第5話

タクシーで大した距離もない総合駅に着く。

 駅の構内はまだ新しい。

「二人で居るなら待ち時間なんて大した事も無いよ」と彼女は笑い、駅に寄った時にたまに寄るパン屋や書店の話をしながら時間間際にホームへと移動する。


「貴女の住む世界を共に観るのはなかなかに愉しい」と車内で語る。


「タクシー移動だったから、道すがらの花とか見せられなくて残念なんだけどね」


「今度はゆっくり散歩でもしましょう」


「そうね」

 

 特急電車は15分とかからず名古屋に到着し、目的であるタカシマヤへと連れ立って歩く。

 指輪よりも先にシャツを買うのだと彼女が主張する。全く聞かん気が強いというか、彼女なりの愛情表現なのだろうか。悪い気はしない。

 

 新しい絹製の黒いドレスシャツのタグなどを取り、その場で着替えるハメになるが正直何時もの服装に近いのはホッとする。

  

「あとはマオカラーのシャツとセーターとかかな」とサイズを把握した彼女が店員に次々と手渡す。

スラックスもと探し、二本程丈を合わせる。

 直し時間の間に漸く指輪を探す事になった。

「カルティエ、ティファニー、なかなか俗なラインナップですね」

 

「あとは4℃とか如何にもな感じかな。素材に拘らないなら地元のシルバー屋に行けばそこそこのデザインはあるよ」


「聖別された銀ならば確かに使えます。ですが硬さや扱いやすさは14金や18金若しくはプラチナでしょうか」


「プラチナかー」


「オリハルコンともいわれます」


「ああ、ヒヒイロカネね。あとは普段カジノに居る時には目立つから、チェーンで首にかけて隠す事も考えないと」


「確かに。貴女に興味を持たれては困ります」


「負けた腹いせとかありそうだしね」


「そうではなく、貴女は魅力的だからもう少し自覚を持った方がいい」


「それ絶対恋愛補正かかりまくり。あばたもえくぼ状態」


「……そうならどれだけ楽か」


 そんな会話をしながらショーケースを見て廻る。

 

 (婚約指輪売り場か…)


 ふと気になった指輪に目をやる。即金で買える額だ。

 ダイヤのDカラー。質は悪くない。

 だがどうせならユーロで根強い人気があるカラーダイヤも悪くないだろうとも考える。

 彼女の属性を鑑(かんが)みてから石を選ぶのも良いだろうが。

 

「お客様、凄いアメジスト着けておいでですよね~!誕生石ですか?」とカウンターから声が掛かる。


(誕生石、これはうっかりしていました)


「ええ、まぁ」と彼女は薄く微笑む。


 ―これは面倒な時の営業用の笑顔だ。

 さり気なくエスコートをしながら回避する様に進む。


「焦る必要などありません。一旦お茶でも?」

 

「そうね」と嬉しそうに笑う姿はやはり良い。


「誕生日を訊いていませんでしたね」


「二月八日、針供養の日。地味でしょう?」

 

「水瓶座ですか。捉え所のない風の星」


「でも生まれた日は火曜だから火の属性もあるし、ホロスコープに拠ると生まれた時代が違っていれば魔女裁判で殺されている星の配置らしいよ?」


「そして加護持ちですか。 

これはどの石を使えば良いのかが難しい。だがそのアメジストは良く似合っています。

かなりの大粒ともなると下品になりがちですが、それが無い」


「ありがとう。精々司教石の名に恥じない様にするわ」


「民衆が信奉する神の代理人ですか…或る意味『巫女』で正しい」


「今の世の中じゃ意味も無い称号だわ」と彼女は溜息を吐く。


 そして目当てのフルーツパーラーの前の長蛇の列にまた溜息を吐くが、不意に開き直りニヤリと笑う。


「ん。こうなりゃ地下に潜って逆に熱い一服にしてみよっか♪」


「熱い一服、ですか?」


「そう。名古屋駅近辺で全てが済んでしまう様になってるから、お茶の老舗に入って少しゆったりしながらお茶を賄おう。冷たい物ばかりじゃ体にも悪いし」


「やはり貴女は見ていて飽きない」

 うふふーと彼女は小さくサムズアップして、左腕に猫の様に絡みついて歩き出した。

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