私(23歳)がFPSしてたら、女の子からデートに誘われた

怜 一

私(23歳)がFPSしてたら、女の子からデートに誘われた


 「やった!ワンキルッ!ユキ、そっちはどう?」


 人型ロボットの外見をしたナズナは、少し離れた場所で敵と交戦している味方に確認する。


 「2対1だけど問題なーい」


 ユキからの返事は呑気なものだったが、その後ろでカチャカチャと激しくキーボードを叩いてる音が聴こえてきた。

 

 ユキのことを心配しつつも、ナズナは、慣れた手付きで構えているアサルトライフルから空になった弾倉を取り出し、新たな弾倉をリロードする。


 まぁ、いまはユキを信じて、私はアイテム漁っとこ。

 その場から離れたナズナは、近くに建っている研究室のような施設へと向かった。施設内に入ると、先程、敵と交戦していた視界が開けた砂漠とは違い、狭く、息苦しい雰囲気が漂っていた。


 ナズナは接敵に警戒しながら、辺りに落ちているアイテムを確認していく。

 回復薬が二つと増強剤が一つ、か。あとは…、おっ、四倍スコープ!当たり当たりっ!

 施設内を一通り探索し終えたナズナに、ユキからの連絡が入った。

 

 「こっち終わったよー」

 「ナイスー。それじゃ、合流しよっか」


 ナズナは、研究室から外へと繋がる扉を蹴破り、マップ上に示されたユキのアイコンが点滅している北西方向へ走り出した。



+



 私は、普通の会社員である。

 普段は、銃の代わりに通勤鞄を持ち、アイテムの代わりに落とした小銭を拾い、走ることは滅多にない。どこにでもいる、平凡で大人しい、冴えないオタクだ。


 そんな私が半年ほど前からハマっているゲームが、いまプレイしているBpex HEROというFPS(一人称視点でプレイするシューティングゲーム)だった。

 ルールは、二人一組のチームを組み、相方と共に、時間経過で狭まっていくフィールド内にいる敵チームを倒していき、最後の一組になったら勝利というシンプルなもの。


 元々、ゲームが趣味である私は、このBpexに興味津々だった。しかし、FPSというジャンル自体が初めてだったため、初心者と組まされる相方に申し訳ないという理由から、なかなか始められずにいた。

 そんな、もどかしい気持ちをSNSで呟いていたら、フォロワーから一件のメッセージが届いた。


 一緒にBpexしよー

 私、経験者だから教えられることあるかも


 そのメッセージを送ってくれたのは、数年前から付き合いがあるユキさんからだった。付き合いがあるといっても、SNS上でオタク話に華を咲かせる程度の関係で、お互いの素性は全く知らない、所謂ネット友達だ。


 これはチャンスと、私は二つ返事で返信を送り、トントン拍子でユキさんとBpexをやる予定が決まった。そして、約束の日になり、パソコンの前に座っている私は、今までにないくらいに緊張していた。いや、それは嘘。でも、大学受験の時くらいには緊張している。


 あーやばい。やばいやばいやばい。ユキさんと上手く喋れるかなぁ。今のうちに挨拶の練習とかしておこ。


 「あーあー。うんっ。う゛ぅん。…も、もしもーし。初めましてぇ、ナズナでーうぇっ、ゲホッゲホッ!!ヤバッ!ゲホッゲホッ!ン゛ンッ!………あぁー」


 ヤバかった。器官に唾が入って、死ぬかと思った。ねぇ?こんなのでほんとに大丈夫かな?私?終わったら、死んだりとかしてるんじゃないかな?


 緊張のあまり変なスイッチが入り、パニック気味になる。


 そ、そうだ。深呼吸しよう。深呼吸して、とりあえず落ち着こう。すぅー…はぁー。すぅー…はぁー。…よしっ!


 冷静さを取り戻した私は、マウスを握り、ゲームを起動する。一瞬暗くなったモニターに、なんとも言えない表情をした私の顔が写り込んだ。

 ビデオ通話じゃなくて、ホントに良かった。


 ゲームのホーム画面が表示され、画面の右端にある手紙のマークからユキを招待するメッセージを送る。間もなく、ユキのIDが書かれたキャラクターが画面に現れた。


 きっ、来た!挨拶しなきゃ!

 私は、ヘッドホンに付いているマイクに向かって、普段より一オクターブ上がった声で挨拶する。


 「ハ、ハジメマシテー」


 すると、耳元から、とてもリラックスした呑気な女の子の声が聞こえてきた。


 「あー、初めまして。ナズナさんですよね?」


 その声は、柔らかく耳障りの良い、可愛い声だった。


 「はいっ!ナズナですっ!ユキさんですかっ!」

 「はーい、ユキですよー」


 想像してた以上に可愛い声で、思わず驚きの声を上げてしまった。しかし、ユキは怒ることなく、ゆったりとした物腰で返事をしてくれた。


 「あっ、大声出してすみません…。ちょっと、ビックリしちゃって」

 「全然です。でも、なんでビックリしたんです?」

 「あっ。えっと、ユキさんの声の可愛さに…」

 「アハッ!マジですかー?初めて言われましたよ、そんなこと」

 「ホントなんですよっ!…って、いきなり褒めるのもヘンですよね。なんか、すみません」

 「いやー、褒めて貰ったのは嬉しかったんで、別に謝ることじゃないですよ」


 そう言って、ユキさんは笑ってくれた。

 な、なんて良い人なんだ!SNSで接してくれた態度と、全く変わらない!性格も良くて、声も可愛いとか完璧すぎる!

 いきなり心を掴まれた私は、さっそくユキさんの虜になっていた。


 「それじゃあ、これから訓練所に行って、ナズナさんに一通りの操作を教えたいんですけど、用意はいいですか?」

 「はいっ!」

 「アハッ。めちゃめちゃ気合い入ってますねー。それじゃ、訓練所へレッツゴー!」

 「ゴー!」


 そうして、私はユキさんに手取り足取り教えてもらい、どんどんとBpexにのめり込んでいった。


+


 私は、道中で見つけたジープに乗り込み、ユキの元へ向かう。


 「そろそろ、ユキに会えると思うんだけど…どこ?」


 運転しながら周りを見渡していると、前方にある背の高い岩場の頂点で、変なダンスを踊っている人影を見つけた。

 

 「へーい。ナズナ、こっちこっち」


 ユキの声が聞こえてきたと同時に、その人影は踊るのをやめ、こちらを向いて大きく手を振り始めた。その人影に近づいていくと、ユキが操作していたクノイチ姿のキャラクターであることに気がつく。

 な、何やってんだ。あのマイペース。

 呆れた私は、注意する。


 「ユキ。そんなところにいたら危ないよ」

 「へーきへーき。ここら辺に敵がいないのは確認済みだから」


 ユキの言った通り、敵から襲撃されることなく、無事に合流することができた。私達は岩陰に隠れ、状況の整理をする。


 「残りのチームは、私達を含めた合計5チーム。私の手持ちは回復薬3つと、増強剤が1つ。あと、四倍スコープが1つだけ。ユキは?」

 「回復薬1個」

 「オッケー。じゃあ、私の回復薬を分けるね。あと、四倍スコープはユキにあげる」

 「やったー。ありがとー」


 ユキにアイテムを渡した私は、フィールドの全域を確認できるマップを開く。この全体マップから、フィールドの縮小範囲を予測し、最終決戦の舞台になる場所を予測することができる。そして、予測した結果、どうやら私達が今いる場所がそうなるようだ。

 

 「ユキ。この場所に敵が集まってきそうだけど、どうする?」

 「うーん。それじゃあ、のんびりしてよっか」

 「えー…。まぁ、特にやる事ないし、いっか」


 ユキの提案にまんまと乗せられた私は、マウスとキーボードから手を離し、強張った身体を大きく伸ばす。


 Bpexをやり始めた当初こそ、お互い敬語で話していたが、それもすぐに無くなり、砕けた口調になっていった。

 自然とプライベートな会話もするようになっていったが、そこで衝撃的なことが発覚した。

 なんと、ユキは高校生だった。


 ある日、ユキが「最近、テストでね〜」なんていう話をし始めて、最初、私は耳を疑った。そして、詳しく話を聞いていると、どうやら、ユキは女子高に通っている高校二年生だったらしい。


 「あれ?言ってなかったけ?」


 と、ユキは惚けていたが、私は、驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。

 高校二年生ってことは、私より年齢が六つも下じゃん。そんなに年齢が離れてる子にゲームに誘ってもらったり、会話をリードしてもらってたなんて、大人としてのプライドがっ…面子がっ…!!


 ユキの知らないところで勝手に精神的ダメージを受けつつ、私も、自分の素性をユキに明かした。すると、ユキはうんうんと頷き、こう言った。


 「多分、そうなんだろうなーって思ってたよ。ゲームやってる途中でお酒を開ける音がマイクに入ってたし、SNSで「私の推しくん、上司になってくれないかなー」みたいなこと呟いてたじゃん」


 なんだろう。客観的にそう言われると、自分がダメな大人に思えてきた。


 それからというものの、ゲームやオタク話はもちろん、勉強の相談や、仕事で起きた笑い話など、さまざなことを話せるような関係になっていた。


 「そーいえばさ」


 首に掛けていたヘッドホンから、ユキの声が聞こえてきた。私は、ヘッドホンをつけ直し、なに?と返事をする。


 「ナズナは、付き合ってる人っているの?」

 「…ツ、ツキアッテルヒト?」


 唐突な質問に、声が裏返る。

 い、いきなり恋バナっ!?怖っ!このJK怖っ!しかし、落ち着け私。ここだ。ここで、大人としての余裕を見せ、汚名返上するのだ!

 私は喉を鳴らし、ユキに質問に答える。


 「つ、ちゅきあってるひとは…」

 「ナズナ、頑張れー」

 「…うん」


 プライドとか、もうどうでもいいや。

 もう、なにも怖くなくなった私は、落ち着いて返事をする。

 

 「付き合って人はいないよ。私、可愛くないし、そういうのよくわかんなくいから」

 「私は、ナズナの顔は知らないけど、可愛くないの?」

 「うん。可愛くない」

 「ふーん」


 そこで、沈黙が流れる。

 うっ。気まずい空気にしちゃったかなぁ。なんか、期待した回答ができなくて申し訳ない。…でも、どうしてそんなこと聞いてきたんだろ。


 すると、右側後方から激しく交戦する乾いた銃声が微かに聞こえてきた。どうやら、この場所を目指してるチーム同士が撃ち合っているようだ。

 私は、キーボードとマウスに手を置き、臨戦態勢に入った。

 今、交戦しているチーム以外も、そろそろここに辿り着く頃だ。

 周囲に足音があるか、耳を澄ます。


 「ねぇ、ナズナ」


 ヘッドホンから聴こえたのは足音ではなく、ユキの声だった。


 「なに?敵?」


 私は、咄嗟に銃を構える。

 ユキは、違うと言って、こう続けた。


 「この試合、最後まで生き残ったら、私とデートしない?」


 パパァン────。

 私のアサルトライフルから放たれた銃声が、大きく響き渡った。


 「デッ、デートッ!?」

 「そう。予定は来週の日曜日。私、夜行バスに乗ってナズナに会いに行くから。いい?」

 「えっ?ちょっと、わかんない!わかんないだけどっ!」


 突拍子もないことを言われ混乱している私を他所に、ユキは、一人で岩陰から飛び出した。そして、ユキは自信たっぷりに言った。


 「お姫様はそこで待ってて。すぐ終わらせるから」



+



 最寄駅前────。

 私は、下ろし立てのワンピースにコートを羽織り、犬の銅像の前に俯きながら立っていた。


 あぁ。本当に来ちゃったよ。大丈夫かな。高校生の女の子にデートに誘われちゃったよ。別に、真に受けてるわけじゃないけど、なんかデートって言われちゃったから、変に意識しちゃうし。うぅ。もう、誰か私を殺して。


 落ち着かない気持ちに、身体が左右に揺れる。側から見れば、不審者にしか思えない動きだったが、しかし、こうしていなければ正気が保てなかった。

 

 「アハッ」


 あぁ。誰かが私を笑ってる。

 そりゃそうだよね。慣れない服着て、美容室で私じゃ似合わないオシャレな髪にセットしてもらって、その上、不審者みたいな動きして。恥ずかしい。もう、風邪引いたとか言って帰っちゃおうかな。


 ユキに連絡しようと、鞄から携帯を取り出そうとした時、誰かに肩を優しく叩かれた。

 

 「そこの可愛いおねーさん。僕とお茶しない?」


 う、うぇ!?ナンパッ!?ヤダッ!怖っ!都会、怖っ!

 驚いて、顔を上げる。すると、背の高い女性が、こちらに笑顔を向けていた。


 「アハッ!やっぱ、ナズナは面白いなー」


 その女の子は、聴き慣れた声で私の名前の名前を呼んだ。


 「も、もしかして…ユキ?」

 「そうだよ、ナズナ。三回目の初めまして、だね」


 ユキはその名前の通り、白かった。

 白い肌に、白い髪。そして、宝石のサファイアのように深く青い瞳をしていた。

 ユキは、呆然とする私の手を取り、ゆっくりと歩き始めた。私の足は、つられて前へと踏み出した。

 白いロングコートをたなびかせ、ユキはイタズラに笑った。


 「早く行こう、お姫様」



end

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