前日-2

 4月の上旬、クラスの男子と共にとある場所に私は呼び出された。

 特に教師からの説明はなく、指定された場所に向かってくれというだけだった。しかし、どういう呼び出しなのかはこの学校のに通う生徒ならすぐに察しが着いていたことだろう。

 もちろん私もよくわかっていた。支援局。生徒の困り事を解決する事が義務付けられる代わりに在籍すれば数多くの特権を得られる組織で各クラスから優秀な男女各一名ずつ選出される。ほとんどの場合は入学前に秀でた成績を修めたものが選ばれる。

 私の場合は入試でトップをとったことがそれにあたる。他は推薦合格者が大半を占めているようだ。

 指定された場所、支援局の局室へとやって来ると他のクラスの選出者が既に集まっていた。4クラス2人ずつなので私たちも含めて8人の1年生が集まっている。

 それに比べて先輩らしき人は一人しかいなかった。例年の流れではこの集まりは先輩との顔合わせも兼ねている。まさかメンバーが彼女だけということはないはずだ。

 彼女は最後に入ってきた私の姿を確認すると机の上に置かれたノートパソコンを開き、何やら操作した後、ディスプレイをこちらに向けて置いた。


「おや、随分と有象無象が集まって来ているようだな」


 開口一番そんなことを口にしたのは彼女ではなく、その声はどうやらパソコンのスピーカーから聞こえているようだった。

 ただそんなことを言われていい気分になる者などいるはずもなく、怒りを露に詰め寄る者もいた。


「おい! 今有象無象とか言ったか! 呼び出しておいていったい何様のつもりだ!!」

「ふん、貴様こそ口に気をつけろ。先輩に向かって口が悪いぞ。それに呼び出したのは私ではなく無能な教師どもだ。私には関係ない。安来愛莉明」

「はい、何でしょうか?」


 急に呼ばれて私は驚いたがどうにかそう返すことができた。しかし、何故かパソコンの向こうの先輩に軽く笑われてしまった。


「くくっ、言い返事だかこれはお前以外への呼び掛けだ。彼女以外全員帰っていいぞ。貴様らに用はない」


 その言葉に一瞬静寂が訪れる。その言葉がどういう意味かなんてこの先輩の先程からの態度を見れば一つしかない。

 次の瞬間には非難轟々の嵐だろうそう思ったがそれを制するように一つの手が上がった。


「先輩1つ質問いいですか?」

「蝶野真昼か。いいだろう、聞こう」


 パソコンの向こうの先輩が素直にそう返したこともあり、睨み付けるやからはいても騒ぐ人はいなかった。


「私たちが不適切だと思う理由を聞きたいです。それを聞かないと納得できない人の方が多いと思います」


 その言い方から彼女自身は聞かなくても問題はなさそうだったが揉め事は面倒だという節を感じる。


「正直誰が騒ごうがどうでもいいが聡い発言を考慮して理由くらいは教えてやろう」


 こちらを煽ってるとしか思えない発言に苛立った様子を見せる者もいたが口を挟まずパソコンの向こうの先輩の言葉を待つ。


「優先順位だ。貴様らは何のためにこの学園に通っている? 教師どもがここに連れてくるのは推薦合格者ばかりだ。人に奉仕させる目的で合格させたわけでもないだろうにな。貴様らは為すべきことを為せ。それでも足りぬなら勉学に励むがいい」


 それがわかったのならさっさと消えろでも言うように閉口するが退室の代わりに前に出る者がいた。


「待て! 為すことというなら支援局こそがオレの為すことだ! この女が許されてどうしてオレが外される!?」


 そんなことを言って私に指を差してくる男がいた。誰かとと思えば私と一緒に呼び出しを受けた同じクラスの男子だった。

 後のことを考えない直情型の男だったらしい。喧嘩なら買ってやろうか?


「はぁー」


 私が内心燃えていると大きなため息が聞こえてきた。パソコンのスピーカーからではなく今の今までパソコンの操作以外身動ぎせずに立っていた女性の口から。


「聞けば聞くだけ見苦しい男やね。聞いてなかったんか? 勉学にでも励んでろ言うてんやん? あんたに他人に構ってる余裕なんてない言うてんの」


 彼女はノートパソコンを閉じると私の隣に立つクラスの男子へと詰め寄った。


「認めて欲しいんやったら今ここで秀でた能力を見せてみろや」


 ヤクザ並みの迫力にクラスの男子もすぐに言葉を返すことができなかった。さらに彼女は追い討ちをかけるように言葉を紡ぐ。


「そういえば安来さんのことが気に食わん言うとったな。ちょうどええわ。安来さんに勝ったら認めてやるわ。好きなことで挑んだらええわ」


 その言葉を聞いて彼は目の色を変えて私を見る。いや、私の意思は?

 言い出した先輩に抗議の視線を向けてみるが完全無視だった。しょうがない、さっきの言動に私もムカついていたので受けてたとう。

 私はいきりたつクラスメートを手加減なしでボコボコにしてやった。偏差値勝負に始まり、早押しクイズ、早差し将棋、等々めげずに挑んできたが最後の腕相撲で負かしてやると起き上がって来なくなった。

 勝負の間にぞろぞろと待てない生徒が帰っていき、決着が着く頃にはほとんどいなくなっていた。そしてクラスメート男子も泣きながら逃げるように去っていくと残っていたのは1人だけたった。


「えっと、蝶野さんでしたっけ、あなたも?」


 さっきは支援局に全く興味がなさそうに見えたのに意外だった。しかし私の予想に反して彼女は首を横に振った。


「いやいや、私はいいよ。正直支援局かったるいなーって思ってたし、そもそも私が勝ったところで局長さんの言い分的に許されそうにないし。私スポーツ推薦者だし」


 それじゃあどうして残ってるんだ? よくわからなくてはてなマークの私を他所に支援局の先輩は蝶野さんへと視線を向ける。


「ここから説明がありますのでご退出願ってもよろしいでしょうか」


 キリッとした表情でそんなことを言う支援局の先輩に私は思わずジト目を送る。今さら取り繕っても第一声のインパクトが強すぎてどうにもならないと思うのだが。


「それってあたしも聞いてってもいい? いいでしょ? どうせ入らないし機密情報とかでもないでしょ?」

「……ならなおさら聞く意味はないと思いますが?」


 キリッとした顔のままそう告げる先輩だが蝶野さんも引かない。


「お願い! 支援局に全く興味はないけど愛莉明ちゃんには興味があるの。それに今戻ったらきつい練習させられそうだし」


 いや、絶対後者の方が主な理由だと思うし言うべきことでもないと思うのだが。

 そんな蝶野さんの言葉に先輩は呆れたように肩をすくめた。


「……わかりました。そこまで言うなら好きにしてください。ただし終わるまで私語はなしでお願いします」

「はい! 任せてください!」


 蝶野さんは元気よく返事をして上機嫌に笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る