ。最後まで見届けさせてください」


 私は即そう返す。ここで置いてかれるのは納得いかない。ここまで来たのだから私は見届けなければならない。

 私の意志が固いことを読み取ったのか日下部さんは諦めたようにため息を吐いた。


『リアちゃんもそのままつないでてね。とても面白そうだから』


 シリアスな場面だというのに夢鈴先輩はとても楽しそうだった。よし、切ってやろうかとも思ったが後で面倒なことになりそうだったのでやめておいた。

 そうして私たちは廃墟へと戻り、床をはぐところから始めるのだった。


 とはいっても夢鈴先輩が大体の場所を割り出していたので畳を剝ぐ回数は少なくて済んだ。そうして中を覗くと確かにコンクリートが剥がされ、地下に続く穴が開いていた。どうしてそこに梯子がと思っていたがこれに利用されていたらしい。


「ぼくが先に行こう。安全を確認したら声をかけるから下りてきてくれ」


 そうして日下部さんが梯子を下りて行き、その間に私は周囲の警戒をする。まだ怪異化した人形がいるかもしれないので気は抜けない。

 しかし私の心配は杞憂だったのか特に人形が現れることもなく日下部さんからの合図がくる。

 私は最後に周囲を見てから梯子を下っていく。さすがは閉鎖されていた地下と言うべきか。とても湿っぽくてじめじめしている。そして地上と比べると大分気温が低い気がする。

 下まで行くと懐中電灯を持った日下部さんが待っていた。私はそれに倣ってスマホのライトを使って周囲を照らす。

 しかし私はそれをしたことをすぐに後悔した。地下室には数多くの棚が並んでいてそこには確かに人形も並んでいたがそれだけではなかった。


「これが行方不明者の末路といことか」


 人形に混じって死体がいくつか棚に並べられていた。死後何日も経っているというのに腐敗している様子もなく、見た限りどれも胸が切り開かれていた。

 私は無意識的に死体に近づきかけて日下部さんに止められた。


「近づかない方がいい。死体が腐ってないのも血が出てないのも化異の侵食を受けているからだ」


 私は何度も化異に引き寄せられていることを思い、気を引き締める。

 周囲にある人形は日下部さんの言っていた完全体ではなさそうだ。となると奥にあるのだろうか。

 私たちは棚に近づかないようにして奥へと進む。戦闘は日下部さんで私がしんがりを務める。


「始める前に一つだけ注意点がある。完全体はこの前のように祓うことができない。元の存在から完全に置き換わっているためだ。それ故に以外に方法はない」


 私には日下部さんが何を言いたいのか何となくわかった。私が見たくないものを見るだろうということだろう。


「大丈夫です。覚悟がないなら同行を言い出したりはしません」

「……そうか。これは注意点とは違うがおそらく困惑する場面に出会うことになるだろうが問題はないから気にしないでくれ」


 今度は日下部さんが何を言いたいのかよくわからなかった。しかしとても重要なことのような気もしたので頭の片隅に置いておくことにした。

 そうして話している間に地下の奥へと到着した。そこには私が予想したモノとは全然違うものがあった。


「柱?」


 地下の奥には一本の柱が立っており、そこに何かが縛り付けられていた。それが何かよく見えなかったがどういったものかはすぐに分かった。

 それくらいそれが放つ気配が異様だった。


「あれが完全体だ。おそらく上で人形を量産するために拘束しているのだろう」


 日下部さんは私にここで待つように手で制すると錫杖を抜く。ん、錫杖?

 錫杖だと思ったものはよく見ればそうではなかった。それは先から先まで白金色の刀だった。抜き放たれたそれは怪しく光っている。


「我は怪異を祓うもの。その杖は闇を祓い安然なる光を輝かさん」


 それは祝詞という奴だろうか。刀を構えたまま日下部さんは続ける。


「我は怪異を殺すもの。その刃は闇を喰らい終焉たる陰をもたらさん」


 日下部さんの体を影が蝕みその姿を変化させていく。そして影が消えると着物姿ので白髪となった日下部さんが立っていた。


「さあ、狩らせてもらうぞその存在を!」


 日下部さんは床を蹴ると柱に肉薄するが刀の間合いに届く前に周囲にある人形の手がその足を掴んだ。

 日下部さんは引き倒される前にその刀で紙きれでも切るようにその腕を断ち切る。しかしその動きを止められた一瞬のうちに日下部さんの周りに複数の人形がにじり寄っていた。


「雑魚が邪魔をするな!」


 円を描くように刀を振るい、範囲内の全ての人形の首を撥ねた。それにより人形たちは糸が切れたようにその場にくずおれる。

 日下部さんはそのまま人形を踏みながら残りの柱との距離を一気に詰め、完全体を柱ごと斜めに袈裟切りにした。

 その瞬間周囲の冷たい空気が安らいだ気がした。日下部さんが刀を収めると同時にずり落ちた柱の糸がはらりと解ける。それで私は自分の勘違いに気づいてしまった。

 柱だと思っていたそれは柱などではなく人間だった。私は刀で両断されてしまった人体を私は目にしてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る