第5話 警 報

Warning


月軌道を離れて2日目、火星航路は順風満帆。

乗組員の緊張感もとれたようで、船内は平穏なムードに包まれていた。


夕食が済んだMEETルームでは―――

「火星に住んだら、わしら、火星人になる? ……ってことやなぁ?」


ジョーが笑い話を始めた。太い眉を上げ下げしながら、東洋人特有のお笑いショー張りにジョークを飛ばし、皆の爆笑をかっていた。

そんな仄々とした雰囲気も生まれたその時だった。


【Warning! Warning! 緊急事態。Warning! 】


突然、SMC3000の警報が鳴った。穏やかだった船内に轟音が駆け巡った。

警報ランプの色はレッド点滅。


「緊急事態です! キャップ」

通信オペレーターのリン・ソンが、ハイトーンな声を上げた。


「WASA本部に、確認連絡だ!」

私は直ちに指示を出した。

「ラジャー! キャップ」


宇宙船のマザーコンピュータは、様々な危険を察知して警報を発する。

SMCスマック3000』とは、Super Mother Computer 3000の愛称、最新鋭の量子コンピュータだ。


今回の警報はかつてない大警報音だった。

小型の流星群やスペースデブリは、オリーブ色。

オバーレンジな宇宙線の警報は、イエロー。

大型隕石では、オレンジ色と、警報ランプは色別に点灯する。

点滅するときは緊急事態。

今回のレッド点滅は、最高レベルの危険度となる。



間もなくして、COSMO ISLANDのWASA本部から入電、SMC3000の説明が。

【WASA本部からの報告。スペース・アナライザー・システム『SAnS』の観測によると、百年に一度の巨大な太陽フレア発生。スーパーフレアです。】


スーパーフレアの発生が、危険度最高レベルの訳は、ソーラーストーム(太陽嵐)が押し寄せるからだ。


隕石ならば、幾ら大型であっても船体への衝突回避は可能だが、ソーラーストームでは不可能なのだ。

ソーラーストームは太陽風のモンスターで、宇宙空間を隈なく覆い尽くす。大海の真ん中で大嵐に遭遇した帆船の運命と同様である。


太陽フレアは、太陽表面にあるプラズマが、太陽の強大な重力さえ振り切って、宇宙空間へ大量に吹き飛ばされる現象。高熱、高エネルギーのプラズマの爆風が、宇宙空間を埋め尽くす。


通常は太陽風と呼ばれ、X線や紫外線、さらには陽子や電子までも放出する。太陽放射線のシャワーが降り注ぐ。

勿論、地球も太陽風を受けているが、磁気圏という御加護により、放射線の直撃は免れている。


SAnSの分析によると、ソーラーストームの到達予測時刻は、約8時間後。

最新型宇宙船には、磁気バリア『MAGシールド』を完備しているが、初めて遭遇するソーラーストームの衝撃は未知数。万全の態勢で迎え撃つしかない。



私はブリッジ招集をかけた―――

OPEクルーと臨時ミーティングを行うため。


病床に伏せる父(提督)を除く全員が、あっと言う間に集合した。

点呼を済ませMEETルームへ移ると、ソーラーストームへの対応について、話し合いを始めた。


すると、意見を交わすよりも先に、クルー達から零れた言葉は、異口同音に同じ要望であった。


「まずは、提督の意見を聞きたいな?」

いきなりマイケルの大きな口が開いた。


「吾輩も同感だ」

後を追うようにフォレスト博士が賛同した。


「そうねぇ? 提督指示なら、何でも従うわ」

リンのハイトーンが輪をかけた。


「提督の考えを聞きたい。彼の豊富な経験は……どんな理論よりも勝る」

フライト・エンジニアの発言が、とどめを刺した。


どの意見も、元船長の人望を象徴するものばかりだった。火星基地開発の花形だった提督に対する信頼は、想像以上だ。

現船長である私にとって、それは嫉妬にも似た感情を抱かせる。


提督の意見を聞くために、ミーティングは早くも中入りとなった。

 


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