前日-3
結局私は部活動が終わるまでワンオンワンに付き合わされ、蝶野さんは隣でバスケ部がミーティングを終えて練習を始めてもやめなかった。
ワンオンワンの結果はご察しの通りぼろ負けだった。最初の方はいい勝負をしていたが後半は一度もゴールを決められなかった。
毎日のようにバスケットボールに振れている人とたまにしかバスケをやらない人とどちらに軍配が上がるかなんて明白だった。チーム戦ならまだどうにかなったが一対一では無理だった。特に体力が持たない。
そうして部活動を終えた私たちはあの日と同じように並んで帰路を歩いている。お昼を一緒に食べることはたまにあるがこうして一緒に帰るのは本当に出会ったあの日以来かもしれない。
放課後は私は局の活動で忙しいし、彼女は部活で忙しいということでなかなか時間が合わないのだ。
私はあの日のことを思い出しながらあれだけ動いても疲れた様子を見せない蝶野さんの横顔を盗み見る。
「……あたしの顔を見てないで話を聞いて欲しいんだけど」
過去を懐かしんでいる間に彼女は何かを話していたらしい。私は気を取り直して前を向く。
「愛莉明ちゃんって最近同じクラスの猫道さんと仲が良いらしいじゃん」
「まあ、そうですね。話す機会は増えたと思いますがそれがどうしたんですか?」
いきなり何を言い出すのかと訝しげな視線を投げかけると彼女はにこりと笑った。
「だって今まで話し相手ってあたしくらいだったじゃん? だから友だちが増えたと聞くと嬉しくて嬉しくて泣けてくるよ」
そんなことを言って蝶野さんは泣いた振りをする。確かにここ3ヶ月近くの学校生活は局の活動中心で過ごしていた気はするが心配される筋合いはない。
「私がぼっちだとでも言いたいんですか?」
「いや、まあ。あのときクラスメートをボコボコにした件で噂が広まって距離を置かれてたってのもあるけど概ね事実じゃん?」
「………」
確かに反論はできないがあの噂が完全悪というわけでもなく、あの噂があったから自身の能力を示すことができたという面もある。
「それと愛莉明ちゃんのその敬語。それで距離を感じちゃう人もいると思うんだよ。長い付き合いの私にすら丁寧語崩さないじゃん」
「支援局員としてはその方がいいと思ったんです。言ってしまえば他の生徒皆が顧客なわけですから。事実蝶野さんも今日支援局に来たでしょ?」
私がそう答える蝶野さんは不満そうに顔をしかめると私の肩を掴んできた。そして私を無理矢理向き合わせる。
「……蝶野さん?」
「そうじゃなくてあたしとため口で話して欲しいの! 猫道さんだけずるいじゃん」
拗ねたようにそんなことを言う蝶野さんに頬が緩みかけるがその発言に違和感を覚えて彼女の目を見据える。
「待って、どうしてそこで猫道さんが出て来るのかな?」
蝶野さんとの会話で猫道さんの話題が出たのは今日が初めてだし、私が話したということはない。
猫道さんとの交流くらいならどこがで見かけたということでわからなくもないが今のは会話を盗み聞きしない限りは知り得ないはずだ。
「えっと、私は愛莉明ちゃんのストーカーだからね」
困った末に茶化す感じで蝶野さんは言ってきた。適当に言った可能性もあるが彼女の性格から事実という可能性も……
「そんな嫌そうな顔しないでよ! 冗談だから! 愛莉明ちゃんと同じクラスの部員にお願いして聞いたの!」
人に盗み聞きさせるのもどうかと思うのだが。こうなるとやはり部員との関係が気になってくるのだがそれは後で確かめておこう。
「はぁー、わかったよ。蝶野さんには敬語は使わない。これでいい?」
「よくない! あたしのことも名前で呼んで! 私だけ名前で呼んでるの寂しいじゃん」
ここぞとばかりに気になっていただろうことを注文してくる。しょうがないなと思うがその半面微笑ましく思っている自分もいる。
「いいよ、真昼。これからはそう呼ばせてもらうから。それとこれからは支援局に依頼には来ないでね」
「え! 何で!?」
ショックを受けた顔をして真昼は私を見る。せっかくこれからはたまにバスケの相手をしてもらおうと思ってたのにと顔に書いてあった。
「えっと、これからは支援局を通さなくていいってこと。次からは私に直接言って。友人としてできるだけ力になるから」
そう言いながらも私は少し照れ臭くなって真昼から視線を逸らした。すると急に真昼が抱き付いてきた。
「あはは、愛莉明ちゃんがデレたー!」
「ちょっ、いきなり抱き着かないで!」
嬉しそうな顔の真昼から私はどうにか引き離す。しかし真昼は嫌な顔もせずににこにこ笑っている。それだけ嬉しかったらしい。
「そうだ! 早速お願いなんだけど猫道さんを紹介して――」
「嫌だけど」
私は食い気味に真昼のお願いを却下する。
「なんで! いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
猫道さんは真昼のようなぐいぐい来るタイプが苦手なのであまり乗り気じゃないのだが今の調子づいた真昼は性格的に引いてくれそうにない。どう断ったものかと悩んでいるとスマホが鳴った。それは支援局関係のときに設定している音だった。まさに渡りに船だ。
「ごめん、ちょっと確認させてね」
「えー、ちょっと話はまだ終わってないよ?」
私は構わずスマホを取り出して内容を確認する。ただの逃避行為のつもりだったがそれを見て私は思わず真剣な顔になる。
局長から直接メールが来るなんて珍しい。それだけ大事な連絡なのかもしれない。
私の真剣な雰囲気を感じ取ったのか真昼はおとなしくなった。
「大事そうな連絡?」
「うん。内容はまだ確認してないけど……」
私はメールを開いて中身を確認する。
安来愛莉明、急な連絡ですまないが明日の昼休みに生徒会室へ向かってくれ。呼び出しをくらったが急で動けるのがお前しかいない。
おそらくは何かしらの依頼だろう。できるだけ生徒会の依頼優先で動いてくれ。
P.S. 明日の放課後に援軍を局室に送っておく。そいつと協力してことに当たってくれ。
以上がメールの内容だった。生徒会からの依頼か。だから局長からの直接メールだったわけか。
「へー、生徒会からの依頼なんてあるんだねー」
私のスマホを覗き込んでいた真昼がそんな感想をもらす。私は然り気無くスマホを覗けないようにする。
「そうみたいだ。真昼は生徒会に行ったことは?」
「うーん、2、3回てところかな。部長の代理でだけど。なかなか優秀な人たちらしいよ」
私が知っているのは入学式で挨拶をしていた会長くらいで他の生徒会のメンバーを私は知らない。
局の活動ばかりで全く生徒会に近づいたことはなかった。
どんな雰囲気かは明日行って確かめるしかないだろう。私は気合いを入れて真昼とともに再び歩き出す。
ちなみに猫道さんとのことはなんやかんやで有耶無耶になった。
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