第四章 雪解けとともに
一、暗転
話は前後するが、11月に新政府の外国官副知事東久世通禧より各国公使宛てに、箱館が榎本らに占領されたため外国船舶の箱館入港を差し控える旨の申し入れがあった。これに対して米・英・独・仏の各公使は共に通商を理由に拒否しているが、アメリカと英仏独の回答書には若干微妙な差異がある。
アメリカ公使の回答書は、まず「箱館が条約により開港された場所であり、また現在その港を保有する軍隊はこれまで同様に東京に関税レシートを送付するために集結しているので、その申し入れは拒否する。そしてそのことは合衆国の局外中立にも直接影響する」としている。ここではっきりと「局外中立(neutrality)」という語を使用している。
これに対してイギリス公使の回答書は「内輪のことにはイギリスは介入しない旨、すでに申し渡した通りである」となっていて、局外中立などという語はどこにもなく、代わりに「介入しない(prevent interference)」という語が使われている。
また、アメリカの公使の回答書では榎本らのことを「港を保有せる軍隊(the forces holding it)」としているのに対し、イギリスでは「徳川脱藩家臣(the exiled kerais of the Tokugawa clan)」と称して、完全に叛徒扱いである。「exiled」は単に脱藩というだけではなく、そこには「追放された」の意があるからである。前述の通り、パークスが榎本を交戦団体とは認めていなかったことが如実に表れている。
さらにはイギリスの公使の回答書の、次に続く部分もまた問題だ。
「兵卒や戦事禁制品の英国船での箱館への搬送を禁止するための措置を講じている」とあるが、中立を宣言しているのだからこれは当然だと見る向きもある。たしかに、その当時はまだ正規の幕府軍を交戦団体と認めた上での局外中立は撤廃されていないのでイギリスもまた中立の立場にあるのだが、パークスの意識では中立という立場からこの文言を入れたのではないと思われる。
パークスは十月の時点での公使会議で、箱館港の封鎖を容認しないという措置は、榎本らに対してのみ行うべき要求だと主張した。つまりパークスは、兵卒や戦事禁制品の英国船での搬送を新政府側に対しても停止するとはひと言も言っていない。
もし中立の立場からの兵卒や武器の陸揚げ停止なら、同じような措置を新政府に対してもとらなければ中立とはいえない。榎本らに対してのみ一方的にこのような措置を取ったのは、パークスが榎本らを交戦団体とは認めておらず、中立というよりも単に内政不干渉の立場から、叛徒への協力を否定したというだけの話だ。だから、この文書でイギリスが中立を回答したということにはならない。
こうして、前にも述べたように12月も下旬に、各国公使は局外中立宣言を撤廃する。そもそもの中立とは、幕府と新政府との間での中立で、すでに江戸城も皇居となり、東京に明治新政府が発足して徳川幕府など跡形もない以上、内戦は終結したと見て局外中立撤廃がなされたのはある意味当然だが、ここまでずれ込んだのは箱館の榎本軍という存在があったからだ。
榎本軍を正規の徳川軍と見なすならば彼らは交戦団体だということになり、まだ幕府は完全に消滅しておらず、内戦も終わっていないことになる。だが、曲折があったにせよ、諸外国は局外中立を撤廃した。この撤廃宣言は、榎本らの軍が交戦団体としては認められないということを雄弁に謳い上げるものだった。
つまり、新政府隊箱館軍の戦いはもはや内戦ではなく、一部の叛徒が政府にたてついている反乱にすぎないと諸外国は見ていた。祝砲あげての共和国独立のバーチャル宣言の裏では、全く正反対のリアルが存在していたのである。
さらに実務的な問題としてこの撤廃が榎本らにとって大きなダメージとなったのは、局外中立がなくなったら甲鉄艦は新政府に引き渡されるということだ。アメリカも諸外国と足並みをそろえるため局外中立は撤廃したが、そうなるともう内戦は終わっているのだから、注文を受けた軍艦は当時の日本の唯一の合法政府であるということになる明治新政府に引き渡される。榎本らは叛徒で、叛徒に最大の武器である軍艦を渡すなどということは今度は内政干渉になってしまう。
その一方で、榎本艦隊の旗艦であり最優秀艦でもある開陽は、神速とともに11月の時点で江差沖で座礁、大破している。開陽なきあとの榎本艦隊は、甲鉄艦の前では赤子同然である。そして雪が溶けたら、新政府軍が箱館を攻撃するであろうことは十分に予測できた。
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