第三十五章 水郷の青年

第三十五章 水郷すいごう青年せいねん


 私はそこにえられていた片方かたほう天龍てんりゅうを連れて水郷すいごうへ向かった。道中どうちゅう天龍てんりゅうはよくしゃべった。

 「小子しょうこ赤目あかめ退治たいじしたのか?そりゃすごいな。」

 「いえ、私ではなくて銀狐ぎんこが・・・」

 「銀狐ぎんこってのはあれか?あの執念深しゅうねんぶかきつねか?」

 「執念深しゅうねんぶかい?」

 「おっ、知らないのか?有名ゆうめいな話だぜ。人間の女に懸想けそうして追いかけ回すって。そのせいでいくら修行しゅぎょうしてもいまだに神様にはなれねえって。あんたも気をつけろよ。」

 天龍てんりゅうはそう言って可笑おかしそうに笑った。

 「口が過ぎるぞ、天龍てんりゅう。」

 今までだまっていた天乙てんおつが口をはさんだ。

 「おっと、いけねえ。怒られちまった。」

 天龍てんりゅう陽気ようきに言った。


 水郷すいごう用水路ようすいろ民家みんか沿って町中まちじゅうめぐらされ、水の中ではいろとりどりの大きなこいが自由におよいでいた。

 「綺麗きれいなところですね。まるで水のみやこです。」

 「そうだろう。」

 なぜか天龍てんりゅう自慢じまんげにそう言った。

 「早く巻姫まきひめを探そう。」

 天乙てんおつが言った。

 「私は天龍てんりゅうを連れて、歩いて探すから、天乙てんおつは空から探して。」

 「分かった。」

 天乙てんおつはそう言うとふっとちゅうきあがり、天高てんたかけ上がって行った。

 「ヒュー。すごいなあいつ。何者なにものなんだ?」

 天龍てんりゅうたずねた。

 「天乙てんおつ安倍晴明あべのせいめい式神しきがみをしていたおになんです。」

 「どおりで。」

 天龍てんりゅう納得なっとくして言った。


 「そういや、何であんたが陰陽師おんみょうじになったのか聞いてなかったな。何でなんだ?」

 興味津々きょうみしんしん様子ようす天龍てんりゅうが尋ね来た。

 「子供の頃から不思議なものが見えて、陰陽師おんみょうじになること以外考えられませんでした。」

 私はそう答えた。

 「そうか。天職てんしょくいたんだ。」

 「はい。」

 「あんた、旦那だんなは?子供こどもは?」

 天龍てんりゅう親戚しんせきのおじさんのようなことを尋ねて来た。

 「いえ、ひとです。仕事が楽しくて、他のことには目もくれずにやって来ました。このままずっと天乙てんおつ陰陽師おんみょうじを続けられたらって思っています。」

 「それ聞いたらあの天乙てんおつって奴は泣いて喜ぶぜ。ああいうくそ真面目まじめはそういうのに弱いんだ。」

 天龍てんりゅうがそう言って笑った。


 「何かおこまりですか?」

 用水路ようすいろ沿って町中まちなかを歩いていると、見知らぬ青年に声をかけられた。

 「え?」

 「さっきからぐるぐる回っていらっしゃるので、道に迷ったのかと思って声をかけさせて頂きました。」

 礼儀正れいぎただしそうな青年はそう言った。

 「ああ、えっと、藤の木を探していて・・・この辺りの用水路ようすいろわきに藤の木がえられているはずなんですが、それを探していて・・・」

 私はしどろもどろ説明した。

 「そうでしたか。私、その場所分かります。ご案内しますね。」

 親切な青年だった。


 「それも藤の木ですね。」

 青年が私の手提てさげから顔を出す天龍てんりゅうを見て言った。

 「ええ、そうです。えを頼まれまして。」

 「そうでしたか。」

 青年とはそれだけ話して、巻姫まきの場所まで案内してもらって別れた。物静ものしずかで礼儀正れいぎただしい青年だった。


 その様子をどこかで光輝こうきが見ているとはこの時の私は知らなかった。


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