五、外交戦の転回
先に述べたように榎本らが箱館にたてこもってから、明治元年(1868年)(榎本らは「明治」という年号を用いず、最後まで慶応四年で通し、翌年も降伏する5月まで慶応5年で通した)も年の暮れに列国公使は局外中立宣言を撤回した。だが、そこに至るまでの列国の足並みは、必ずしも一定したものではなかった。
イギリスやフランスは早くから旧幕府と同様に榎本軍を扱うという意図はなかった。つまり、局外中立を続けるという意志はなかったのである。
榎本は箱館を占領して五稜郭に立て籠もった時点で、諸外国に対して官軍と幕府との内戦に当たって諸外国が採った「局外中立」という立場を、自分らと官軍の戦いにも引き続き適用させるように要請する。それは、自分たちを旧幕府の正規軍と同様に、新政府に対する「交戦団体」と認めてほしいという要望に他ならない。
その要請を受けて列国は榎本らを交戦団体と認めることの可否をめぐって11月に公使団会議を開いたが、イギリスの公使パークスは榎本らが交戦団体であることを否定した。つまり、局外中立の必要はないということである。
だが、アメリカの公使ファルケンブルグは甲鉄艦問題を理由に、最後まで中立撤回を拒否した。これはあくまで自国の利益を重視しての措置で、局外中立が撤回されたらアメリカは、甲鉄艦を新政府か榎本かのどちらかに引き渡さねばならないからだ。
そして、どちらに引き渡してもアメリカには不利になると彼は考えた。新政府に引き渡したら戦争が長期化してアメリカの対日通商に影響し、榎本に引き渡したら新政府がすでに掌握している開港場が閉鎖される危険性があるからだ。
この公使団会議では、英パークスと米ファルケンブルグの中立撤廃可否論争は物別れに終わった。パークスに同調したのはフランスの公使ウトレイ、オランダの公使ポルスブルックなどであり、ファルケンブルクに同調したのはプロシアの公使ブラント、イタリアの公使ラ・トゥールらであった。
会議の翌日、パークスとウトレイは箱館へ英仏の軍艦を派遣することを定め、覚書を作成した。
「(一)徳川脱藩家臣は交戦団体権を与えるのに必要な条件を備えていない。従って、箱館港の封鎖は、英仏船に対しては認められない。(二)我われは日本の内戦に少しも関与しない意向を持っているので、我われの国の商船が箱館港で軍隊や軍需品を陸揚げすることを妨げる処置をとる。(中略)(四)箱館に籠もる脱藩家臣とは、我われはヨーロッパ人の安全を守るのに必要な関係だけを持つ」
この覚書は、明らかに榎本軍を交戦団体と承認することを拒否している。(二)においても「関与しない」と言っているだけで、「中立」とは言っていない。
ところが実際に箱館に入港し、榎本らと会談した英仏軍艦の各艦長や領事が榎本に手渡した覚書の内容は、次の通りである。
「(一)交戦団体とは認めない。従って、交戦団体の権利である箱館港の封鎖は許さない。(二)英仏は厳正中立を守り、軍需物資の箱館陸揚げを阻止する。(三)箱館軍は占領行政をしているので、『事実上の政権(Authorities de Fact)』とみなし、在留外国人の生命財産の保護を要求する」
まず(一)に関しては、パークスとウトレイの覚書と変わらない。ところが、(二)の「厳正中立」という語は、あくまで交戦団体に関して使う語なのである。交戦団体とは認めていない以上、ここでの使用は不適切で「不干渉」とすべきなのである。実際に、パークスらの覚書ではそうなっている。(三)はパークスらの覚書の「ヨーロッパ人の安全を守るのに必要な関係だけを持つ」という文言を両艦長が勝手に拡大解釈し、「事実上の政権(デ・ファクト政権)」として承認するという内容にしてしまったと思われる。
しかしそれでは、パークスとウトレイ両公使の意図とは全く逆になる。「交戦団体」と「事実上の政権」とは、法律上厳密には区別があるが、ここではほぼ同義と考えてよい。「交戦団体」と「事実上の政権」についてはあとで述べるが、「交戦団体」と認めない相手を「事実上の政権」と認めるなどということは、どう考えても奇妙な話である。つまりこの覚書の(一)と(二)(三)は完全に矛盾する内容なのだ。
だから、この両艦長の覚書を全くの珍文書とする人もいるし、両艦長のミスだと指摘する人もいる。だが、少なくともこの覚書を根拠に、榎本らが英仏から「事実上の政権(デ・ファクト政権)」と認められたとする主張は全くの誤りである。
榎本へ伝達された両艦長の覚書が両公使の覚書と内容を異にし、両公使の意図に反するものだった以上、それはある意味では外交文書として無効である。つまり、榎本は「事実上の政権」としてでさえ承認されていないのだ。
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