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「朝だぞー! 起きた、起きた」
僕はヒュイさんの声で目覚めた。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう。そして、相変わらずシャロールはお寝坊だな~」
そう言って、ヒュイさんはシャロールを起こす。
「おはよう……お父さん」
「お父さんは仕事に行かなくちゃならないから、起きてもらわなくちゃならないんだ」
「仕事って何を?」
「ギルド職員さ」
「へー」
ちょうどいい。
「僕達も連れていってくれませんか?」
「冒険者に興味があるのかい?」
急に顔を明るくしたヒュイさんがこう尋ねた。
よっぽど冒険者になってほしいのかな?
「僕達、もう冒険者ですよ」
「ね、シャロール」
「うん」
「そうか~」
「あんなに小さかったシャロールが冒険者に……」
ヒュイさんは感慨深そうな顔をしている。
「で、ギルドに行くってことは依頼を受けるのかい?」
「はい。その予定です」
「わかった。それじゃあ、早く朝ご飯を食べなさい」
そう言って、ヒュイさんはご飯を用意し始めた。
――――――――――――――――――――
「一つ厳しいことを言わせてもらうぞ」
「なんですか?」
「ここにはケスカロールほど簡単な依頼はない」
「気を付けるんだぞ」
「「……」」
僕達はこの言葉に怯んで、口を閉じてしまった。
それを見たヒュイさんがフォローするように言う。
「ま、いざというときは私達ギルド職員が助けるから心配しなくていいからな」
「あ、ありがとう……」
「ございます……」
――――――――――――――――――――
「ホントだ。ケスカロールのギルドとはオススメレベルが違うよ」
明らかにモンスターが強くなっているようだ。
「じゃあ、一番オススメレベルが低いこれにするか」
僕達はツヨイノシシとかいうモンスターを指さした。
オススメレベルは四だ。
今僕は三だから、大丈夫……かな?
「でも、佐藤、わかってるよね?」
シャロールが念を押すように言った。
「ああ、倒すのは最後の手段だ」
「うん。仲良くしようね」
僕は一応シャロールに賛同したが、心の中ではまだシャロールを疑っていた。
本当にモンスターと仲良くできるのか?
――――――――――――――――――――
「つまり、最初は攻撃をせずにお嬢ちゃんがモンスターと交渉するのか?」
「うん」
「正気か?」
ギルド職員が信じられないといった顔でシャロールを見た。
「彼女はケスカロールでワイルドウルフと話すことに成功したんです」
僕がそう言うと、ギルド職員は突如何か思い出したようだ。
「あー! あの謎多き少女って、お嬢ちゃんだったのか!?」
「イチローと仲良くなったもん」
「イチローって?」
「ワイルドウルフの名前です」
「へー」
ギルド職員は感心しているようだ。
しかし、まじめな顔になってこう言った。
「ただ、ここのモンスターは凶暴だから無理かもしれないぞ?」
「……それでも、やってみます!」
シャロールは言い切った。
「若いねぇ」
ギルド職員はしみじみと言った。
――――――――――――――――――――
「危ない!」
僕がイノシシの突進を受け止める。
ドラムと戦った時を思い出す、重い攻撃だ。
しかし、あの時より大きな力が出せているように感じる。
レベルが上がったからかも。
「シャロール、早く!」
「うん!」
「……イノシシの鳴き声は?」
そうだなー……。
「ブヒブヒとかじゃないか?」
ギルド職員が答えた。
そんなこと、シャロールに言わせられ……。
「ブヒブヒ?」
……イノシシでもシャロールはかわいい。
「ブヒ?」
イノシシはシャロールと話し始める。
が、依然として僕に突進を繰り返しながらだ。
このままではすぐに僕の限界がきてしまう。
まだ話し始めたばかりですまないが……。
「もう持たないよ、シャロール!」
「ブヒブヒ。あ、じゃあ、帰ろっか!」
「佐藤とおじさんも別れのあいさつを言って!」
「「あいさつ?」」
「ブヒブヒって! 早く!」
「「ブヒブヒ……?」」
僕達がそう言うと、イノシシは別の場所に突進して行った。
「帰ったの?」
「うん」
「そうか……」
すごく疲れたから、帰り……。
「じゃあ、次行こうか!」
「えー!!!」
――――――――――――――――――――
「今日はどうだった? 二人とも」
もう仕事が終わったのか、ギルドで僕達を待っていたヒュイさんがこう言った。
「「……」」
「どうしたんだい?」
ヒュイさんが心配そうに言った。
「ヒュイさんの知り合いなんですか? 彼らは」
ギルド職員が少し驚いている。
「知り合いもなにも、娘とその彼氏だよ」
「へー」
改めておじさんは僕達をじろじろ見た。
「君、彼らと一緒に行ったんだろ? 何かあったのかい?」
「あー……」
ギルド職員が今日の出来事を話し始めた。
――――――――――――――――――――
「いや、すごいよ! さすが私の娘だ」
家に帰って、夕食のときになってもヒュイさんはずっとシャロールをほめていた。
「でも……」
シャロールは沈んでいる。
「そんなにすごい……」
「あ、あの!」
ヒュイさんは急に会話を遮った僕の方を向いた。
「どうしたんだい?」
「シャロールは……やりたいことができなくて落ち込んでるんです」
「……それはツヨイノシシを倒せなかったからか? あいつらはそこそこ強いから、倒せなくても……」
「違うの!」
シャロールが大声を出したので、ヒュイさんはきょとんとして黙った。
僕はシャロールに語りかける。
「シャロールはツヨイノシシと仲良くなりたかったんだよな」
「……うん」
「……そうか」
ヒュイさんのこの言葉を最後に場が静まり返ってしまった。
「で、シャロールはこれからどうするんだ?」
「お父さん?」
「まずはイノシシがなんと言っていたか教えてくれ」
そう言えば、今回はそれをシャロールから聞いてなかった。
シャロールがゆっくり口を開く。
「……あのね、イノシシさんは突進を自慢するのが好きなんだって」
「確かにそうだな」
「でね、それは人間を攻撃しているわけじゃないって」
「なるほど」
そういうことだったのか。
「つまり、価値観の相違だね」
「どういうこと?」
「お互いに考えていることが違うってことだよ」
「ふ~ん」
「それで、シャロールはどうしたいんだ?」
「仲良くなりたい。みんなにイノシシを殺さないでほしい」
ヒュイさんはちょっと困った顔をした。
「う~ん、それはギルドに言ってみないと……」
「無理かな?」
シャロールが悲しそうに言った。
「い~や、無理じゃないぞ。お父さん、ギルドマスターに頼んでみるよ」
ヒュイさんはそう言い切った。
「わーい! やったね佐藤!」
「ああ!」
シャロールが元気になってよかった。
「だが、シャロール。彼らとどうやって仲良くなるんだ?」
「あ……」
「彼らと人間がうまく仲良くなれる方法を考えないといけないぞ」
「う~ん」
難しい問題だ。
何かいい案は……。
「そうだ!」
「何かいい案が?」
「あるの? 佐藤?」
「力比べ大会をするってのはどうです?」
「ほう」
「人間とイノシシで最強を決めるスポーツをするんです」
「スポーツ?」
「僕のいた国には相撲という競技があって……」
――――――――――――――――――――
「なるほど、それなら彼らも好きなことができるし、お互い殺しあうこともないな」
「優勝賞品を用意すれば、参加者も集まるはずです」
「しかし……その大会の主催は?」
あ、それは考えてなかった。
「ギルドでやってよ!」
シャロールが勢いよく言った。
「それは……」
さすがのシャロールの頼みでも、これは厳しいようだ。
しかし、これもシャロールのため。
「お願いします!」
僕は頭を下げた。
「佐藤君……」
「お願い!」
シャロールも頭を下げる。
猫耳が興奮してピコピコ動いている。
「……わかったから頭を上げなさい」
「いいの?」
「頑張ってみるよ。娘のためだもの」
「お父さん……」
「ありがとうございます」
突然の提案に答えてくれるとは、ヒュイさんはなんて優しいんだ。
「それにしても、今日は疲れただろう。特に佐藤君はイノシシと戦って」
「はい」
「もう寝なさい」
「はーい」
――――――――――――――――――――
布団の中でシャロールはこう言った。
「今日はありがとう、佐藤」
「どういたしまして。これでも彼氏だから」
「……え!」
「……あ」
周りからそう言われすぎて、間違えてしまった。
「ごめん。彼氏じゃ……」
「いいよ。彼氏になっても」
シャロールの口から自然と出てきた言葉は耳を疑うものだった。
「え? それって……」
「えい!」
「うわ!」
シャロールが布団の中で僕の上にのしかかった。
服越しにシャロールの体温がほんのり感じられる。
「彼氏になってよ、佐藤」
シャロールが僕の顔をじっと見つめる。
「ええと……」
僕は緊張のあまり、顔を背けた。
なんて返事しよう。
こんなことになるとは思わなかった。
「シャ、シャロール……あのな……」
「その……」
「彼氏ってさ……」
僕は慎重に言葉を選ぶ。
「ええと……」
「……う〜ん……」
シャロールが唸り声をあげた。
そうだよね、悩むよね。
「あのさ、シャロー……」
改めてシャロールの顔を見つめると、衝撃の事実に気づいた。
寝ている。
なんだかチャンスを逃した気がする。
「……最後まで聞いてほしかったな……」
僕は空しい思いで眠りについた。
――――――――――――――――――――
「惜しかったね、佐藤君……」
「シャロールも頑張るんだよ」
ヒュイはそうつぶやいて、静かな寝室に入った。
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