第三十章 安倍晴明からの手紙

第三十章 安倍晴明あべのせいめいからの手紙てがみ


 「何で私なんかの式神しきがみになりたいのよ?天乙てんおつ?」

 鎌倉かまくらにある新陰陽道しんおんみょうどう総本山そうほんざん照月院しょうげついんの前で僕は小子しょうこと言い争っていた。

 「諸々もろもろ事情じじょうがあるんだ。言ったでしょ?長い話になるから中ですわって話そうよ。」

 僕が子供の姿をしているから、小子しょうこえらそうにものを言った。僕の方がうんと年上なのに。

 「ここは関係者以外かんけいしゃいがい立ち入り禁止なの。それに結界けっかいってあるから、あやかしは入れないわよ。」

 「こんな結界けっかい足止あしどめできるのは低級ていきゅうあやかしだけだよ。僕くらいなるとないも同然どうぜん。ほら。」

 僕はそう言って照月院しょうげついんの門をくぐって見せた。小子しょうこは僕がいたうと思って、一瞬いっしゅん心配しんぱいそうな顔をしたが、何ともないことを知ると、今度は怒り出した。

 「関係者以外かんけいしゃいがい立ち入り禁止っていったでしょう?」

 「小子しょうこ式神しきがみになるんだから、関係者かんけいしゃでしょう?遠慮えんりょしなくていいから。僕も暫定的ざんていてき主従関係しゅじゅうかんけいのつもりだし。」

 「どういうことよ?」

 小子しょうこが腕をんでたずねた。

 「僕にはまた会いたい人間がいるんだ。その人が現れるまでの期間限定の式神しきがみにしかなれない。大丈夫だいじょうぶ小子しょうことはえんがあるみたいだし、その時が来るまでちゃんと守るよ。」

 僕がそう言うと、小子しょうこんでいた腕をほどいた。

 「そう。まあいいけど。はなれの客間きゃくまいているから、そこで話しましょう。」

 小子しょうこはそう言って、照月院しょうげついんの中へと歩き出した。


 はなれに向かう長い廊下ろうかを歩きながら、僕は小子しょうこたずねた。

 「どういう経緯けいい翡翠邸ひすいてい陰陽師おんみょうじは二つに分かれたの?」

 ずっと気になっていた。翡翠邸ひすいてい陰陽師おんみょうじ分裂ぶんれつする気配けはいはなかった。それがなぜ・・・。清明せいめい創設そうせつし、これまで一枚岩いちまいいわだったはずなのに。

 「新陰陽道しんおんみょうどう開祖かいそ俗名ぞくみょう柿山良太かきやまりょうたといって、翡翠邸ひすいてい陰陽師おんみょうじではなくて、斬鬼楼ざんきろう斬鬼士ざんきしだったの。開祖かいそ叔父おじさんは元陰陽師もとおんみょうじだったそうなんだけどね。」

 小子しょうこが言った。柿山良太かきやまりょうたおぼえのある名前だった。清明せいめい様がノーマンの姿をしていた頃によく稽古場けいこばに来ていた少年の名前だ。輝明てるあきと仲が良かった。

 「翡翠邸ひすいてい高名こうめい陰陽師おんみょうじ次々つぎつぎ不審死ふしんしげる事件があって、気味悪きみわるがった陰陽師おんみょうじたちが大勢おおぜい逃げ出したの。開祖かいそがそれをたばねて新しい陰陽師おんみょうじ組織そしきつくったのが始まり。」

 小子しょうこはそう続けた。

 「不審死ふしんしって?」

 「要職ようしょく陰陽師おんみょうじ浴室よくしつ溺死できししたり、階段かいだんから落ちて亡くなったり。それが続いたものだからのろいかたたりじゃないかってうわさが立った。」

 小子しょうこの話で何となくさっしはついた。全て志賀しが様の仕業しわざだ。やはり志賀しが様は死んでなどいなかった。空蝉うつせみじゅつかえし使って体を乗り換え、その上、捨てた体に相手の魂を閉じ込め、事故死じこしに見せかけて殺していたのだ。鬼にもまさ残忍ざんにんあさましい所業しょぎょうだ。

 清明せいめい様がご存命ぞんめいの時はなりをひそめていたが、亡くなった途端とたんにやりたい放題ほうだいだったと見える。翡翠邸ひすいていらすなんて志賀しがめ。いくらりがあるとは言え許しがたい。


 「ここよ。」

 そう言って立ち止まると、小子しょうこ障子戸しょうじどを開けた。和室に相応ふさわしい足の短い長方形ちょうほうけいのテーブルとうす座布団ざぶとんがあった。小子しょうこは先に中に入ると下座しもざについた。案外あんがい礼儀正れいぎただしい女だと感心かんしんした。僕は上座かみざにつくと、そでに手を入れて四角しかくい箱を取り出した。

 「これは生前せいぜん清明せいめい様から託されたもの。中に手紙が入っている。読むといい。」

 そう言って箱を差し出して来た。小子しょうこが箱を開けてみると、清明せいめい様が言っていた通り、手紙が入っていた。美しい字で浅井小子あさいしょうこ様へとすみで書かれていた。

 「どうみたって新しいじゃない。清明せいめい様って安倍晴明あべのせいめいじゃなかったの?」

 「とりあえず手紙を読んで。複雑ふくざつな話なんだ。」

 僕は読むようにうなした。何が書かれているかは知らないが、きっと大事なことが書かれているはずだ。

 小子しょうこ黙々もくもく一読いちどくすると、驚きをかくせない様子でもう一度読み直した。

 「何て書いてあるの?」

 小子しょうこがさらにもう一周いっしゅう読み直す前にたずねた。

 「んでいいわよ。」

 小子しょうこはそう言って手紙を僕に差し出した。


 『浅井小子あさいしょうこ様へ。

 これを読んでいる頃、私はすでにこの世にはおりません。これは私からあなたへの遺言ゆいごんなのです。しんじがたいでしょうが、私は安倍晴明あべのせいめいです。

 千年以上前に鬼の王である阿修羅王あしゅらおう対決たいけつし、不運ふうんにも阿修羅王あしゅらおうと体が入れ替わり、以来、あやかしとして生きながらえてしまったのです。   

 さいわい、阿修羅王あしゅらおうから人間の体を取り戻せましたが、それまでの間、ずっと助けとなり、支えてくれたのが天乙てんおつです。

 きっとまだあなたの近くにいることでしょう。手紙の内容が気になっているはずですから。天乙てんおつは心優しい鬼です。きっとあなたの力にもなってくれるでしょう。

 私はある重大じゅうだい秘密ひみつ遺業いぎょうを誰かにたくさなければなりません。誰が適任てきにんかと考えた末に浅井小子あさいしょうこ様、あなただと思いいたりました。

 私がたくしたい秘密ひみつは手紙と一緒に納めた木札きふだです。木札きふだには私の血で五芒星ごぼうせいしるしてあります。これは私の死後、唯一、阿修羅王あしゅらおう封印ふういんかぎとなります。

 その昔、私は阿修羅王あしゅらおうの体を四つに引き裂き、つぼ封印ふういんしようとしました。かえちにい、自分が鬼の首に閉じ込められてしまいましたが、阿修羅王あしゅらおうくび以外はを封印ふういんじゅつほどこしたつぼおさめられ、かくされています。けるのは木札きふだとこの私、安倍晴明あべのせいめいのみ。

 きっと浅井あさい様は生きている今、自分で封印ふういんけばいいではないかと思っていることでしょう。私もできることならばそうしたいのですが、てき見張みはられ、身動みうごきが取れないのです。

 かつて私にノーマンというかりの体を与えてくれた恩人おんじんである志賀しが不老不死ふろうふしを手に入れようと、阿修羅王あしゅらおうの体を狙っているのです。

 しかし、阿修羅王あしゅらおうの体は阿修羅王あしゅらおうかえさねばならない。

 阿修羅王あしゅらおうは人間に生まれ変わり、真っ直ぐに育った私の愛弟子まなでし輝明てるあきです。その魂は今、阿修羅王あしゅらおうの首に宿やどっています。あのままの姿にしてはおけない。どうか、阿修羅王あしゅらおうはかを探し、封印ふういんいて下さい。』


 手紙にはそう書かれていた。これが清明せいめい様の御心みこころだったのかと初めて知った。

 気軽な気持ちでひまつぶし程度のつもりで小子しょうこ式神しきがみになると言ったが、そうもいかない。清明せいめい様の遺言ゆいごん実行じっこうしなければ。



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