第四十八章 雨音

  第四十八章 雨音あまおと


 昨夜ゆべ海風うみかぜ雨雲あまぐもを連れて来たようで、朝から今にも降り出しそうなくもり空だった。

 小子しょうこは疲れていて、まだ寝ていた。にくらしい寝顔ねがおをする女だ。夫の俺にお預けを喰らわせて、自分だけ至極しごく快楽かいらくを味わって寝ているのだから。


 ふと目をうつすと、枕元まくらもと小子しょうこがいつも肩からかけているかばんがあった。不用心ぶようじんだと思った。俺は中に何があるのか知っている。


 かばんの中には安倍晴明あべのせいめいからたくされた手紙と木札きふだ、それから魔鏡も入っていた。天乙てんおつ小子しょうこの目を盗んで手紙を読んだことがある。だから事情は知っていた。小子しょうこ輝明てるあきのために阿修羅王あしゅらおう胴塚どうづかを探している。何も知らないまま前世ぜんせで産んだ我が子のために探しているのだ。

 だが俺も輝明てるあきも、もう帰って来て欲しかった。幽世かくりよ屋敷やしきへ。

 「一緒に静かに暮らせないものなのか?」

 俺は寝ている小子しょうこにそう問いかけた。


 その時、コンコンと呼びかけるように窓ガラスを叩く音がした。窓の外に見覚えのある打掛姿うちかけすがたの女が立っていた。あの夜光貝やこうがいを散りばめたような打掛うちかけは確か有明御前ありあけごぜんのお付きの女のものだった。


 「何か用か?」

 俺は窓を開けて尋ねた。

 「有明御前ありあけごぜんの使いの者でございます。雨にまぎれて急ぎ知らせに参りました。」

 女はそう言った。霧雨きりさめが降り始めていた。

 「浅井あさい様はまだお目覚めではないのですね。」

 女がまだ布団ふとんの中にいる小子しょうこを見て言った。

 「昨夜ゆうべ房事ぼうじでお疲れか?」

 女がからかうように言った。

 「話なら俺が聞こう。」

 俺はそう言って女の視線を遮った。

 「さようでございますか。では早速。まずは箱を作った呪術師じゅじゅつしについてのことでございます。呪術師じゅじゅつし呪具じゅぐを売って生計せいけいを立てておりました。あの箱もおそらくはその一つかと。次に浅井あさい様の偽物にせものについてでございます。あやかしを殺し回るのを止め、今度はあやかしられているようです。命からがら逃げ出した者がそう申しておりました。何やら企んでいる様子。くれぐれもお気をつけ下さいませ。」

 女はそう言った。

 呪術師じゅじゅつしの箱、あやかしを殺し回るのを止めて捕らえるようになった白木しらき。そして箱をわざわざ持って来た白木しらき。頭の中で企みの全体像が見えて来た。

 「では確かにお伝えいたしましたよ。」

 女はそう言うと、霧雨きりさめの中、有明ありあけの海を目指して帰って行った。


 階段を駆け上がる気配と共に、天乙てんおつ手毬てまりが姿を現した。

 「誰か来ただろう?」

 天乙てんおつが尋ねた。

 「ああ。有明御前ありあけごぜんの使いの者が来た。」

 俺はそう答えた。

 「使いの者は何を知らせに来た?急ぎの用件だったのだろう?」

 手毬てまりが言った。

 「ああ。呪術師じゅじゅつし呪具じゅぐを売って生計せいけいを立てていたということと、白木しらきあやかしを捕らえているという話をしに来た。」

 俺は聞いた話をありのまま伝えた。天乙てんおつは気づいただろうか。白木しらきたくらみに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る