第127話 武田の戦略


     ◇


 三河、美濃へと武田の別動隊が侵攻する中、本隊である武田勝頼率いる二万余の大軍は青崩峠を越えて南進し、天野景貫の拠る犬居城へと入った。

 目指すは二俣城である。


 この城は徳川による遠江支配にとって、非常に重要な地であるといえた。

 信濃から南進する場合、二俣城は山間部から遠州平野への入口となる。

 そこから気賀に抜ければ重要な街道である本坂通があり、また浜名湖にもほど近い交通の要衝である。

 また徳川の本拠である浜松城を守る最後の拠点でもあった。


 さらに言えば、二俣城は浜松城や掛川城、高天神城のちょうど中間地点に位置しており、いわゆる扇のかなめとして遠江の諸城の中でも特に重要な拠点でもある。

 そのためこれまで武田と徳川の間で激しい争奪戦が繰り広げられた城だった。


 今を遡る元亀三年十月、西上作戦を敢行した武田信玄は、勝頼と共にこの城を攻め落としている。

 以降、浜松城へと睨みをきかせるための武田方の重要な拠点となっていたが、天正三年の長篠の戦いの後、家康はこの二俣城の奪還を断行し、武田方から奪い返すことに成功していた。


 長篠の敗戦の際に、武田方が遠江方面で唯一失った城でもある。

 家康はここに大久保忠世を配し、城の修復と強化を行わせて万全の体勢をとらせていた。

 そのため武田方はこれまで幾度となく二俣城に攻め寄せたものの、忠世はこれを死守している。


「二俣城は堅固。やはり一筋縄ではいきませんな」


 勝頼の側近である跡部勝資の言に、勝頼は陣中で頷いた。


「しかしここを抜けなければ天竜川は越えられん。が、抜ければ浜松は目と鼻の先。三河方面は昌景が抑えているゆえ、岡崎からの援軍もままならんだろう。ここを落とせば徳川は落ちたも同義である」


 勝頼の言葉に、陣中に集った諸将は皆一様に首肯する。

 確かに二俣城さえ落とせば、武田方にかなり優位な展開になるのは間違いない。

 が、それが難しい。

 徳川方も必至に抵抗するだろう。


「あとは時間の問題ですな」


 そう発言するのは武田信豊だった。

 信豊も勝資同様、勝頼の側近であり、その従兄弟に当たる人物である。


「織田の援軍か」

「然様にてございます。今は朝倉殿がある程度を引き付けてくれているとはいえ、その動員力は膨大。いずれは徳川に援軍を派遣してくるでしょう」

「しかしそのための馬場殿でしょう。ある程度の時間は稼げるというもの」

「とはいえ油断はできませぬぞ」


 勝資にそう横から口を挟んだのは、小山田信茂。

 武田家の譜代家老衆である。


「こちらは大軍とはいえ城攻めは難儀するもの。特にあの二俣城は以前よりも堅固になっている様子。これは時がかかりますぞ」

「信茂の言ももっともである」


 勝頼は頷いた。


「わしもあの城には散々手こずらされたからな。舐めてかかる気は無い。また守将である大久保忠世は忠誠厚く、勇猛。降伏にはそう簡単に応じんだろう」


 これもまた、諸将の意見の一致するところであった。


「となれば、二俣城に固執すべきではない、とも考えますが」


 勝資の言に、勝頼は先を促してみせる。


「ではどうせよと?」

「はっ。掛川城を先に落とすのも、一つの手かと」

「掛川城、か」


 遠江の中でも天竜川と大井川に挟まれた地域は、これまで武田と徳川の激戦地となっていた。

 遠江方面の支配を目論む勝頼は、まず大井川を越えた地に諏訪原城を馬場信春や武田信豊に命じて普請させている。

 これが天正元年のことである。


 以降、勝頼はさらに進出を強め、高天神城へと侵攻。

 この城は難攻不落として知られ、信玄ですら落とせなかった堅城であった。

 しかし天正二年に勝頼はこれを陥落せしめ、その武名を多いに高めた。


 勝頼はここに守将として岡部元信を配置。

 元信は今川旧臣で、桶狭間で討死した今川義元の首級を信長から奪い返したことで知られる武将である。


 長篠の敗戦以降、二俣城と同じように徳川方によって、高天神城奪還の為に兵が差し向けられたが、元信はこれをことごとく撃退してみせていた。

 諏訪原城も当然のごとく家康に狙われたが、長篠で致命的な大敗を喫しなかったことが功を奏し、武田方はこれも守り抜いている。


 史実においては諏訪原城は徳川方の手に落ち、大井川からの補給線を断たれた高天神城は窮地に陥っていくことになる。

 だがこの世界において諏訪原城は健在であり、高天神城への補給も問題無く、最前線としての役割を十全に担っていた。


 その高天神城や諏訪原城を目前にして、防衛線を担っていたのが掛川城である。

 城主は石川家成。

 酒井忠次亡き後の、筆頭家老である。

 忠誠無二の人物であり、だからこそ家康に掛川の地を任されているとも言えた。


「しかし石川家成も手強いぞ。容易に落とせるとは思えんが」

「二俣城は当然包囲します。しかし無理な攻勢はかけず、一方で岡部殿に命じて掛川城を攻めさせるのです」

「とはいえ元信の持つ兵力ではとても足りんと思うが」

「こちらの手勢を分け、増援に回すのです」

「兵を分ける、か」


 勝資の言に、勝頼は渋い顔になった。

 兵力の分散は兵理にもとるもの。

 できれば避けたいところではあるが、勝頼はすでに今回の西上作戦のために、兵力を三つに分けて運用している。

 これ以上分散することはどうかと思うし、何よりこの兵力は二俣城を押しつぶすために用意したものと言ってもいい。


「殿、話はここで終わりではありませぬ。こちらがそのような動きをした際に、家康がどう動くか、ですぞ」

「ふむ」


 家康としては武田勢に天竜川を越えられるのは何としても避けたいはず。

 となれば援軍を差し向けてくるだろうが、それをどこに向けて来るかで話は変わってくる、ということだろう。


「つまり跡部殿、貴殿は三方ヶ原の再現を狙っている、ということだろうか」


 意を察した信茂の言に、勝資は如何にも、と首肯してみせた。

 籠城戦ではなく野戦に家康を引っ張り出して、一気にこれを叩く。

 大勝することができれば、仮にその後籠城戦に移行したとしても、優位な展開を期待できるだろう。


「それは良き考えとも思うが、家康が出て来るだろうか?」

「家康がこの情勢下で賭けにでるのならば、あり得るかと」

「ふむ……」


 現在の徳川方の最大動員力は、一万五千から多くても二万まで、というのが武田方の推測である。

 そして三河方面の防衛のためにその半数は動かせないため、遠江防衛には一万程度の兵力しかないと踏んでいた。


 対する武田本隊は二万。

 野戦を挑むには圧倒的に徳川方が不利である。

 ここで籠城策をとれば、何とか耐え忍ぶことも可能だろう。

 織田の援軍という後詰が期待できる以上、いずれは武田勢も撤退に及ぶと考えるかもしれない。


 しかしそれまでに遠江の諸城は蹂躙され、多くが武田方の手に落ちるだろう。

 家康がそれを許容できるのかどうか。


 籠城では負けはしないかもしれないが、決して勝てもしない。

 となれば、賭けに出て来る可能性も十分にある。

 何といっても三方ヶ原の前例があるからだ。


 家康が信玄の挑発に乗って城から打って出、三方ヶ原で大敗を喫したいわく付きの一戦。

 もちろん、今回はあの合戦を教訓として梃子でも動かないかもしれないが。


「家康には出てきて欲しいものだな」


 独白にも似た勝頼のつぶやきを、勝資は見逃さない。

 勝資は側近として勝頼の傍にあることもあって、主が長篠の雪辱を果たしたがっていることを敏感に感じ取っていた。

 だからこその進言でもあったが、戦略的に意義が無かったわけでもない。


「仮に出てこなかった場合は、当初の予定通りに二俣城を落とし、掛川城をも落として天竜川以東の制圧を確実に致しましょう。その後、情勢をみて浜松に進軍するも良し。いったん退いて後日に備えるも良し。臨機応変に対応するがよろしいかと存じまする」

「三河に進ませている昌景はどうする?」

「織田の援軍次第でしょうな。その数にもよりますが、早々に到着したならば時間稼ぎをさせつつ決戦は避けさせるのが得策かと。仮に浜松までの進軍をお考えにならないのであれば、三河から撤退させるべきでしょう」

「とにかく織田とは戦うな、と申すか」

「今はまだ、早うございます」


 勝資にしても、これだけは勝頼に承知してもらいたいことではあった。


「まあ、良い。では勝資の案について、他の者の意見を聞こうか」

「ではそれがしから一つ」


 新たに発言したのは大熊朝秀。

 武勇に優れ、剣豪・上泉信綱と引き分けたことのある武将である。

 こうして陣中での議論は白熱し、夜まで続けられることになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る