エピローグ

 獅子堂先輩に事の顛末を伝えるために私は休日明けに局室へと来てもらった。

 私はその際に少なからず嘘を吐いた。さすがに怪異の仕業と言って納得するとは思えなかったからだ。

 その結果、視線の正体を見つけ出して説得したことにした。その視線の主はオカルト研究部の部員なので犯人明かしはしたくない旨を獅子堂先輩に伝えた。

 最初は難色を示していたが色々と言葉を尽くして最終的には納得してもらった。

 こうして私のもとに舞い込んだ奇怪な依頼は終了したわけだが一つだけ事後処理として行わなければならないことがあって私は1人の生徒に声をかけた。

 猫道ねこみち降瑠ふるる。私のクラスメートであり、オカルト研究部の一員だった。

 私は化異の説明を受けたときに気になったことがあった。化異は怪談の影響を色濃く受けるというのなら今回被害に遭った獅子堂先輩には元となった怪談に見合った理由があるのではないかと。

 日下部さんに助けられたことで最後まで怪談の内容を知れなかった私はネットサーフィンの末に全文を見つけ出すことができた。その内容は報告分に載せておく予定だ。

 この怪談の本質は人への執着だ。その執着が何かまでは語られていなかったが十中八九恋慕によるものだと私は思った。

 猫道さんは戸惑いながらも私の誘いを受けてくれて私は彼女をこの前日下部さんに連れてこられた喫茶店に連れていった。内密な話をするにはこの喫茶店はうってつけだった。


「あの、安来さん。話ってうのはこの前の件……ですか?」


 席について落ち着くと猫道さんは緊張した様子でそう尋ねてきた。この前というのは調査のときの話だろう。猫道さんも部員なので当然あの時に質問している。実のところその時の質問があったからこそ彼女とこうして対面しているのは間違っていない。


「……本題は頼んだものが来てからにしましょう。この前は雑談してる暇もなかったですから」

「……うっー」


 私がそう言うと猫道さんは「何を話せばいいの?」という顔をする。確かに普段からそんなに会話するというわけでもないのでわからなくもないが私的には本題の前に触れておきたい話があった。


「こうしてちゃんと話をするのはひと月ぶりくらいですね。オカルト研究部の設立の際依頼ですね」

「あ、うん。そうだね。でも、あの、これ雑談だよね。それなら敬語はいらないと思う。それにクラスメートに敬語はおかしいと思うよ」


 ずっと気になっていたといった感じで猫道さんがそう指摘してきた。立場的に敬語で話すことが多いので癖になっていたが猫道さんの言っていることにも一理ある。

 それに敬語じゃない方が彼女の緊張も解れるだろう。


「そうだね。それなら敬語はやめるね。猫道さんも変に気をはらなくていいからね」


 私が猫道さんと初めて話をしたのは最初に受けた獅子堂先輩の依頼の時だ。オカルト研究部設立の条件に1年生の加入というのがあって困っていたときに声をかけてくれたのが猫道さんだった。


「あのときは驚いたけど正直助かったよ。最悪私が入部するしかないかと思ってたから」


 時期的にほとんどの人が入部先を決めてしまっていたので猫道さんの提案は渡りに船だった。


「……いいんです。私も部活に入りたかったけど中々決められずにいたから」

「それでも他の普通の部活を選ぶことはできたと思うよ。オカルト研究部は何してるかわからないと思われがちだから」


 思い出話に花を咲かせているとマスターがやってきてカップを机に並べた。私はコーヒーで猫道さんがカフェオレだった。私はそこに砂糖をスプーン1杯入れて一口飲む。


「猫道さん、さっそくだけどあなたは獅子堂先輩のことが好きなんだよね?」

「ふぇ!?」


 私の言葉に猫道さんは硬直してみるみる顔が真っ赤に染まっていく。


「そ、そ、そんなくぅおと……」


 その動揺っぷりは私の考えが正しかったことの証明だった。私は猫道さんが落ち着く時間を作ることもかねて説明することにする。


「この前私は獅子堂先輩から依頼を受けたの。どこまで説明を受けたかわからないけどこの前の面談はその依頼に関することなんだ」

「……う、うん。軽く説明があったよ。懇親会で問題があったって」


 猫道さんはそわそわした様子でそう返してきた。どう説明したか聞いてなかったがそういうことらしい。嘘ではないが真実でもないといったところか。


「実は懇親会で問題があったというよりはその後のことで獅子堂先輩は度々視線を感じるようになったみたいなんだ。半分は獅子堂先輩の気のせいだったんだけどもう半分は猫道さん、あなたが原因じゃないかと私は考えてるの」


 もう半分というのは方便で彼女が認めやすくなるようにするためだ。化異云々を誤魔化すためでもあるが。


「そ、そうかもしれない。無意識のうちに先輩のこと目で追っていたかも」


 恥ずかしそうにしながらも猫道さんはそう言った。隠し通すのは無理だと観念したらしい。


「安心して。さっき獅子堂先輩に調査報告をしたけど猫道さんのことは話してないから。害はないから深く追及しないように言っておいたから」

「そ、そうなんだ。ありがとう安来さん」


 猫道さんは安堵したようにため息を吐いた。心底安心した様子の猫道さんには悪いが真の用件はここからだった。

 ここで話が終わるのならそもそも今回の件を伝える必要性はないのだ。猫道さんになんの影響もなく問題は解決しているのだから。

 猫道さんは空気が変わるのを敏感に感じ取ったのか緊張した面持ちでカフェオレに口をつける。


「猫道さん」

「は、はい!」


 少し上ずった返事を聞いて私は軽く口元が緩む。緊張する猫道さんを見てるとこれからしようとしていることが正しいかどうかなんてどうでもよくなってしまった。


「あなたの恋を私に手伝わせて欲しいんだ」




 私は猫道さんの背中を見送るとスマホで電話をかけた。


「日下部さん、彼女に飲ませましたよ。あのカフェのコーヒーを」

「そうか。わざわざありがとう。これで彼女が後遺症に悩まされることもないだろう」


 今回、話の内容はともかくとして密談会場をあのカフェに選んだのは日下部さんの指示だった。何でもあそこのコーヒーは化異を祓う効果があるらしい。

 素人の私には正直よくわからないが彼の言うことを信じるしかない。


「それにしてもきみはお節介だね。一文にもならない仕事に精を出しているだけはあるよ」

「……どっかで聞いてたんですか?」


私が不機嫌さも隠さずにそう言うと電話越しに忍び笑いが漏れ聞こえてきた。


「すまないね。少し鎌をかけただけだ。これでおあいこだ」

「………」


 最初の会談での私の所業はどうやら見抜かれていたらしい。見抜いた上で乗ってきたのかそれとも後で気付いたのかは知れないがなんともくえない人だ。


「日下部さん、今回の件の原因は化異という異変でしたが猫道さん《かのじょ》の抱える執着心でした。それがなければ怪談が応えることはなく何も起こることもなかったはずです」


 化異は怪談の内容に依存するというのなら話の怪異に近しい存在しか影響は受けない。


「それはそうだがわざわざ首を突っ込む必要性はないだろう。化異の問題は解決しているのだから」


 私はそう言われて自分の考えが正しかったことがわかった。ならばやはり私は猫道さんの背中を押してあげたいと強く思う。


「……日下部さん。私は思うんです。どんな思いだろうと決着はつけるべきだって。今回のことを彼女が知らなければその気持ちに向き合うことはなかったと思います。だから私は最後まで彼女を応援しようと思います。何を言われてもやめるつもりはありません」

「……それが信念というやつか。わかったよもう何も言うまい」


 日下部さんは呆れたようにため息を吐いた。そしてこのまま電話が切られると思ったのだか日下部さんは最後に思い出したように言った。


「皆まで言わなくてもわかってると思うが君も気をつけろよ」

「はい。それでは日下部さん、またいつか機会があれば」


 私は電話を切るとスマホを操作してフォルダを開いてあるファイルを見る。


「……それこそ余計なお世話というやつです」


 私はスマホをしまって足を止める。そう長電話をしていたわけではなかったつもりだったがもう家の前に着いてしまったようだ。

 私が家に入りリビングを覗くといつかと同じように兄の伊凪がコーヒーを飲んでいた。


「お帰り、リア。遅かったね」

「あ、うん。ただいま、兄さん。依頼が片付いたから友達とカフェにに寄ってたんだ」


 私はそう答えて兄さんの隣に座り、鞄を足元に置く。


「ああ、この前言ってた心霊系かもってやつか。無事解決したようでよかったよ」


 深く聞かれるかと思ったがそんなことはなく、兄さんは逆に立ち上がった。


「妹も帰ってきたことだしそろそろ休憩はやめて部屋に戻るかな」

「うん。勉強頑張ってね」


 私は兄さんを見送った後もしばらくその場に残ってぼうっとしていたがスマホの通知音で我にかえる。

 どうやら局関連の連絡らしい。おそらく今回の件の報告に対する返信だろう。推測半分願望半分といったところたが。

 正直今すぐ次の件に取りかかるような気分じゃなかった。

 それでも確認しないわけにもいかないので私は自室へと戻ることにして立ち上がった。



       「百奇夜談」END

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