第6話 信 頼

Trust


私は口火を切ったマイケルと共に、MEDルームに足を運んだ。

クルー達の要望を伝えながら、提督の考えを確かめてみると。


「わしは、神では、ないぞ……」

病床に横たわる父は、苦笑いの表情から、ジョークを繰り出した。


今日の父は、顔色もよく容体も安定し安心した。


父は上体を起こすと言葉を続けた。

「皆さんのお気持ちは有り難い。でも、今のわしは、隠居同然。皆で話し合って、船長が決断したまえ」


父は、基本的に『船長の判断が最終決定だ』という信念を持っていた。

だが、ここはクルー達の要望も尊重し、提督の助言を仰ぎながら判断を下すということで、了承してもらった。


その時、同行した大きな口はつぐんだまま頷くだけだった。


MEDルームを出ようと戸口に差し掛かった時、私は、背中越しに御言葉を聞いた。


父はリーダーとしての心構えを授けてくれた。

・非常事態や緊急時で最も大事なことは、冷静さと信頼感。

・技術面では専門知識が豊富な各エンジニアの助力を得よ。

・リーダーである船長は精神面でクルー達の支えとなれ。


私は目から鱗が落ち、心も洗われる思いで、御言葉を受け止めると、提督の下を静かに去った。



ミーティングを再開すると―――

最初に、同行したマイケルが提督の言葉を伝えた。

すると広い船内が、あっという間に信頼感と安堵の空気で満たされた。


結局のところ、新たな対策を講じるよりも、既存の装置をフル活用する事に。そして何よりも大事なことは、を確認した。


だが、最後に技術面の課題としてコスモ・ドライブを止めるか否かの問題が残った。CF-PREの強力なプラズマ噴射と、強大な太陽放射との相互作用が未知の領域だからだ。


「ストームを振り切るのは、無理。極力太陽から離れること」

フライト・エンジニアの意見が飛び出した。


「同感だ! 太陽風の放射線密度は、距離の2乗に反比例する」

天体物理学者の補足が加わった。


「……と言うことは、フルパワすね」

間髪を入れる間もなく、チーフエンジニアが結論を出した。


「皆さん、貴重なご意見、感謝します!」

私は臨時ミーティングの散会を宣言した。


「ラジャー。キャプテン!!」

全員の声が重なり合って、混声合唱張りに見事なハーモニーを奏でた。



◆宇宙日誌◆ 西暦2201.4.17 ログイン⇒

今日の記録は、私の父が抱える病について記しておきたい。


父が抱える病気とは、『宇宙白血病』


長期間に亘り宇宙放射線に曝されたのが原因である。

火星基地開発の中核を担っていた父は、長年の無理が祟ったようだ。宇宙放射線が絶え間なく降り注ぐ火星環境は、想像以上に過酷なのだ。


それは、細菌やウィルスでも、電磁波や放射線でもそうだ。

『見えない敵ほど、恐いものはない』


最強の防護服となる宇宙服をもってしても、完全には防ぎ切れない。

放射線というのは、その強さだけが問題なのではない。少ない線量であっても、長期間に亘ると積算被曝量が問題となる。


火星基地に限定した問題ではない。一般の人間にも当てはまる。

例えば、レントゲン撮影などのX線でも、高層を飛ぶ旅客機や宇宙エレベーターで被る宇宙放射線でも同様だ。それが頻繁で長期に亘る場合、被曝量は蓄積され、大きなリスクを生む。


任務に忠実な父は、リーダーとしての立場から、屋外活動に率先して携わっていた。

昔気質の父は、古くからのという言葉を、絵に描いたような人物で、その勇気と情熱には脱帽する。


「宇宙線だらけの宇宙空間で、放射線が怖くて、やってられるか!」


これが父の口癖だったと、開発スタッフ達は口を揃える。

しかし、そんな父だったからこそ、幸い生き延びているというのも事実だ。


父は、危険を伴う小惑星有人探査に、隊長として志願し、探査船事故に巻き込まれた。事故からくる後遺症は、皮肉なことに、重病を発見する引き金となった。


仕事を三日と休むことがなかった父が、七日間意識不明の状態が続いた後、一か月の入院生活を強いられた。その間、色々な検査が実施され病巣が見つかり、と診断された。


診断結果は、直ぐに治療を始めれば5年生存率40%で、半年発見が遅れたら命は無かったという。このような経緯で余命も延びたのだ。


航空医官の母の話によると、安静を保てれば、現状では、生死の問題までには至らないから一安心。


これは肉親としての心配だけではない。提督としても生き延びてもらいたい。人類の未来は、彼の明晰なる頭脳と豊かな経験に掛かっている。

==以上、ログアウト ◇◆

 

 

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