2日目-4

 日下部さんは人形にとどめと言うばかりに胸のあたりを思いっきり踏みつけた。すると何かが割れるような音がしたかと思うと人形が塵となり、あとにはぬいぐるみが残されているだけになった。


「詳しい話をする前にひとまずこの廃墟から出ようか。ここは安全とは言えないからね」

「わかりました」


 人形は一体ではないとわかったし、正直もうあれの相手はごめんだったので日下部さんに従うことにした。


『リアちゃん、もしかして誰か来たの?』

「はい。一応知り合いではあるんですけど何故ここに来たのか――」

『よかった! 間に合ってくれたんだねー!』


 間に合ってくれた? つまりは日下部さんをここに送ったのは夢鈴先輩なのだろうか。だとするとこの二人の関係は……。


「外に出れば問題はないだろう。さて、君はどうしてこんな場所にいるんだい? まさか支援局の依頼でとは言わないよね?」

「まさにその通りなんですけどそれを知らないということはうちの学校のことで来たわけではないんですか?」


 夢鈴先輩が助けを送ったというならここに私がいる理由は知っていなければならないがそうではないということはいったいどういうことだ?


「いや、君の学校とは無関係の依頼だ。詳しくは話せないが依頼は失踪者の捜索だ」


 失踪者を捜索してこの場所に来たということはまさかH城校のことだろうか? 夢鈴先輩の口ぶりから昔の話しかと思ったが実は最近の出来事なのか。

   

「日下部さん、ちょっと作戦会議をしてきます」

「……ああ」


 日下部さんには何のことかわからなかっただろうが私は距離を取って夢鈴先輩に声をかける。


「先輩、いったいどういうことですか!? 日下部さんに依頼をしたのは夢鈴先輩何ですか!?」

『うん、まあ。学外となると動きにくくなるし夢鈴はインドア派だから実地調査は丸投げした方が楽かと思って。それに専門家の方が有事の際の対処もできるでしょー?』


 先に楽をしたいという理由が出てくるのはどうかと思うが今は突っ込んでいる暇もないので質問を続ける。


「先輩と日下部さんはどういう関係なんです? どうやって連絡を?」

『それはもちろんリアちゃんがもらった名刺を……!』



 そこでこれは失言だったと気づいたのか慌てて言葉を切ったがもう遅い。


「名刺をどうしたんですか?」

『そう! 拾ったんだよー! その時チラリと見えた番号とか覚えていて……』

「日下部名刺は家にあるので先輩が拾うとは思えませんが?」

『……ですよねー』


 苦し紛れの言い訳だと自分でもわかっているようで観念したようにため息を吐いた。


『リアちゃん、怒らずに聞いてね。あと3年の先輩たちに特にリルちゃんには内緒でお願いします』


 そういえば夢鈴先輩は元ヤン先輩が苦手だったか。ここは恩でも売っておこうということで了承することにした。


『実はうちの高校のサーバ―管理してるのは夢鈴なんだよね。もちろん高校生としての身分は隠してねー。だから覗こうと思えばある程度簡単に見れるんだよね』


 この先輩のプライバシーポリシーはどこへ行った。職権乱用が過ぎると思うのだが。

 私が何も言わないものなので夢鈴先輩は勝手に弁明し始める。


『夢鈴が見てるのは支援局の報告系だけだからー。暇つぶしにはちょうどいいか。それでリアちゃんの個人クラウドでいろいろ情報を得たんだ。祓い屋さんの番号とか怪異の話とかねー』


 なるほど。今までの言動や話を疑う様子が見られなかったのは前情報として知っていたからか。


「私の調査資料を見たのはわかりましたけどあれ見て信じたんですか?」


 本当にあれは資料だけで根拠なんてものはどこにもないし、書かれている内容は荒唐無稽ともいえるものだ。私も自身が経験していなければ疑うような内容だ。


『まあ、最初は半信半疑だったけどリアちゃんと接した限り真面目な人だからね。あんな内容をふざけて書くとは思えないしそもそもあれは個人的に見るものだから嘘を書く必要もないしね』


 確かに言われてみればそれはそうなのだが内容が内容だ。どんなに疑っても仕方ないと思うのだが。


『それにリアちゃんだってすぐに信じたんでしょー。それと一緒だよ。それより祓い屋さんから話を聞こー。何かわかったことがあるかもしれない』

「……それもそうですね」


 これ以上待たせても悪いので私は日下部さんのところに戻ることにした。

 私が戻ると日下部さんは所在なさげに周囲の森を見ていた。


「やっと戻って来たな。作戦会議とやらは終わったかい?」

「一応は終わったよ。ちょっと今回日下部さんに依頼した人と話していただけです。それより日下部さんに聞きたいことがるんです」

「何だい?」


 先ほど動く人形に出会った際に思ったことがあった。


「日下部さんは以前化異は怪談を媒介にすると言ってましたが今回はこのぬいぐるみの持ち主だった羽場樹先輩は怪談を聞いてませんそれなのにどうして人形が動き出したんでしょう?」


 私は羽場樹先輩の名前が書かれた紙を日下部さんに見せた。日下部さんはそれを聞いて深刻そうな顔をする。


「それは危ないかもしれない。完全体がこの廃墟に眠っているかもしれない」

「完全体?」

「ああ。この前君が対峙したあの絵は不完全体、完全に怪談の内容に染まり切っていない中途半端な状態だった。そして完全体というのは怪異として完成した存在だ。完成体は条件に合った存在を近くにいるだけで怪異化させる」


 それは中々に恐ろしい存在だった。

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