2日目-2

 私は自転車で走りながら右耳のイヤホンからの夢鈴先輩の声を聞く。


『その噂があったのはH城高校で実際に生徒が行方不明になっているの。行方不明が出る前に学内で流行っていたのが決事ぎじ人形にんぎょうというもので絆紡人形と同じでぬいぐるみを隠して見つけるものというものなの。ただお呪いの効果というかそもそもお呪いですらないの。決め事をする際にやって時間以内に見つけることができれば案が通って見つけられなければ通らないというそれだけのものだった』

「それなら問題は起こらなそうですけどどうして行方不明者が?」


 流行っていた時期に失踪者が出たことで関連付いているように見えるだけということもある。ただ夢鈴先輩はどうも自信満々といった感じで何か根拠でもありそうだ。


『H城高校の失踪事件を調べてる過程で元となった怪談らしきものを見つけたの。その中で絆紡人形は呪術として紹介されてるの』

「怪談?」


 怪談という言葉を聞くとどうしても私は思い出してしまう。オカルト研究部の依頼のとき遭遇した化異のことを。夢鈴先輩は知らないはずなので多分偶然だろうけど。


『内容は送っておくから古民家に入る前に目を通しておいてねー。知っていると知らないとでは大きく変わるだろうからさー』


 何だか意味深長なことを言う夢鈴先輩だった。本当に化異ついて知らないのだろうか。日下部さんを雇った相手は結局わかっていないしもしかして夢鈴先輩が?


「いや、それはないか」

『ん? 何の話?』

「いえ、何でもないです」


 今は追及している暇もないので私は自転車をこぐのに注力することにした。その間もラジオの如く夢鈴先輩の声がイヤホンから聞こえてくるが私は言葉を返さずにそのまま走り続けた。


 夢鈴先輩が言っていた古民家というのは街外れの森の中にぽつんと建っていた。この森そのものがこの古民家の土地であえて森の中に建てようだ。その所為かここだけ別空間のように感じる。


「羽場樹せんぱーい! いませんかーー! いたらへんじをしてくださーい!!」


 木々が音を遮ってくれるだろうと思って試しに大声で呼びかけてみたが案の定返事は返ってこない。そう思ったのだががらりと玄関のドアが開いて羽場樹先輩が顔を出した。


「あれ、安来さん? どうしてここに?」


 驚いた顔で私の顔を見る羽場樹先輩は心配したようなことはなくとても元気そうだった。私は自然と安堵の息が漏れた。

 私はこれまでの経緯と香野先輩がとても心配していた旨を伝えた。それを聞いて羽場樹先輩はバツが悪そうに笑った。


「すまない。安来さんにまで迷惑をかけるつもりはなかったんだ。実のところこの場所に来るのにここまでかかるとは思わなかったんだ」

「……いえ、とにかく無事でよかったです。羽場樹先輩はどうやってここを知ったんですか?」

「…………」


 羽場樹先輩は私の質問を聞いて困ったように笑った。迷惑をかけたので話したいがそれができないといった感じだろうか。


「大丈夫です。大体の事情はもうわかっているので話したくないことは話さなくて大丈夫です」

「そ、そうか。絆紡人形について教えてくれた人に相談したらこの場所が最も適した決まった場所だと教えてくれてそれでここに……」


 羽場樹先輩は振り返って古民家を見た。つまりはもう特別な人形を隠した後というわけらしい。

 それにしても最も適した場所か。香野先輩から聞いた話ではでという決まりがあったが本来の場所がこの廃屋だったのだろう。


「羽場樹先輩は香野先輩の元に戻ってあげてください」

「安来さんは? 帰らないのかい?」

「私は先輩が隠したぬいぐるみを探してきます。すみませんが絆紡人形については諦めてください」


 私は羽場樹先輩の返答を待たずに廃屋へと足を踏み入れた。

 玄関の敷居を越えた瞬間空気が変わったように感じた。外の森も喧騒から切り離された空間であったがこの廃屋の中は本当に異世界に迷い込んだかのようなそんな感覚があった。

 雰囲気があるなんていう言葉を聞くがこれがそうなのだろうか。森の中にある所為か昼間だというのに薄暗く、空気が重たい気がする。

 この感覚は何故だか覚えがあった。そう、これは怪異と相対したときに感じた冷たさに近いものがある。


「……羽場樹先輩は怪談を聞いたという感じではなかったはずだけど」


 どうしてぬいぐるみを回収するなんて言ってしまったのか後悔し始めていたが宣言したからにはするしかない。

 私は夢鈴先輩が送ってくれた怪談が緊急時の突破口になることを願って一通り目を通して見ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る