2日目-3
この廃屋は放棄されてからしばらく経っているはずなのだが思ったよりは荒れていないというか落書きや破壊の形跡というものがなかった。森に囲われていて外から確認できないからだろうか。
とはいっても全く出入りがなかったというわけではないようでまるで家探しにでもあったかのように散らかっている。
『リアちゃん、もう中にはいっちゃったー?』
しばらく静かだったイヤホンから夢鈴先輩の声が聞こえてきた。しばらく席を外すという話だったが戻って来たらしい。
「羽場樹先輩は見つけて帰るように伝えたんで安心してくださいと香野先輩に伝えてください」
『うん、それは伝えるけどということはリアちゃんもこっちに向ってる?』
「……いえ。今は廃屋、古民家の中です。羽場樹先輩が隠したぬいぐるみを探してます」
『え?』
何でそんなことしてるの? と言いたげな沈黙だった。確かにその通りだが羽場樹先輩もぬいぐるみに何か大切なものを入れたはずだ。それを諦めろというのは酷な気がしたのだ。
いや、羽場樹先輩に頼まれたのならまだしもそういうわけでもないのにどうしてそう思ったのだろうか。
『リアちゃん、気をつけてね。その行動は怪談通りの行動だから』
「怪談って、先輩まさか何か……」
何か知っているんじゃないかと問いかけようとしたが床が軋むような音が聞こえて私は言葉を止めた。
これは私じゃない。明らかに廊下の方から聞こえてきた。羽場樹先輩が戻って来たのかとも思ったが音は玄関の方ではなく二階の方から聞こえてきた気がする。
『リアちゃん?』
「先輩、誰か来たみたいです」
私は身構えて足音らしきものが近づいてくるのを待つ。そしてやって来たものは人の形をしていたが人ではなかった。
ぱっと見人間かと見間違うかもしれないがよく見れば違うというのはわかる。それは精巧な人形でまるで生きているかのような、というか普通に動いていた。まさに怪談通りというやつか。
私は近づいて来た人形を蹴り飛ばして玄関に向かう。こうなってしまえばぬいぐるみがどうとか言っていられない。
私は玄関のドアに飛びついて開けようとしたが鍵でもかかっているかのように開かなかった。
「は? どうして! さっきは開いたのに!」
私は悪態をつきながらも振り返り、明らかにさっきよりも人に近づいた動きになっている人形を迎え撃つ。
人形は私を捕まえようとしてくるがそれを身を低くして躱して真横を通り抜ける。
『リアちゃん! 今どういう状況!』
「えっと信じられないと思うけど古民家に閉じ込められて人形に追いかけられてます。ついでに人形は殴るとかは効かないっぽいです」
私は人形から逃げながら夢鈴先輩にそう返す。正直どこからも逃げられる気がしない。窓も鍵もかかっていないのに開く気配がない。
『大丈夫。リアちゃんがそう言う冗談言う人だとは思ってないから。多分出るには人形をどうにかするしか人じゃないかなー。今怪談の状況に近いのならそこにヒントがあるんじゃないかな?』
私はそう言われて先ほど読んだ怪談を思い出す。
怪談にあったのは人形を探しに廃屋に入った人が死に、後に人形を隠した方もいなくなったというものだった。そして最後に胸に穴が開いた人形が出てくる。
つまりは対処するには……
「やるしかない、ということですね」
人形とのかくれんぼならず鬼ごっこの始まりだ。やられる前にやるしかないということだ。
まずは人形の胸を切り開くための刃物が必要だ。この廃墟から見つけなければならないが思い当たる場所はある。ここまで綺麗なのなら残っているはずだ。
時間が経つにつれて人間らしくなっていく人形とのチェイサーは広くない場所ということもあって中々に苦だったが時に暴力を振るうことでどうにか回避する。
台所に駆け込んだ私はそこでナイフを見つけることができた。これで反撃に出ることができるはずだ。
人形の心臓の辺りにある核となっている大切なものを取り除くには一度人形を取り押さえる必要があるが正面から押さえるのはリスクが高い。
どう見たってあの人形に人を殺せるポテンシャルがあるようには見えないので何かしらのルールがあると思われる。
というわけで私は罠をはることにしたが正直なところ余裕があるわけではない。人形の方はどんどん動きが良くなっていく一方で私は体力が削られている。
長期戦は不利なので短期決戦で決めるしかない。私は人形がやって来る前に身を隠した。それから程なくして床が軋む音がした。どうやら人形がやって来たらしい。
私は息を殺してその時が来るのを待つ。しばらくすると足音が遠ざかり、周囲は静かになった。どうやら気づかずに去って行ったらしい。
私はほっとして顔を上げると人形の顔が私を見下ろしているその横っ面をフライパンを叩きつけた。
人形の軽い体は面白いくらいに飛んで床を転がって止まった。私は近くの椅子で下半身を抑え込んで背中に馬乗りになることで抑え込む。そして背中側から心臓のあたりにナイフを突き立てた。
見た目に反して軟らかい感触でまるでぬいぐるみにナイフを突き立てているかのような感触だった。
私はそのままナイフを引いて切り開くと手を突っ込んでそこにあったものを掴んで引き抜いた。
その瞬間プシューという音がして人形が塵になって消えた。そして気づけばそこにはアニメキャラらしきぬいぐるみが転がていた。
「先輩、終わりましたよ」
『それはよかったよー。怪我とかはない?』
「はい。何とかって感じですね」
怪我するような状況=死だった可能性もあったのでまあ無傷でよかったと思う。それよりもこの残されたぬいぐるみの持ち主だ。確か名前を書いた紙が大切なものを包むのに使われていたはずだ。
私は手の中にあるものの包みを外してそこに書かれた名前を確認する。そこに書かれたものを目にした瞬間背筋に冷たいものが走った。
音もなく背後に迫っていたそれから私はもう逃げることができなかった。最後の抵抗をと振り向いた私が見たものは後ろへと引き倒される人型の人形だった。
人形を引き倒したのは私の知っている人物だった。
「危機一髪だったようだね」
「……どうしてここにいるんですか?」
私へと笑いかけるその男は祓い屋の日下部さんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます