第1話
−その出会いは、必然だった。
人の中にいる人の姿をした鬼と呼ばれる男と、人の姿をした魔女と呼ばれる女。
刹那的な一夜限りの夢だと互いが互いを偽った。
高レートの裏カジノで、平然と対する相手から全てを奪い取る男が、有無を言わせぬ状況下で賭場に連れて来られるも、泰然自若な様子でロシアンルーレットだと手渡された短銃を何の躊躇いも無くこめかみに当て、流れる様に撃鉄を起こし、トリガーを引く彼女に心を奪われたと自覚するにはその一夜で充分過ぎて。
そんな彼女が漆黒の鬼に心を奪い取られるのにもその一夜で充分だった。
◇◇◇◇◇
「私も貴女も夜を歩く人間」と酷薄な笑みを浮かべて抱き寄せて首筋を柔らかく食む。
「ならばどうするのさ?馴れ合いなら私は要らない」と小さく呻く。
「私のモノになりませんか」
「いきなりな御挨拶だね。しかも断られないってタカを括ってるのが癪だ」
「違います。私の全てを差し上げるからと頼んでいるのです」
「貴方みたいな人が?」
「貴女だからだ」
「ふぅん、面白い。じゃあ私の赦される全てを貴方に捧げましょう。三千世界の烏を殺してやろうじゃない?」
外からの光が差し込むシティホテルの一室で物騒なカップルが生まれた。
「一眠りしないと勝負に響くでしょう?」
「貴女は眠らないのですか?」
「不眠症なの。こんな朝を迎えるなんて思わなかったから薬が手許にないの」
「ならば付き合いましょう」
「眠れる時には眠らないとダメだって」
「では薬がある場所で寝ましょう。最初の我が儘です」
「セキュリティは貴方が知る場所より低いけど大丈夫?」
「寝て起きたら引っ越せばいいだけの事」
「それもそっか」
「飲み込みが早くて助かります」
「惚れた弱み、だよ」
あっけらかんと言い放つ女には最初に感じた張り詰めた空気は全くなく、ふわりとした笑みはまるで別人の様。
「失礼、惚れました」
「いや、まさか失礼なんて言われるなんて」
「−いや。言葉が見つからなかった」
「ありがとう。これからはゲルダ目指して頑張るよ」
「ゲルダ?」
「そう。雪の女王のゲルダ」
「確か−」
「今は思い出さなくていいから、うちに行こ?」
「タクシーで構いませんか?」
「あ、うん。でも早朝料金…」
「構いません、お金ならあります」
「そうだったね。忘れてた」
−淀んだ世界の空気から解き放たれた気がして、互いに笑い合う。
夜の喧騒と物騒な世界とは背中合わせなのだけど、今だけは違うと信じて。
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