第249話 天正十年九月九日重陽節


     /色葉


 天正十年九月九日。

 重陽節である。


 今回朝倉家が招待状を送った相手は、朝倉領周辺の諸大名どもであり、全国津々浦々に送ったわけではない。

 どの程度応じるかなと思っていたのだが、意外に多かった、というのが正直なところの感想であった。


 どうやら家臣どもが水面下で必死になって交渉した結果、らしい。

 来なかったら来なかったで、担当した家臣連中もわたしに咎められるとでも思ったらしい。

 そこまで求めていたわけでもなかったので、難儀なことである。


 ともあれこの重陽の節句を前に、事実上の従属交渉が裏であちこちで行われることになっていたのは確かで、来た方は来た方でそれなりに覚悟を決めてきたのだろう。

 わたしとしては、そういうのは二の次で、楽しんでもらえればそれで良かったんだがな。

 やれやれ、である。


 ちなみに参加大名家であるが、


 上杉家、徳川家、羽柴家、織田家、里見家、佐竹家、蘆名家、宇都宮家、長宗我部家


 といった具合である。


 その中でも大名自らやって来たのは、上杉景勝、徳川家康、羽柴秀吉、織田信忠、里見義頼であり、佐竹家、蘆名家、長宗我部家は代理として重臣を派遣するに留まったようである。

 こうやって見ると、そうそうたる面子だ。

 ちょっとした歴史の博物館である。


 基本的にどれもこれも丁重に扱ってやったが、やはり上杉家を一番に扱ってやった。

 上杉とは同盟関係には無いが、その付き合いはもっとも長く、周囲には一番の友好国に見えているはずだからである。

 もちろんこれは表面上、だ。


 新発田重家の乱などもあって、わたしのした所業に対して思うところもあるはずで、しかし上野国などを譲ってやったりもしてやったことから、色々と複雑な感情を抱いているはずである。

 まああそこの景勝は晴景と仲がいいので、それも立てて、あるが。


 次が朝倉家に完全に従属を表明した里見家だった。

 他の諸大名に比べれば見劣りする勢力でしかないが、わたしはこれを懇ろに扱ってやったのである。


 暇だったこともあり、わたしが接待役を少し手伝ってやったほどで、里見義頼などは始終、恐縮しっぱなしだった。

 何かいい迷惑な感じなような気もしたが、知ったことじゃない。

 わたしに従ったものは贔屓にしてやるぞという、外に対する見せびらかしである。

 これはかなり効果があったようで、どの大大名家も里見家を侮るような雰囲気は見せなかった、らしい。


 そして徳川、織田、羽柴家である。

 徳川家は明言こそされていないものの、朝倉家の支援の元に再興を果たした事情もあり、また関東情勢が未だ不安定ということもあって、朝倉の後ろ盾無しにはたちゆかない新興の大名家である。

 事実上、従属しているに等しい。


 織田家は積年の宿敵ではあったものの、現在では同盟し、関係の改善は急速に進んでいる。

 当主である信忠自身がこの朝倉家に歯向かう気が全くないのが、何よりである。


 また信忠や、信忠が連れて来た柴田勝家などと、晴景との関係が悪くない。

 朝倉家臣の中では織田家に対して未だに敵愾心を持つ者が多いが、当主である晴景にその気が全くないので、家臣どもも強硬的なことは言えないだろう。


 織田信長こそ滅びたものの、豊かな濃尾と三河、伊勢といった海に面した海運を携われる領土を得ている織田家は、やはり国力も高く侮れない。

 わたしとしても色々疲れたので、仲良くできる間はしておこう、というつもりだった。

 ……鈴鹿という、面倒な輩もこっちにいることだしな。


 そういえば少し意外だったのが乙葉で、どういうわけか織田家の接待役の一人にして欲しいと、願い出て来たのである。

 しかも信忠相手ではなくて、その家臣どもの相手をしたいという。


 はて、と思いつつも許したのだが、後からあちこちから聞いた話によると、どうもお目当ては柴田勝家だったらしい。

 勝家は織田家の猛将ではあるが、すでに老齢。もはや老将の域である。


 乙葉との接点は疋壇城しかないが、あの防衛戦で乙葉は勝家相手に勝てなかったと聞いている。

 猛将とはいうが、人の身で大したものだと素直に思ったものだ。


 で、乙葉は負けるととにかく悔しがるので、今回も因縁をつけにいったのかと思ったが、どうやらそうではなく、借りてきた猫のようになって接待をしているとか何とか。

 どうやら勝家にかなりご執心らしい。

 人の好みは分からないものである。

 この話を秀吉あたりが耳にしたらそれこそ悔しがるだろうが、知ったことではないな。


 で、お次は羽柴家。

 実のところ、これの扱いが一番面倒だとわたしは思っていた。


 羽柴家もまた、織田家より独立した新興の大名家である。

 しかし畿内の大半を有しておりその経済力は高く、堺からの収入も莫大だろう。


 羽柴家の当面の敵は織田家であったが、その織田家も信忠の謀反によって信長が横死するという有様になってしまったので、お互いの関係が複雑かつ微妙なものになってしまったのである。

 そして羽柴、織田家共に朝倉家と同盟している。

 これではまともに争うこともできない、というわけだ。

 当面の敵があやふやになったことで、国内は安定し、当然羽柴家の国力は増すだろう。


 さらに西国との関係もある。

 特に中国の毛利家だ。


 確か両家は不可侵的な約定を交わしており、羽柴家は独立に至ったはず。

 今回の重陽の節句の件というか、秀吉を北ノ庄に招くのがそもそもの始まりである。

 黒田孝高と話していて今後の方針をどうするか考えた時、ふと思いついたからだ。


 事前に知っていた秀吉が真っ先に応じたのは当然ではあるが、だからこそ警戒もしていることだろう。

 別に取って食ったりはしないつもりなんだがな。

 まあいい。


 佐竹家、蘆名家、宇都宮氏、長宗我部家に至ってはこれまではっきりとした交流があったわけでもなく、当主がやってこないのは当然だろう。

 しかし代理を出してきている時点で、交渉の余地が十分ある、ともいえた。


 佐竹氏を始めとする北関東の諸大名に関しては、今のところ何かしようという気は無い。朝倉と良好な関係を築ければ、ひとまずはそれでいいと思っている。

 関東には上杉や徳川を配置してあるから、即座に脅威にはなり得ないからである。

 とはいえ、放っておくと家康あたりが外交の手を伸ばし、変に協力関係を構築して知らぬ間に大勢力になってしまうかもしれないから、事前にある程度の手は打っておきたい、といったところか。


 が、まあそれらはいい。

 わたしがこの先目を向けていたのはやはり西国で、特に長宗我部氏だった。


 長宗我部は四国をほぼ制覇しており、これを外交的に屈服、もしくは良好な関係を築けるのならばそれでもいいと考えている。

 史実を振り返るに、あそこの当主である長宗我部元親は一筋縄ではいかない相手だ。


 が、最終的に強者に降る柔軟性も持ち合わせている。

 向こうがその気ならともかく、そうでないのならとりあえずこちらから喧嘩を売るのはやめておこう、というのがわたしの判断だ。


 元親は四国統一を目指しているはずだが、未だ阿波の三好氏や伊予の河野氏、西園寺公広らが健在で完全制覇には至っていない。

 そのあたりの事情もうまく利用して、これまた秀吉あたりに干渉される前にうまく取り込みたいものである。

 そしてその交渉役を任せているのが長宗我部と縁のある明智光秀で、これがうまくいったら褒めてやるつもりだった。


 で、だ。

 今回朝倉家が送った招待状を完全無欠に黙殺してくれたのが、毛利家であった。


 最近戦が停止していたこともあって国力も旺盛になりつつあり、こちらに気を遣おう、という気も微塵も無いらしい。

 最近は療養と子育て中心の生活になっており、戦はやや忌避したい気分ではあったものの、報告を聞いて少なからず不愉快になってしまったのは事実だ。


 実のところこの結果は最初からある程度予想されていたが、それでも気分が悪くなったのはどうしようもない。

 近くにいれば、即座に踏み潰してやるところだ。


 が、中国は遠い。

 間に羽柴領もあるし、簡単に手が出せる相手もないのが実情だ。

 毛利もその辺りを踏まえて、今は無視してきたんだろうが……。


 毛利家とは交易での関係が現在もある。

 あそこは砂鉄や銀が採れるので、朝倉とも交易が活発なのだ。


 その交易路を全方位から遮断してやる。

 四国はもちろん、九州の大名とも誼を結び、経済的に毛利家を干上がらせるのだ。

 ちょっとした経済制裁である。


 これには時間がかかるだろうが、ある意味ちょうど良かった。

 晴景も若いし、今は新たに得た信濃や甲斐、遠江や駿河といった領国の安定を優先したい。

 特に旧武田領の安定には時間がかかる。


 あとわたしの身体のこともある。

 時間をかけてゆっくりと休めば、毛利が音を上げる頃には元気になっていることだろう。


 うん、それでいい。

 我ながらぬるいとは思わないでもなかったが、今は小太郎や朱葉を育てるのに傾注したいしな。


 ところが、である。

 諸大名を集めての重陽の節句の儀は滞りなく終了し、その後に行われた会合にて、思わぬ展開になってしまったのだった。

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