第134話 二俣城の戦い(後編)

「ここで無為に時を失うはあまりに惜しゅうごさる。こうしている間にも織田の援軍が到着するやもしれぬ。であれば跡部殿の仰せられる通り、掛川城攻略を優先されては如何か」


 家臣の進言に、勝頼は思案する。

 今のところ浜松城の家康が天竜川を越え、迎撃の構えをみせたという報告は無い。

 前回の西上作戦の時などは、家康は天竜川を越え武田勢と遭遇し、慌てて撤退するなど醜態をみせている。


 此度は最初から二俣城を捨てているのか。

 しかし二俣城を失えば、掛川城は完全に孤立し、遅かれ早かれ陥落する。

 となれば天竜川以東の地は武田の手に落ちたも同然となるだろう。


 浜松のみ残ったとしても、家康の遠江支配は完全に揺らいでしまうことになる。

 それを承知であくまで籠城し、織田の援軍を待つつもりなのか。


 確かにそれが最善とも思える。

 だが……。


「城を守る大久保を見ても分かるように、三河武士とやらは腑抜けぞろいではあるまい。敗れたとはいえ、我が父にさえ挑んだ家康だ。この正念場で尻込みするとも思えん」


 しかし今のところ、家康出陣の報は無い。


「なればお館様、二俣城など捨ておいて、一気に浜松城を攻めるというのは如何でしょう」


 そう進言するのは武田信豊である。


「いや、それは危ういのではありますまいか」


 難色を示すのは、小山田信茂。


「この二俣城は我らの補給の拠点となり得る場所。兵站に不安を抱えたまま天竜川を渡るは、危険でございましょうぞ」

「されど敵は出て来ぬ上に、かと言って容易に攻め落とせもせぬ。いくらかの手勢を残して城を監視させ、渡河するのも一手かと心得る」


 信豊の策はうまくいけば一気に片がつく可能性もあるが、信茂の言うように危険もまた大きい。

 では勝資の言う掛川城をまず攻略し、そして二俣城を落としていくという策は、まあ堅実である。

 が、時がかかってしまう。


 二俣城さえ先に落としてしまえば、孤立する掛川城など最悪放っておいてもいいのだ。

 高天神城の岡部勢に念入りに監視させておくだけで、事足りるはずである。

 ここで時をかければ織田の援軍が到着し、浜松城攻略の時間は無いと思われた。


 それも確かに一つの手ではある。

 しかし勝頼が望む成果には程遠い。

 これほどの兵力を動員したからには、最低でも遠江は制覇しなければ意味が無いと考えていたからである。


 ならば、やはり正攻法である二俣城を優先させるべきか。

 だがこれも難事。


 万が一城内に水源が存在でもしていたら、二俣城に手こずっている間に時間切れになってしまうかもしれない。

 であればやはり信豊の策か。


「いや……違う。これはそう仕向けられているのではないか……?」


 自問自答を繰り返した勝頼は、ふとそう思った。

 ここで浜松城を目指した場合を考えてみる。


 川を渡れば当然、背水となる。

 さらに二俣城は健在。

 地の利は全く無いどころか最悪だ。

 そこを狙って家康が決戦を仕掛けてきたとして、万が一敗れるようなことになれば総崩れとなるだろう。


 しかしこちらは二万。

 徳川方は遠江に展開させている兵が一万であったとしても、二俣城や掛川城に配備している兵を差し引けば、六、七千程度と思われる。


 こちらは敵の三倍。

 まともにぶつかれば、まず武田の勝利は疑いようも無い。

 もちろん采配によるところもあるかもしれないが、兵力の差はやはり如何ともし難いものである。


 自分ならばそんな無謀な決戦を挑むだろうか。

 そこで勝頼は苦く笑う。


 挑むだろう。

 長篠の戦いがまさにそうだった。

 敵は倍から三倍するというのに決戦を挑み、そして大敗した事実は忘れられるものでもない。


 そして家康も、倍以上の兵力であった信玄を相手に決戦を挑み、大敗している。

 その教訓から此度は決戦を挑んでこないともとれるし、そんなことは関係無く再び挑んでくるとも考えられる。


 いや、挑んでくる。

 考えれば考えるほど、勝頼はそう確信するようになっていった。

 家康は機を窺っている。

 賭けに出る機を。


 しかし兵力の差がどうしても引っかかる。

 三倍で挑んでくるとはやはり思えない。

 せめて倍、一万程度の手勢が家康のもとにあれば……。


「ある、のではないか?」


 不意に何かが繋がった。


「お館様?」


 思わず声を上げた勝頼に、信豊が声をかける。


「そうだ。恐らく二俣城にしても掛川城にしても、我らが至るよりも早くにその大半の兵は引き上げて、浜松に集中させていたのではないか? わしらはあの城に二千ほどの兵がいると踏んでいたが、実際には数百程度しかいないとみたぞ。だからこそ、水の手を断たれた今もなお、備蓄の水でどうにか耐え凌いでいるのではないのか」

「し、しかし、二俣城の者は我らの猛攻に対して三日も凌ぎ切っておりますぞ。わずか数百に兵でそのようなことが……」

「必死の覚悟でやってのけたのだろう。さすがは噂に名高い大久保忠世よ。敵ながら天晴れ。されど」


 この読みが当たっていれば、城を力攻めで落とすことはむしろ可能だろう。

 恐らく城方に余力は無い。


 そしてこの勝頼の見立ては正しかった。

 先の三日間の攻撃を撃退した時点で、大久保勢にはあと一回、撃退できるかどうかの余力しか残されていなかったのである。


 そのため場合によっては自ら井楼を破壊し、攻城戦から包囲戦になるよう仕向けさせ、しかし城内には水源があるようにみせかけて城の攻略を一時諦め指せ、事によっては天竜川を渡らせようとしていたのだった。

 この心理戦に勝利したのは勝頼だったといえる。


「全軍をもって二俣城を攻め落とせ」


 ただちに命は実行された。

 その猛攻ぶりに、忠世は覚悟を決める。


「さすがは虎の子か。侮っていたつもりはないが、賭けはこちらの負けであろう」


 武田方の動きから、城内の状況を正確に見抜かれたと悟った忠世は、ついに覚悟を決める。


「彦左衛門よ。そなたはいよいよとなったら城を脱出し、殿に二俣城の落城を伝えよ」

「さ、されど兄上、それがしとて城を枕に討死する覚悟はできておりますぞ!」

「ならん。命である」


 厳命に、彦左衛門こと大久保忠教はうなだれるしかなかった。

 初陣して数年。

 兄である忠世と共に、この遠江にて武田を相手に転戦し続けてきた忠教であったが、ついに別れの時がきたのだった。


 武田方の猛攻を城兵二百が防ぐ中、天竜川に飛び込むようにして忠教は城内を脱出。

 そのまま渡河を成功させて、浜松へと向かう最中、密かに出陣していた家康本隊に駆け込むことに成功した。


 余談ではあるが、忠教は晩年に『三河物語』なる家訓書を書き残しており、この二俣城の戦いについても克明に記されることになる。


 武田方の数に物言わせた波状攻撃を受け、二俣城は休む間も与えられず奮戦し、だがついにはその日の夜、陥落した。

 大久保忠世は最後まで奮闘し、力尽きて自害することもままならなくなったところを武田方の将・大熊朝秀によって生け捕られることになる。


「首をとって手柄にせよ」

「大久保殿の武勇、まことに天晴れとお館様が仰せだ。それゆえ拙者が自ら手合わせを所望したのである」

「大熊殿はかの上泉信綱と引き分けたというが、まことの腕前であったな」


 こうして忠世は忠死をいったん諦め、その身を朝秀に委ねることになった。

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