第40話 初めての授業





授業が始まるまで、私は自分でもびっくりするくらい緊張していた。足がガタガタ震えてとても生徒の前に立てる状態ではなかった。でも、授業は待ってくれない。刻一刻と授業の時間は迫ってくるが、その時間が私に更なる焦りを与えてより、緊張してしまう。


「みなちゃんなら大丈夫だよ。自分を信じて頑張って」


授業が始まる前に未羽君が私にこう言ってくれなければ私は緊張しすぎてまともに授業ができなかっただろう。未羽君のおかげで落ち着けた私は、未羽先生が見ている前で実際に授業をしてみた。


だけど、授業とは難しいもので、自分がどれだけシミュレーションをしていてもシミュレーション通りには進んでくれない。必ずと言っていいくらい、自分が用意したプランとは違う方向に進んでしまったり、時間責めにあったりする。先生だって人間で、コンピューターなんかではない。正確な予測なんてできるわけがない。だから、用意した道から逸れた場合の対応力が求められる。予想外の事態に柔軟に対応する。最初は難しいが徐々に経験として自分に蓄積される対応力はコンピューターには真似できない人間だけの強みになる。


授業なんだから失敗していいわけがない。だから、自分の全てを出し切る。そして、その授業を振り返り、自分をバージョンアップする。その繰り返しの経験を積むことが、今の私の課題だ。私には圧倒的に経験値が足りていない。だから、今日から、コツコツと経験値を集めて、未羽先生に一歩ずつ近づく。そう決めていた。


「お疲れ様」


授業が終わり職員室に戻ると、未羽先生が私の好きなオレンジジュースとチョコレートを差し入れてくれた。本当に気が利いて優しい…


「ありがとうございます」


私は笑顔でオレンジジュースとチョコレートを受け取り、さっそくチョコレートを一ついただいた。普通にコンビニで売ってるようなチョコレートではなく、そこそこお高いチョコレートだけあってめちゃくちゃ美味しかった。授業で脳みそフル回転させた後の身体に糖分摂取ができてちょっとだけ至福を感じる。


「私の授業、どうでした?」

「初めての授業であれなら上出来だよ。僕なんか最初の授業はかなりやらかしたから」

「へー。どんなことをやらかしたんですか?」


興味本位で聞いてみると未羽先生は顔を赤くしながら小さい声で何か言う。かわいい。


「あの、聞こえないです…」

「教科書…職員室に忘れて…授業が始まって、今日は僕が授業をさせてもらいます。って宣言した後に走って職員室まで取りに行きました」

「「「未羽先生、それはやばい…」」」


近くの席で私たちの話が耳に入っていた先生たちが笑いながら一斉にコメントをして未羽先生は顔を真っ赤にする。私はそんな未羽先生をかわいいなぁ。と思いながら適当にフォローしておいた。


という感じで私の初めての授業は終わった。授業が終わった後、授業を見学していた未羽先生の評価シートのコメント欄に、「昔の教え子がこうして立派に授業をしているところを見ることができてとても嬉しく感じます。卒業の日に、僕が言った通り、みなちゃんは僕の誇りです。振り返る点は多々あるでしょう。そう言った振り返りをいっぱいして更に成長してください。そして、いつか、約束を果たさせてください。僕に手助けできることがあれば言ってください。必ず協力します。あの日、泣きながら夢を語って頑張る。と言っていたことを思い出しました。あの日から頑張り続けて、ここまで来てくれたこと、ここまで努力を続けてくれたことは尊敬に値します。これからも一緒に頑張りましょう」と書かれていて、私はそのコメントを見て職員室の中で誰にも見られないように少しだけ泣いてしまった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る