第四十九章 魑魅魍魎

  第四十九章 魑魅魍魎ちみもうりょう


 銀狐ぎんこの様子がおかしかった。何か隠し事をしている。そんなふうに見えた。小子しょうこと何かあったのだろうか。小子しょうこの方はこれだけ人がドタバタ集まって、話をしているというのに、全く起きる気配がない。

 「小子しょうこ、いい加減に起きて!今日は雨だよ!」

 僕がそう言って叩き起こすと、ようやく目を覚ました。

 「おはよう。天乙てんおつ。」

 小子しょうこは寝ぼけ眼でそう言った。全くとぼけた奴だ。

 「小子しょうこ、雨だ。やるんだよね?箱を開けるんだよね?」

 僕はたたみかけるように尋ねた。

 「・・・うん。やる。箱の中のあやかし退治たいじする。」

 小子しょうこは眠そうにしながらも、はっきりとそう答えた。小子しょうこはやる気だ。それなら僕も全力で戦うのみ。

 いつだって戦いは真剣勝負。緊張した。あやかしの寿命は長いが、人間のように死んで生まれ変わることはない。だから生命の危機に直面したあやかしは死に物狂いで向かって来る。いくら自分が強くても油断は禁物だ。


 小子しょうこ身支度みじたくを整えると、依頼人の古賀徳治こがとくに作業工程を説明しに行った。それから家中に結界けっかいを張り巡らし、箱の中のあやかしが外に逃げられないようにした。

 準備は整った。あとは箱を開けて、中の妖を引きずり出すだけだ。

 箱は大広間で開けることにした。まるで城のようなこの屋敷の大広間にはびっしりと青々とした畳が敷き詰められていて圧巻あっかんだった。


 「いよいよ開けるんですね。」

 依頼人の徳治とくじが緊張して言った。徳治とくじの隣には心配そうな面持ちで座敷童ざしきわらし手毬てまりが立っていた。

 「はい。ご説明した通り、箱は誰でも開けられますので、私が開けます。古賀さんはそこで見ていて下さい。」

 小子がテキパキとそう言った。説明だけは一人前だ。

 「分かりました。」

 徳治とくじには何も見えていないが、張り詰めた緊張感を感じ取って、自然と口数が少なくなった。

 いよいよだ。いよいよ箱を開ける。いつもこういう時は胸が高鳴る。だが、この時はなぜか高鳴りと共に胸騒ぎを覚えた。胸がざわつく。なぜだろう。


 「けます。」

 小子しょうこは広間の中央でそう宣言した。僕は小子しょうこの向かい側に立って、あやかしを挟み撃ちにする準備をした。そしてついに箱のふたを取った。

 次の瞬間、百鬼夜行ひゃっきやこうかと思うほどのあやかしの大群が箱から飛び出して来た。まるで湧くように箱から次々と現れ、小子しょうこを目がけて襲いかかった。

 小子しょうこは何が起こったのか分からず、ただ驚いて身動き一つとれずにいた。僕よりも早く銀狐ぎんこ小子しょうこの元へ駆けつけてあやかしたちを退しりぞけた。あやかしたちは逃げ惑い、結界けっかいが張り巡らされた屋敷内を暴れ回った。

 「何とかしろ、陰陽師おんみょうじ!」

 手毬てまりが叫んだ。屋敷がミシミシと音を立て、徳治とくじでさえも何かが暴れ狂っていることを感じていた。

 「はい!」

 小子しょうこ手毬てまりに返事をすると、護符ごふで一匹ずつあやかしを封じていった。時間はかかるが、小子しょうこにできるのはこれが精いっぱいだった。


 僕は逃げ惑うあやかしの中に知っている顔を見つけた。シスルナだ。シスルナはあやかしの大群から離れると、ふとどこかへ消えた。

 そのことを小子しょうこに伝えようと、振り返ると、銀狐ぎんこと目が合った。その光景を見ていたのは僕だけではなかった。銀狐ぎんこも見ていた。なぜ何も言わないのだろう。違和感を覚えた。胸騒ぎが大きくなった。


 「小子しょうこかばんは?」

 「え!?」

 小子しょうこかそれどころではないという調子で聞き返して来た。

 「いつも肩から掛けているかばんだよ。」

 「部屋に・・・」

 言い終わる前に僕は急いで小子しょうこの部屋に向かった。壁や天井てんじょうをすり抜け、一気に駆け上ると、そこにはシスルナの後ろ姿があった。

 シスルナは木札きふだを手にして振り返り、ニヤリと笑った。やはりこれが狙いだったか。


 最悪なことに窓の外に人影が見えた。白木しらきだ。屋根をつたって登って来たのだ。白木しらきも僕に気づくとニヤリと笑って、手の中で印を結んだ。小子しょうこが張った結界けっかいを破ってシスルナを外に出すつもりだ。

 僕がシスルナに飛びかかる前に術が完成して結界けっかいは破れた。シスルナは屋敷の外に飛び出し、白木しらき木札きふだを手にした。

 勝ち誇った顔で白木しらきが僕を見た。

 「これが阿修羅王あしゅらおうの封印を解く鍵だと知ってから、ずっと機会をうかがっていたんだ。」

 白木しらきはそう言った。水郷すいごうで会った時にやはり封印を解くところ見ていて気付いたんだ。

 「この五芒星ごぼうせい清明せいめいの血で書かれているのか?」

 白木しらきは余裕の笑みを浮かべて僕に尋ねた。この上ない屈辱くつじょくだった。清明せいめい様に託された木札きふだをこの男に奪われるとは。


 白木しらきの手に渡るくらいなら・・・!。

 僕は白木しらきかかげる木札きふだに向けて静かに手をかざした。油断しきっていた白木しらきは防ぐ間もなかった。僕は鬼火おにび木札きふだを燃やした。僕はこの世で唯一、阿修羅王あしゅらおうの封印を解く鍵をこの手で燃やしたのだ。


 自分がどんな顔をしていたのか、どんな姿をしていたのか分からない。おそらくいかりのあまり、けの皮ががれ、醜い鬼の姿になっていただろう。白木しらきは僕を恐れてシスルナを連れてそのまま退散した。


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