第35話 さようなら。





「みなちゃん、久しぶり。合格おめでとう」


金曜日のいつも通りの時間、久しぶりに未羽君が家に来てくれて私は泣きそうになるくらい嬉しかった。


「未羽君のおかげだよ…」


今までありがとう。と言おうとしたが、言えなかった。これを言ったら、本当にこのまま終わってしまいそうだったから…


「みなちゃんが必死に頑張った成果だよ。誇っていい。みなちゃんが人よりもいっぱい努力して得た結果なんだから…」


そう言って未羽君は私の頭を撫でてくれる。久しぶりに未羽君に頭を撫でてもらえてすごく幸せを感じる。


その後、未羽君はお母さんに挨拶をする。お母さんは未羽君と私に、私に諦めるように言ったことを謝ってくれて、未羽君にずっと私を信じて支えてくれたいたことを感謝していた。


お母さんへの挨拶も終わり、私と未羽君は2人で夕食を食べに出かけた。未羽君は私の好きなイタリアン料理のお店に連れて行ってくれて私は未羽君と一緒にちょっとお洒落な感じの食事を楽しんだ。


楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもので、気づいたら帰り道だった。私は無意識のうちに未羽君と手を繋いでいた。普通に、未羽君と手を繋ぎたい。と言う気持ちと、未羽君とさよならしたくない。と言う気持ちが混ざっていて、複雑だった。


「未羽君、あのさ…かなり前に約束したこと…覚えてる?」

「約束?」

「私が、未羽君みたいに…未羽君に胸を張れるくらい立派な教師になったら私のお願いを聞いて欲しい。って約束」

「覚えてるよ」


未羽君は即答してくれた。かなり前の、未羽君にとってはどうでもいいような約束を覚えてくれている。それを知り、私はかなり安心することができた。


「覚えてるならいい…いつか、私のお願い、ちゃんと聞いてよね」

「わかった。約束するよ」


私にとっては一生忘れることがないであろう大切な約束を、未羽君が忘れていなかったこと、それだけで安心して、もやもやしていた気持ちは吹き飛んだ。きっと、未羽君が約束を覚えてくれていなかったら、私は耐えきれずに未羽君に想いを伝えただろう。でも、未羽君が私との約束を覚えていてくれたから、まだ、言わなかった。私の想いはこの約束を果たした時にきちんと伝える。


だから…今は…


「未羽君、さようなら。またね」


と、笑顔で未羽君に言った。未羽君も笑顔で、またね。と返してくれた。


その日、未羽君と家の前で別れてから、本当に、未羽君と会えない日々が続いた。高校の卒業式や、大学の入学式の写真を未羽君に送って近況報告や、ちょっとお喋りするくらいの連絡のやり取りをする関係が数年続いて、大学3年生の冬、私は高校での教育実習で、未羽君との再開を果たすことになる。






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