第4話 日曜夜

   

 日曜日。

 夕方の展示室に、赤羽根あかばね探偵たちは、再び集まりました。

「予告状の文言は日曜夜。漠然としていますが、どう思います?」

 ヒルカワ氏が尋ねた相手は、赤羽根探偵と辺周べしゅう警部です。フラワー・シーフについて詳しい二人でした。

 真面目な顔で、赤羽根探偵が答えます。

「過去の例から考えて、犯行時刻は午後七時からの数時間、日付が変わるまでですね」

 辺周警部が黙って頷くと、ヒルカワ氏は再び口を開きました。

「ならば、まだ少しは余裕もあるでしょうが、そろそろ最終チェックにしたい」

 天井のカメラに向かって、手で合図します。モニター室の者たちに、一時的に防犯装置を解除させたようです。ヒルカワ氏が檻に近づいても警報が鳴らないだけでなく、まるで王を迎える城門のように、ゴーッという音と共に鉄格子の一部が上へ移動しました。

 ヒルカワ氏は中に入っていきます。今日の彼は、フォーマルシャツとタキシードを着込んでおり、手には白手袋、頭にはシルクハット。赤羽根探偵の目には、いかにも奇術師という格好に見えていました。マジシャンの正装はヒルカワ氏にとって戦闘服であり、怪盗フラワー・シーフに挑戦する気分なのでしょう。

 そう赤羽根探偵が考える間に、ヒルカワ氏はダイヤルを回して、金庫を解錠。中から赤い宝石を取り出しました。

「見てください。これが『赤い瞳の涙』です」

 美しい透明感と赤い輝きを併せ持つ、大きなルビーです。素人目にもわかる逸品であり、その場の誰かがハッと息を飲む音も聞こえました。

「今現在は、このように、きちんとここにある」

 ヒルカワ氏は、宝石を一同に見せつけます。オモチャを自慢する子供みたいですが、その手つきは本職のマジシャンでした。赤羽根探偵は「タネも仕掛けもございません」という口上を思い浮かべました。

「では、改めて金庫に入れて……」

 施錠の後、ヒルカワ氏が檻から離れると、ガシャンと鉄格子が降りてきました。モニター室の方で操作したようです。近づけば大きな音が鳴る警報装置も、復活させたはずです。

「……あとは見張り続けるだけです。日付が変わるまで」


 ヒルカワ氏の宣言通り、集まった人々は、夕方から深夜まで展示室で過ごすことになりました。

 モニター室にも何人かいるはずですし、屋敷の家政婦たちは、この警備には参加しません。それ以外の者たちが全員、展示室で目をらし続ける形になったのです。

 辺周警部たち警察の面々に加えて、赤羽根探偵事務所の二人と、ヒルカワ氏の方で用意した若者たちです。弟子たちの中には、心配そうな二代目ヒルカワも含まれていました。同じ女性ということで、赤羽根探偵の助手の森杉もりすぎ蘭華らんかが、彼女に付き添っています。

 家政婦たちが何度か、飲み物や軽食を運んできました。でも食事を楽しむ雰囲気にはなりません。探偵や警察はこうした見張りにも慣れていますが、ヒルカワ氏たちの顔には、苦悩の色が浮かんでいました。

 そんな辛い時間が続いて……。


 展示室の時計が、十二時を示しました。

「ようやく、終わりですな」

 大きなため息の後、ヒルカワ氏は夕方と同じく、鉄格子へ近づきました。今回はまだ警報装置が切れていないため、騒々しい音が鳴り響きます。

「この通り、警報装置も作動中。つまり、怪盗フラワー・シーフが近寄った形跡はない」

 モニター室の方で警報を切って、鉄格子を上げて、ヒルカワ氏は檻の中へ。

「だから『赤い瞳の涙』は、無事、金庫の中に……」

 そう言いながら、確認の意味で金庫を開いた途端。

 ヒルカワ氏は、言葉を失いました。

 中には、何もなかったのです!

「……どういうことだ?」

 真っ青な顔で振り返るヒルカワ氏に対して、赤羽根探偵が返します。

「やられましたね。でもフラワー・シーフも満点ではなかった。盗みの後で代わりに花を残しておくはずなのに、これだけ厳重に見張られた中だと、そこまでは無理だったようです」

 自分たちの敗北だが完敗ではなく、ささやかな勝利の部分もある、という主張です。

 言い訳ではなく本心でしたが、探偵の立場の理屈は、被害者の感情を逆なでするだけでした。

「それはどうでもいい! 宝石はどこへ行った? どう責任を取るつもりだ?」

   

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