第38話 温もり





前までなら、どこかに行く時は手を繋いでくれていた。でも、今は手を繋いでくれない。やっぱり、あの時の未羽君は、私を子どもとしてしか見ていてくれなかったのだろう。


「えっと、何食べたい?」

「何でもいいよ…未羽君に任せる…」

「あはは。やっぱりそっちの口調の方が落ち着くわ。実習中にみなちゃんと話すと違和感すごいもん」


未羽君は笑いながら言う。ちょっと馴れ馴れしく接する私を未羽君が否定しなかったことが、私にとってはすごく嬉しい。


「じゃあ、前に行ったイタリアンのお店でいい?」

「うん!」


前に行った…かぁ…たしかに、もう何年も前のことだ。でも、私からすればそれは昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。それくらい、私にとっては未羽君との思い出は大切なものだった。でも、未羽君からしたらそうでないのかもしれない。私なんて、今ではたくさんいる教え子の1人でしかないだろうから…


「実習はどう?」

「すごく、勉強になる。やっぱり、大学で講義受けてるよりも多くのことを学べるし、実際に生徒と関わらないとわからないことも多いから…」

「そっかそっか、来週はいよいよみな先生の授業だから楽しみにしてるよ」

「期待に応えられるように頑張ります…」


来週の月曜日、いよいよ私は初めての授業を行う。楽しみだが、緊張する。ましてや、未羽先生に見られながら授業するとなると……いや、来週はまだましだ。実習最終日なんか未羽先生に加えて、ゼミの先生がわざわざ見に来るし校長とか教頭とか、実習校のお偉いさんが勢揃いするらしい。今から緊張してしまう。


「みなちゃんなら大丈夫だよ」


久しぶりに聞いた未羽君の大丈夫。で、私は安心出来た。私って本当に単純だな。と思いながら未羽君の隣を歩く。そしてそっと、未羽君の手に目を向けた。何も持っていない未羽君の手、今までなら私と繋いでいてくれた未羽君の手を見て、私は我慢ができなかった。


「みなちゃん…」

「ダメ?」


未羽君は困った表情をする。わかっている。今はプライベートな時間とはいえ、実習期間中は未羽君は私の指導担当で私は実習生、こうやって、街中で手を繋いで歩いていい関係ではない。理解はしている。でも、我慢できない。


「せめて、電車に乗って一回降りるまで待とうか…」

「わかった…約束、だからね」


電車に乗って降りてからなら手を繋いでいい。と言質が取れたので私は妥協する。相変わらず、私はズルい。未羽君のでは優しさに付け込んで好き勝手しているのだから…


一度電車に乗り、降りて早々に私は未羽君と手を繋ぐ。久しぶりに感じる未羽君の手の温もりはすごく温かくて、すごく懐かしかった。





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