第31話 最後の願い





「未羽君、今日はわざわざありがとうね」


センター試験初日の朝、わざわざ家まで迎えに来てくれた未羽君と手を繋いで駅まで歩く途中、未羽君にお礼を言う。ただの家庭教師なのに、ここまでしてくれる未羽君、そんな未羽君に私は本当に憧れる。


「大丈夫だよ」


未羽君は短く答える。未羽君とどうでもいいことを話して電車に乗り、受験会場に向かう。きっと、未羽君がいなかったら少し緊張して、長かった道のりも隣に未羽君がいるだけであっという間で、すぐに受験会場に到着してしまう。今、思えば、未羽君と出会ってここに至るまでの道のりもあっという間だった。この数年は、本当にあっという間だった。でも、すごく充実した時間だった。


「みなちゃん、これ、あげる」


受験会場の近くで未羽君は私に合格祈願のお守りと、箱に未羽君からのメッセージが書かれたチョコレートをくれた。


「ありがとう。頑張るね」

「うん。あと、これ…」


未羽君は合格祈願のお守りとチョコレートを受け取った手のひらに追加で合格祈願のお守りを置いた。


「これのおかげで僕は頑張れたし合格できたからさ。縁起いいからみなちゃんが合格するまでみなちゃんが持ってて」


教採の時に私が未羽君にあげたお守り…未羽君はまだ大切に持っていてくれた。数ヶ月は経つのに、未羽君から渡されたお守りはすごく綺麗で、大切に持っていてくれたのがよくわかった。


「ありがとう」

「頑張って」


私は未羽君と繋いでいた片手を未羽君から離して、未羽君から受け取ったものを両手で大切に持って受験会場に入る。寒いのに、未羽君は私を最後まで見送ってくれた。


センター試験初日は理系にとっては前哨戦のようなものだ。だが、将来に関わることなので、どれも大切で気が抜けない。休憩の度に未羽君からもらったチョコレートを食べて未羽君からもらったお守りと預かったお守りを手に持ち未羽君を感じる。


初日はあっという間に終わった。社会系科目、国語、英語の初日が終わり、私は受験会場を出る。今日は帰ったら美味しい夜ご飯を食べてゆっくりお風呂に入って体を温めてリフレッシュをしてゆっくり寝る。そう決めている。


「みなちゃん、お疲れ様」


受験会場を出ると未羽君が待っていてくれた。なんで?朝からずっと…待っててくれたの?嘘…信じられないよ…


「未羽君?なんでいるの?」

「1番最初にお疲れ様。って言ってあげたくて…朝からずっと近くのカフェでゆっくりしてたんだ」

「ありがとう。大好きです。未羽先生」


未羽君は照れ臭いから先生にした。これなら、未羽君も私が本気で好き。と言っているとわからないだろう。ズルい気がするが、今はまだ、私の気持ちを未羽君に知られるわけにはいかない。


「ありがとう。帰ろうか」

「うん…」


私は未羽君と手を繋ぐ。手を繋いで歩き、ゆっくり帰る。家の前で未羽君とさよならをする。くれぐれも今日の模範回答を検索して自己採点しないように言われる。


「未羽君、明日も来てくれる?」

「もちろんだよ」

「ありがとう」


明日で、卒業かもしれない。だから、明日、未羽君に会いたい。未羽先生に、私を見送って欲しい。未羽先生に頑張れって言って欲しい。未羽先生に、卒業を祝って欲しい。高校ではなく、未羽君の生徒を卒業する瞬間は、未羽君と一緒にいたい。


大学をセンター試験だけで受験する場合、例年のボーダー点数から明日、自己採点すれば合否の可能性はわかる。だから、明日、私が未羽君の生徒を卒業する瞬間を、未羽君に見ていて欲しい。生徒として、先生への最後の願い…




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る