2日目-3

  私は帰り道の早速もっらった音声ファイルを確認してみることにした。

 右耳にワイヤレスのイヤホンをつけて2倍速で音声を再生する。夜明けまで行われたであろう話をこれならば半分の時間で済む。

 二日間の調査で色々なことがわかってきた。人というよりは心霊的もののように思うが怪しい人がいないわけでもない。改めて話を聞いてみるべきだろうか。

 怪談を聞きながらこれからの計画を立てていると視線を感じて私は足を止めた。周囲を見回してみたがそれらしき姿はない。というよりそれなりに人通りのある場所を歩いているはずなのに人の姿が一切ない。

 これはやばいかもしれない。そう思うと同時に耳元から聞こえてくる怪談が鮮明に耳に入ってくる。


「……この怪談はもしかして絵画の?」


 あの部員が聞いたと思われる怪談はおそらくこの怪談だろう。伊知鹿先生はそんな怪談はなかったと言っていたがこれは私だから聞こえているのだろうか。

 それと話が進むにつれて視線が強くなってきている気がする。だというのに聞くのをやめることができない。

 もちろん何かしら今回の件に関係あるのではという思いもあるがそれ以上にこの怪談を聞き入っている自分がいた。

 その怪談の内容というのは頻繁に感じる視線に悩まされる友人の家に泊まるという話でその友人宅にて絵画が出てきた。

 そして視線の正体というのがその絵画で……

 

 そこで急に音源が途絶えたというよりはイヤホンが何者かによって外されたのだった。


「イヤホンつけたまま道のど真ん中に突っ立ってたら危ないぞ」


 その声に振り返るといつの間にやら男が立っていた。その男には見覚えがあり、確か昨日屋敷であった僧だと名乗っていたはずだ。


「……どうしてここに?」

「ちょっと嫌な気配を感じてな。今は大丈夫か?」


 そう尋ねられて見られているような気配がすっかり消えていることに気づいた。怪談を聞いている間視線が強烈になっている気がしていたが正直気にならなかった。

 どうやらこの男に助けられたということらしい。


「はい。ありがとうございます。次からは気をつけようと思います」


 私は男に頭を下げて自宅に向けて歩き出す。この男が胡散臭い感じもしたがそれよりも今の情報を整理したいところだった。全てのピースが揃ったような気がするのだ。


「待ってくれ。君に話が、いやお願いがある」


 男が見せた表情は真剣そのもので真っ直ぐとこちらを見つめてくる。そしてすっと何かをポケットから取り出すと何かを差し出してきた。

 それはよく見ると名刺で日下部双くさかべそうと男の名前が書かれていた。


「頂戴いたします」


 私も名刺を取り出して交換した。こんなこともあろうと用意していた支援局の肩書のついている名刺だ。


「わざわざ丁寧にどうも。立ち話も何だし落ち着いた場所で話をしないか? いい喫茶店が近くにあるんだ」


 私は少し迷ったが彼、日下部さんの話を聞いてみることにした。

 日下部さんに案内されてやって来たのは一軒店舗には見えない、住宅をリフォームしたであろう喫茶店だった。

 私たちが入ったときは客はおらず、60代くらいのマスターがコーヒーカップを磨いているだけだった。


「ここはぼくが持とう。好きなものを頼んでくれ」


 そう言われてメニューを眺めたがバイトもしていない高校生には少しお高めな値段だった。


「……日下部さんと同じものでいいです」

「あっそう。マスター、いつもの2人分とこのお嬢さんにパフェを頼む」


 勝手に何を、と思ったが取り消す前にマスターは店の奥に消えてしまった。私が不服を込めて睨むと日下部さんはにやりと笑った。


「遠慮はしなくていい。それともパフェは嫌いか?」

「……別に嫌いじゃないです。それよりお願いって何ですか? 一介の高校生にできることなんてそんなにないと思いますが?」

「……一介の高校生ねぇー」


 日下部さんに私の言葉を意味ありげに繰り返す。支援局が何かわかってるとでも言いたいのだろうか。


「まあ、安心してくれ。君が何かをするわけではない。君の抱える案件にぼくも関わらせてくれという話だ」

「……話が見えてこないですね。これはあなたには無関係――」


 私は言葉の途中で日下部さんが昨日何処にいたのかを思い出した。完全に無関係というわけでもないのだろうか?

 正直日下部さんの目的がわからない。無関係ではないというなら勝手に動けばいいことだし私が持っている情報が欲しいのだろうか。

 私は言いかけた言葉を引っ込めて色々と尋ねてみることにした。


「いえ、無関係ではないかもしれませんね。昨日はどういったご用件であの場所にいたんですか?」

「……あの家には昔お世話になったことがあってね。個人的に立ち寄っていたんだ。そのときに少々おかしな気配を感じてね。君に確認してみようと思って声をかけたんだ」


 嘘は言ってないがすべてを語ってはいない、そんな感じがする。私は机に置いた先ほどもらった名刺をちらりと見る。彼の名前の前にある肩書は「祓い屋」となっている。


「……それは私が何かを調べているのか最初から知っていたからではないですか。そうじゃなければ偶々居合わせた女子高生に声をかけようなんて思わないはずです。私を手伝うように誰かから依頼を受けたのではありませんか、


 別に確信があるわけじゃないが私はあえて自信満々にそう指摘した。駆け引き、カマかけ、事実を引き出すための方便だ。私はそのことをおくびにも出さずに真っすぐ日下部さんを見据える。


「やれやれ、聞きしに勝る優秀さだね。依頼人は明かせないが君の言っていることは概ね正しい。ただし勘違いしないで欲しいが昨日会ったのは偶然でちょうど君の話を聞いたところだったんだ」


 日下部さんに依頼した人物について少し気になるが今は置いておいて本題に戻ろう。そう思ったところでマスターが現れ二人分のコーヒーとパフェを持って来た。私の目の前にコーヒーとパフェの器が置かれる。


「……」


 私は想像していたよりも立派なパフェを目にして思わず言葉を失ってしまった。これでは話どころではなくなってしまうのだが。

 日下部さんの方を盗み見るが彼は平然としていて手伝ってくれる気はなさそうだ。これも駆け引きということで私は平然とした態度で私はパフェを食べながら話を進めることにした。

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