片田舎の自動車屋さん

さちづる

第1話サービスアドバイザーの仕事

北海道は広い。札幌のような都市部には地下鉄、路面電車と数多くの交通手段が用意されているが、少し外れると大自然と広大な農地が広がっている場所が現れる。そういう地域は公共交通機関はほぼ皆無なため、多くの道民は移動手段に自動車を所有し、通勤や買い物のため運転することが多々あります。

そんなわけでそれほど大きくない町にもほぼ全自動車メーカーのディーラーが揃っているなんてことも珍しくありません。

僕の住んでいる町も人の数より牛の方が多いのどかな場所ですが、こじんまりとしたメインストリートにはコンビニよりもカーディーラーや中古車屋が多く目立ちます。

カーディーラーの運営は提携しているメーカーの新車や中古車を販売する営業部門と、買っていただいたお客様の車の車検、点検等の定期的なメンテナンス、その他に消耗品の交換や不具合の修理といったアフターフォローの整備部門で成り立ってます。

僕はとあるディーラーのかれこれ10年ほど前に整備士として入社し、今は工場で整備をするわけではなくサービスアドバイザーとして、ショールームの整備窓口、フロントの立場に居る。

サービスアドバイザーの仕事はお客様からの依頼内容を確認してメカニックに作業指示を出したり、修理の内容や料金をお客様に説明する接客対応がメインになります。

基本的に修理でお預かりする自動車の数はメカニックがこなせる量に限りがあるため入庫に関しては予約制になっており、一日の仕事量をコントロールする。

今日もいつもどおり朝の打ち合わせの中で、今日一日の予約状況と整備内容を確認し各メカニックに仕事を振り分けを行う。だが、予定外のお客様。 つまり病院と同様に緊急を伴う急患がやってくることもしばしばあります。

打ち合わせを終え、見積もりを作っている最中に事務所の電話が鳴り響いた。

「おはようございます。○○自動車、サービスアドバイザーの宮内です。」

手早く受話器を手に取り社名と名前を告げる。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おお、宮内くん。田辺だけど、ちょっと車を見てもらいたいんだけど・・。」

「お世話になってます。今日はどうしました?」

会話をしながらパソコンで顧客情報を素早く確認する。田辺さんは町のはずれで酪農を営んでるご主人様だ。

「町まで用事で出てきたんだけど変な音がするから連絡したんだ。」

「そうだったんですね。他に何かメーターに警告灯が点いたり、走ってきて振動とか変な感じはありませんか?」

田辺さんの家から町まで10Kmほどある。その間でのトラブルが考えられるため走行が可能か判断するために問診を進めていく。合わせてパソコンで修理履歴も確認してみるが、整備カルテの情報ではここ最近修理を実施した記録は無い。

とりあえず今回の不具合はここでの修理が起因したものではなさそうだ。

「いやぁ、他は特に気になることはねぇかなぁ・・。」

「ちなみに音って今でも鳴ってます?どんな感じの音ですか?」

異音による不具合は故障箇所と状況によっては走行することが危険な場合もある。判断材料として、出来るだけ詳しい状況を教えてもらう。

「車の前の方からニャーニャー、聴こえてくるんだ。」

「!?ニャ、ニャーニャーですか?ギシギシとかゴーゴーとかじゃなくて?」

「そうなんだよ。」

整備工場に勤めて10年が過ぎたが、車からニャーニャーと異音の発生するトラブルを経験したことはない。とゆうか、にゃーにゃーと言われると猫くらいしか連想しない。

猫ですか?と言いかけて口を紡ぐ。真剣に相談されてるにも関わらず、こちらが茶化しているように取られてしまうのを咄嗟に危惧してしまう。

もし猫ならばそもそも変な音とは言わず、先に猫の鳴き声がすると言うのでは? 

音の捉え方は人それぞれ、きっとこの御主人の感性と表現力は少し独特なのだろうと考え直し、平常心で通常通りの問診を続ける。

「その音が聞こえるのは走行中ですか?それとも止まっている時ですか?」

「いやぁ、走ってるときはあんまり。こっちきて気づいたんだ。」

「そうなんですね。じゃあ、アイドリングで止まってる状態で聞こえるんですね。」

「そう。 あれっ、エンジン切ってもニャーニャー聞こえるわ。」

やっぱり、猫じゃんっ!!

心の中で思わず叫ぶ。エンジンを切ると、車の動きはほぼすべてが停止するため静かになる。それでも音がするということは車以外の何かが原因だ。

「その音、おそらくなんですが猫がエンジンルームに迷い込んじゃってませんか?」

「あ、あー猫か!だよなー、車からこんな音しないもんなー。」

ご主人が納得したように話しかける。

「じゃあ、これからそっち行くから、車見てもらっていい?」

「走っちゃだめです! そこで待てますか?」

車で走ってくるという言葉を聞いて慌てて止める。 もちろん車は内部ですごい勢いで回転してる部分が多々ある。 そこに子猫が巻き込まれることを想像したらB級ホラー映画も裸足で逃げ出すようなスプラッターな映像が脳内を過る。

「わかったよー。じゃあ、停まって待ってるわ。 すぐ来れる?」

「はい、今向かわせます。 少々お待ちください。」

見積もりを作成し、エンジニアに声を掛ける。ライトや車の下に潜るための道具一式を持参させ現場に急行させたのだった。

帰ってきたエンジニアの話を聞くとやはりフロント側のフレームの隙間に子猫が入っていたらしい。 

その子猫は幸い回転部分に巻き込まれることなく、元気な姿で田辺さんに保護されたとのことだった。

胸をなでおろし、この度の修理の伝票を作成する。


出張修理


フロント付近から異音 ニャーニャー


フロント右フレームより猫 取り外し

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