第五十九章 昔の仲間

  第五十九章 昔の仲間


 小子しょうこと一緒に舞い戻った翡翠邸ひすいてい様相ようそうはだいぶ変わっていた。輝明てるあき芽吹いぶきのように半妖はんようの者が陰陽師おんみょうじとして多く在籍していた。何より驚いたのは太陰たいいんがいたことだ。

 「太陰たいいんか?」

 僕は見つけるや否やそう声をかけた。

 「天乙てんおつ!」

 太陰たいいんも驚いていた。

 「知り合い?」

 小子しょうこが僕に尋ねた。

 「うん。太陰たいいん十二神将じゅうにしんしょうの一人だったんだ。」

 僕がそう言うと、小子しょうこは話をして来いと言った。再会を喜び合う間柄ではないが、僕は太陰たいいんのもとへ駆け寄った。

 「太陰たいいん、ここにいるとは思わなかった。」

 「輝明てるあきたちが鬼の里に行く時、私も一緒に銀狐ぎんこの屋敷を出て、ここに住みつくようになった。何だかんだ言って慣れ親しんだ我が家だからな。鬼の里に一緒に行かないかと誘われもしたが、どうも現世うつしよの水の方が合っているようだ。私も天乙てんおつがここへ来るとは思わなかった。芽吹いぶきはもう死んだのか?」

 「うん。ずいぶん前にね。」

 「そうか。それはご愁傷様ごしゅうしょうさま。」

 太陰たいいんは僕と安倍晴明あべのせいめいに恨み辛みがあってどこか冷たかった。


 「それより、太陰たいいんはずっとここに居たんだよね?小子しょうこに気付かなかったの?」

 僕はチラリと小子しょうこの方を見て尋ねた。

 「やはり、あれは小子しょうこだったか。私も似てる似てるとは思っていたが、どうも・・・」

 「小子しょうこらしくない?」

 僕は太陰たいいんが言わんとしていることをそう続けた。

 「そうだ。小子しょうことは仲が良かった。だがあの小子しょうことは馬が合わなくて、私が知っている小子しょうこだとは思えなかった。だから銀狐ぎんこにも知らせていない。まあ知らせたところで、あの小子しょうことは上手くいくまい。あの女がかげで何て呼ばれているか知っているか?鉄の女。難攻不落なんこうふらくの陰陽師おんみょうじと呼ばれているんだ。」

 太陰たいいんが言った。一体どうしたらそんな陰口かげぐちを叩かれるのだろう。


 「太陰たいいん、もう一つ重要なことを聞きたいんだ。白木しらきがどうなったか知っているか?」

 「知らない。あの後生きているのか死んでいるのかも分からない。もし生きているとしたら、必ずここへ戻って来るだろうと思って、ずっと目を光らせているが、それらしい奴はいない。もしかしたら、本当に死んだのかもしれないな。」

 太陰たいいんが言った。どこか緊張が緩んでいる。そんな風に見えた。

 「油断するな、太陰たいいん白木しらきはきっと生きながらえている。警戒を怠ってはいけない。」

 僕がそう言うと、太陰たいいんがカッと睨んで言い返して来た。

 「もう十二神将じゅうにしんしょう太陰たいいんではない!主将面しゅしょうづらするな!それに今はもっと重大な危機に直面しているんだ!」

 太陰たいいんが怒鳴って言った。警戒を怠るなと注意したことが気に障ったらしい。

 「危機って?」

 ここで話を終わらせる訳にはいかないので、僕は冷静に尋ねた。

 「安倍晴明あべのせいめいが封印したあかねという鬼を覚えているか?」

 イライラしながらも太陰たいいんは話し続けた。

 「うん。京の都を火の海にした鬼だ。火災旋風かさいせんぷうを起こす寸前で清明せいめい様が封印した。」

 「そのあかねの封印が解けた。」

 「どうしてそんなことに!?」

 「寺の蔵で眠っているところを、不用意に護符ごふがして封印を解いた人間がいたのだろう。」

 太陰たいいんが仕方なさそうに言った。

 「あかねの行方は?」

 「小子しょうこを含め、精鋭の陰陽師おんみょうじたちが探しているが、まだ見つからない。火にまつわる怪奇かいき事件は全てこの翡翠邸ひすいていに知らせが届く。一件一件つぶしながら調べているのが現状だ。」

 太陰たいいんが頭を抱えて言った。

 「小子しょうこも行方を追っているなら式神しきがみとして僕も追う。一度は戦って封印した鬼だ。見つけられさえすれば今度もきっと上手くいく。」

 「そうは言っても、まだ大蛇だいじゃの毒が抜けていないのだろう?大丈夫なのか?」

 太陰たいいんが少し心配してくれた。

 「大丈夫。小子しょうこには不意を突かれて調伏ちょうふくされたけど、体は大分回復しているんだ。」

 僕はそう強がってみせた。それでも太陰たいいんは疑いの目を向けていた。

 「まあいい。小子しょうこが待っている。もう行くといい。」

 太陰たいいんは僕を追い払うようにそう言った。


 「昔話に花が咲いたか?随分話し込んでいたな。」

 小子しょうこが言った。

 「うん。まあね。あかねの件、聞いたよ。小子しょうこも追っているんだってね。僕は一度あかねと戦って勝っているから安心して。」

 「・・・それは心強いな。」

 小子しょうこも疑いの目を向けて来た。最初の出会い方が良くなかった。抵抗する間もなく調伏ちょうふくされてしまったから、僕のことを大して強くもない鬼だと思っているのかもしれない。それならば・・・

 「小子しょうこ、お願いがあるんだけど。」

 「何だ?」

 「幽世かくりよにいる知り合いのところに行きたいんだ。」

 「式神しきがみになって早々ひまをもらおうとは図々ずうずうしいな。」

 小子しょうこが顔をしかめて言った。

 「違うんだ。あかねの件で協力してくれそうな奴がいるんだ。僕一人じゃ心許ないんでしょ?」

 本当は昔のよしみで現世うつしよ小子しょうこがいることを銀狐ぎんこに知らせてやりたかっただけだった。

 「いつ戻る?」

 協力を得られると聞いて気が変わったのか、小子しょうこがそう尋ねて来たた。

 「日が暮れる前には戻る。」

 明るい空を確かめてそう言った。

 「分かった。その知り合いとやらを私が調伏ちょうふくしても構わないな?」

 小子しょうこが思いがけない一言を言った。

 「え?いや、それは勘弁してあげて。」

 小子しょうこ銀狐ぎんこ調伏ちょうふくしようとする日が来るなんて思わなかった。本当に小子しょうこはすっかり変わってしまった。

 「なぜ?」

 小子しょうこが食い下がって来た。そんなに式神しきがみが欲しいのだろうか。

 「調伏ちょうふくしなくても小子しょうこの頼みなら何でも聞いてくれる奴だから。小子しょうこは覚えていなくても、僕もあいつも小子しょうこを覚えている。僕たちと小子しょうこ前世ぜんせで出会って一緒に生きた。だから味方するんだ。」

 「覚えていなくて悪かったな。」

 小子しょうこが心にもなさそうに言った。

 「人は生まれ変わると全て忘れてしまう。それは知っている。それでも前世ぜんせえにしがあると僕は信じている。」

 「・・・・」

 小子しょうこは何も言い返して来なかった。

 「じゃあ、行って来る。」

 僕は小子しょうこの気が変わらない内にそそくさと飛び立った。


 幽世かくりよにある銀狐ぎんこの屋敷を訪れるのは芽吹いぶきの助けを求めに来た時以来だった。もう鬼女たちはいないし、吉報きっぽうたずさえているから足取りは軽かった。


 「銀狐ぎんこ銀狐ぎんこ!」

 玄関で呼びかけた。何度も呼びかけたが、中々出て来なかった。きっと小子しょうことの思い出にひたって鬱々うつうつと過ごしているに違いない。

 「銀狐ぎんこ!いるんだろう!?」

 「何をしに来た。天乙てんおつ!?」

 苛立った声でそう言って銀狐ぎんこがガラガラと大きな音を立てて玄関の戸を開けた。

 「久しぶり。銀狐ぎんこ。」

 仏頂面ぶっちょうづら銀狐ぎんこにそう挨拶した。この顔が時期に嬉々とした笑顔になるのが分かっているから、思わずにやけてしまう。

 「何の用だ?」

 銀狐ぎんこが不機嫌そうに尋ねた。ああ、この瞬間を楽しみにしていた。

 「小子しょうこを見つけた!」

 銀狐ぎんこの顔がパッと驚きと喜びの表情に変わった。

 「どこにいる?」

 「翡翠邸ひすいていにいる。また陰陽師おんみょうじをやっているんだ。」

 僕は銀狐ぎんこにそう教えてやった。

 「すぐに迎えに行ってやらねば。」

 銀狐ぎんこはそう言って今にも飛んで行きそうな勢いだった。

 「待って待って、銀狐ぎんこ!今度の小子しょうこはものすごく強い。僕も不意を突かれたとはいえ、調伏ちょうふくされた。」

 「何だと?お前が?」

 銀狐ぎんこは信じられないという顔をした。

 「銀狐ぎんこも危ないから、突然に姿を現さない方がいい。小子しょうこは本当に強いんだ。性格もすっかり変わってしまって、まるで清明せいめい様みたいだ。」

 僕が清明せいめい様みたいと言ったのが引っ掛かったのだろう。銀狐ぎんこ怪訝けげんな表情を浮かべた。

 「まさか小子しょうこ懸想けそうしていないだろうな?」

 返答次第では僕を殺すつもりで銀狐ぎんこが尋ねた。

 「ちゃんと話を聞いてた?僕は式神しきがみにされたんだ。主従関係。色恋いろこいが生じる余地は一切ないよ。」

 「ならいい。」

 銀狐ぎんこは殺気をしまった。長年の付き合いの僕をこうもあっさりと手にかけようとするなんて、薄情な奴だ。

 「小子しょうこには仕事を手伝ってくれそうな奴を連れて来ると言って出て来た。助っ人として紹介するから上手くやってくれ。」

 僕はそう言うと、銀狐ぎんこは少し笑って言った。

 「ありがとう。」

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