六、空宣言

 だが、別の意味からいうと、受け取った榎本からすれば英仏の軍艦の艦長からの文書である限り、それはイギリス、そしてフランスという国家から出た文書と受け取ってしまうことになる。

 その会談でこの覚書に接した榎本は、「自らが独立などということは全く考えていない。ここに来たのは生活に苦しむ徳川旧家臣の生活が成り立つようにするためである。彼らをここに迎えて開拓に従事させ、産業を興し、皇国のために役立つためである。もともと五稜郭にいた役人たちの誤解で今は戦争になってしまっていることが心苦しい」という意味のことを述べている。この内容はこれまでの榎本の歎願書や檄文と同じ内容を繰り返しており、おそらくこれが本音だろう。

 しかし、この時の榎本の脳裏に、ある閃きがあった。榎本は英仏両艦長のミスを鵜呑みにしてしまったのではなく、この覚書がいかに珍文書かすでに見抜いていた。

 当時一流のエリートで、国際法に明るい榎本が「交戦団体と認めない」と言っておきながら「事実上の政権として承認する」という矛盾に気づかないはずがない。だが彼は、このミスを巧みに利用しようとした。ミスをしたのは英仏艦長側なのだし、あとでもしミスだと公使が言いたてたとしても、すでに文書としてこの覚書は一人歩きし、イギリス。フランスという国家を背負ってしまっている。

 榎本はこの後、英仏から「事実上の政権」と認められたということを公表する。さらには、あたかも独立国として承認されたかの如く内外に宣伝するのである。

 いわば、士気高揚のための戦略上のからくりだ。大鳥圭介も、「朝廷からは賊軍とされたが、外国からは一政府と認められ、謀反人とはみなされなかった」と喜んだ。これは、大鳥が勘違いしていたというよりも、榎本の宣伝の結果だ。

 しかも榎本は両国公使に、「デ・ファクト」に認められたことの礼状まで書いている。

 榎本にとって、「事実上の政権」としての承認は艦長たちのミスであり、それを知った公使たちは今頃は慌てふためいているだろうということは様子が目に浮かぶほどであった。慌てふためこうと、一度出してしまった文書は引っ込められない。そこへもって仰々しく礼状などを書くのだから、これは榎本の皮肉か、あるいは江戸っ子特有の洒落っ気かもしれない。

 パークスたちにとっては艦長らのミスとはいえ、ミスはあくまで自分たちのミス、しかしそれを榎本に手玉に取られたのである。榎本の方が、英仏の公使よりもはるかに役者が上だったのである。

 そして榎本は同礼状に、蝦夷島全島をすでに平定したこと、箱館軍の中で選挙を行って総裁を決定したこと、しかしいずれは徳川家の血筋のものを迎えて全島の大総統にするつもりであるなどということを書いている。

 そうして榎本らは12月に砲台で祝砲百一発を放ち、共和国独立宣言にも見える宣言をやってのけた。だがその実、榎本らは諸外国から、「事実上の政権(デ・ファクト政権)」とさえ認められてはいなかったのである。

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