1日目-3
私は残された時間でサンドイッチをいただきながら情報を整理して生徒会室を後にした。後は授業をサボるわけにもいかないので放課後にすることにした。それに昨日のメールにあった援軍とかいう人とも情報を共有できるといいだろう。
そうして授業を受けて放課後になると私はすぐに局室に向かった。相手を待たせてはと思ったのだが私がついたときには鍵が開いていた。どうやら援軍というのは局員らしい。
局室の中に入るとソファーで一人の少女が眠っていた。一瞬中学生かと思ったがよく見るとこの学校の制服を着ていた。女子の局員は各学年一人ずつで初日にあった元ヤン先輩が3年らしいのでこの人は2年生の先輩ということになる。
どう見ても年上には見えないこの先輩はどう考えても授業をサボっていたとしか思えない。少なくとも帰りの学活はサボっているだろう。そうでなければ今こうしてソファーで眠っていることができないだろう。
私は眠っている先輩の肩を揺すって起こす。先輩の目がぱちくりと開いて目が合った。
「ふあー。お仕事の依頼かなー。それなら後で来る怖い後輩ちゃんにお願いしてねー」
再び眠りにつきそうになった先輩の肩を掴んで止めた。誰が怖い後輩だ。
「もー、冗談だよ、冗談。そんな怖い顔しないでよー」
先輩は上半身を起こすとにこりと笑った。
「初めましてだよねー、
自分の娘に回文じみた名前をつける親はどうかと思うが本人が気に入っているなら言うことはない。
「私は安来愛莉明です。どうぞよろしくお願いします」
「はいはいよろしくねー。それじゃあ夢鈴はもう行くねー! アデュオース!」
挨拶は終えたので帰りますねといった風に出て行こうとした。私はその前に夢鈴先輩の肩を掴んで止めた。
授業をサボって惰眠をむさぼっていたことからも思ったが中々に人として残念な先輩らしい。
「夢鈴先輩、このまま帰ったら先輩に言いますよ?」
夢鈴先輩はそれを聞いた瞬間体を硬直させて動きを止めた。
「それはやめて! リルちゃんにだけは言わないでー!」
リルちゃん? 私は局長のことを言っているつもりだったのだが夢鈴先輩は別の誰か別の人のことを思ったらしい。
最初は誰のことなのかと思ったがよく考えれば一人しかいなかった。あの元ヤン先輩しかいなかった。夢鈴先輩の怖がり用を見ると本人に直接元ヤン先輩というのはやめておこう。
「それなら話し合いましょうか、夢鈴先輩。今回の依頼について」
私が笑顔を浮かべてそう言うと夢鈴先輩は小さく頷きソファーへと戻っていった。
再び座った夢鈴先輩は何もなかったかのように元のケロリとした表情で私の方を見た。
「確か生徒会からの依頼だったよねー。どんな依頼だったの?」
前向きに取り組む気になったようで夢鈴先輩はそう聞いてくる。私はパソコンを開いてそれをもとに昼休みにあったことを順番に説明していった。
「ふーん。ぬいぐるみかー。確かに異常ではあるよね。授業に使うようなものならわからなくもないけど必要ない物だからねー。もうそのバスケ部のエースから話は聞いてるの?」
「いえ、これからです。というわけで先輩行きましょうか」
ここに来る前に真昼に連絡してアポはとっておいたので今すぐ向かっても問題はないだろう。そう思っての提案だったのだが夢鈴先輩は明らかに嫌そうな顔をした。
もう聞いてきてるとでも思っていたようだがそうはいかない。
「……わかったよー。行かないなんて言わないからさっさとすませちゃおう」
というわけで夢鈴先輩と共にバスケ部が活動している体育館に向かたのだが……
「先輩、大丈夫ですか? 顔が青い気がするんですが」
夢鈴先輩は体育館が近づくにつれてテンションが下がっていき、今ではもう俯き気味で黙り込んでしまっていた。
「大丈夫じゃないです。ごめんなさい、夢鈴はこれでも集団恐怖症なんでたくさんの人がいるところに向かうと思うだけで吐きそうです。あ、気にしないでもらって大丈夫です。本当に吐いたりはしないので。ごめんなさい」
小声かつ早口で夢鈴先輩は捲し立てる。まるで別人としか思えない喋りにこれはマジでダメそうだと理解する。
「愛莉明ちゃん! 本当に来たんだね! ナミ先輩には話は通しておいたよ!」
私に気づいて駆け寄ってきた真昼を見て夢鈴先輩は私の陰にそっと隠れた。目ざとくその姿を見つけた真昼が私の背後を覗き込む。
「愛莉明ちゃん、何この子! とってもかわいいんだけど妹さん?」
「……ごめんなさい。一応先輩何で馴れ馴れしくするのやめてもらっていいですか。これでも年上何で妹とか口にしないでもらっていいですかね。この制服に目がいかないなら眼科行った方がいいと思います。ごめんなさい」
テンション低めで下手なのに内容は毒舌な夢鈴先輩だった。私は真昼の相手を夢鈴先輩に押し付けてさっさと羽場樹先輩を連れ出すことにした。
「やあ、安来さん。この前は挨拶もせずすまなかった。きみたちに負けたことが悔しかったものでね」
「いえ、気にしないでください。それよりも場所を変えてもいいでしょうか。連れが人が多い場所が苦手なので」
羽場樹先輩は暗い顔で真昼の相手をしている夢鈴先輩を見て羽場樹先輩は苦笑いを浮かべる。
「わかったよ。局室まで行けばいいのかな?」
「はい、お願いします」
「それじゃあボクは行ってくるよ。ボクがいないからって練習サボらないようにね」
羽場樹先輩は部員たちにそう声をかけると部員たちから元気な返事が返ってきた。最後に羽場樹先輩は真昼にも声をかけて私たちは体育館を後にして局室に舞い戻って来た。
「よーし、それじゃあ早速尋問と行こー!」
「尋問いわないでください。羽場樹先輩、どうぞ座ってください。今お茶を淹れますので」
私は元気になった夢鈴先輩にツッコミを入れて羽場樹先輩を座ってもらってお茶を淹れる。一応夢鈴先輩の分も含めて湯呑を三つ用意する。
お茶と茶菓子を用意して私は羽場樹先輩の向かい側に座る。夢鈴先輩はというと湯呑を手にすると座ることなく、局室の中をふらふらしている。相手は任せたと暗に伝えたいらしい。
「部活中にすみません。今日はどうしても先輩に尋ねたいことがありまして。まずはこれを見てもらってもいいでしょうか」
私はタブレットを羽場樹先輩に渡す。そのタブレットにあるのは生徒会に届けられたぬいぐるみの写真が収められている。それも羽場樹先輩が生徒会を尋ねた時期より後に届けられたものを選んで撮っている。
私は一枚一枚見ていく羽場樹先輩の表情を確認する。
「……このぬいぐるみがどうかしたのかな?」
「これはここ最近生徒会に落とし物として届け得られたものなんです。実は生徒会から依頼を受けてましてこれらのぬいぐるみについて何か知っていることはありませんか?」
私はあえて羽場樹先輩が生徒会を訪ねていたことを指摘せずに尋ねる。言わなくても彼女は察しているはずだ。そうじゃなければピンポイントで羽場樹先輩を問いかけている説明がつかないのだから。
「……すまないが心当たりが全くないな。すまない、どうやら力になれそうにないな」
羽場樹先輩は肩を竦めてそう言った。本当に何も知らないか、話す気は一切ないということだろう。ここでカードを切ったところで話してくれることはなさそうだと思ったのだが夢鈴先輩はそう考えなかったようで背後から羽場樹先輩の肩に手を置いた。
「あれれー、おかしいなー? 先輩は生徒会に行って探しているぬいぐるみについて尋ねたらしいじゃないですかー。本当に何も知らないんですかー?」
「……知らないな。ボクが探していたぬいぐるみは見つかっていないしこの中にもなかった。だからボクには無関係だ」
挑発するような夢鈴先輩の言葉にも羽場樹先輩は感情を露わにすることなく冷静にそう返す。夢鈴先輩の目論見は外れたようだ。そう思ったのだが夢鈴先輩が羽場樹先輩に何か耳打ちした。
「……すまないが部活の方が気になるから戻らせてもらうよ」
羽場樹先輩は私が止める間もなく帰って行ってしまった。先輩の最後の言葉にはどこか苛立ちらしきものを感じられた。
「夢鈴先輩、最後に一体何を言ったんですか?」
「ん、たいしたことじゃないよー? ちょっと確認しただけ。それよりリアちゃんはあの先輩の話どう思う?」
夢鈴先輩は私の質問を誤魔化して話をすり替えてきたがここは乗っておくしかなさそうだ。夢鈴先輩も答えになっていないことがわかって言っているだろうし。
「何か知っていそうな気はしますが頑なに話す気はなさそうでしたね。羽場樹先輩から証言は得るのは難しそうです」
「そうだよねー。夢鈴もそう思うよー。でも色々と得られる情報はあったと思うんだよね。急に話は変わるけどリアちゃんってどういうタイプ?」
本当に急に意図のわからない質問が来て私は言葉に詰まる。全く話のつながりが見えてこない。
「あれだよ。どう問題に取り組むタイプかって話だよー。もしかして手元にある情報から仮説を立てて立証していく探偵タイプじゃないかな?」
「……探偵タイプかはよくわかりませんがそういった傾向はあるかもしれません」
自分はどちらかと言えば理詰めするタイプだとは思うがそのことが今必要とは思えないのだが何故か夢鈴先輩はどこか嬉しそうに笑った。
「夢鈴は事実を積み重ねて真相に辿り着く解析家タイプなんだよねー。というわけで情報解析のためにも今わかっていることを整理していっこか。ここから夢鈴の本領を見せるからリアちゃんの実力も見せてよねー」
最初は逃げようとした人物とは思えないやる気に満ちた表情に私は夢鈴先輩に初めて先輩らしさを感じたのだった。
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