花の便り

 初めて届いたのは、薄紅色の封筒だった。足元にストンと滑り落ちなければ、ピザ屋のチラシとともにうっかり捨てていたかもしれない。手紙だというのに、何も入っていないのかと思ったくらい、薄ぺらかったのだ。その時は中身を知らなかった。宛先が自分の名前ではないのだから、人として当然だ。精々、前の住人に転送手続きくらいしておけよと思い、それから、ああ死んでるのかもしれないんだったと思った程度だ。

「おい幽霊さーん。これアンタ宛?」

 花もさかる金曜日ゆえ、少々ワインをおかわりし過ぎたせいで、痛々しい独り言まで吐いてしまったが、結局「宛所に尋ねあたりません」のままだった。しかし、家の中で「尋ねあたりません」でも、社会的にこの宛先は存在する。面倒くさがって表札なしのまま住んでいるせいもあってか、私の城の、私ではない人間宛に、手紙は何回か届いた。いつしか封筒表の緩い筆跡も記憶に馴染んでしまい、その独特の薄ぺらい手紙が届くと、なんとなく捨てないほうに分けておくようになってしまった。最初の薄紅色を、迷ってすぐに捨てなかったせいで、ずぼらな人間特有の「保留ゾーン」に、亡霊(仮)宛の手紙が居座るようになってしまったのだ。

 封筒は時々萌黄色や薄紫色になったが、いつも花のような色だった。連日届くこともあれば、数週間やひと月空いて忘れたころに舞いこむこともあった。宛先人も差出人も、当然中身も知らないまま、私は陽光がぎらつく強さに変わるまで、薄ぺらい手紙を溜め続けた。

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