二、鴻之台の緑風(大鳥圭介)

 江戸開城は繰り返すが、4月11日。ところが早くもその翌日の早朝には、同志が集まっている下総・市川に大鳥圭介は姿を現している。

 その同志というのは幕臣では土方歳三、吉沢勇四郎、小菅辰之助、山瀬司馬、天野電四郎、鈴木蕃之助らであり、会津藩からは柿沢勇記、天沢精之進、秋月登之助、松井九郎、工藤衛守、桑名藩からは辰巳勘三郎、杉浦秀人、馬場三九郎などであった。

 さらに兵は大手前大隊およそ700人、第七連隊350人、桑名藩兵200人、土工兵300人、大鳥の率いる兵600人の総計約2000で、砲が2門あった。

 終結した場所は真間山弘法寺の末寺の大林院とも鴻之台総寧寺ともいわれている。大林院は現存せず、JR市川駅至近の消防署がその跡地とされる。総寧寺はもう少し北の現在の江戸川(当時は利根川)沿いにあり、こちらは現存しているが、現在の同寺は何か事情があるのかこの時の幕軍集結については否定している。

 たしかに現代の総寧寺の境内では軍隊終結には手狭なような気がするが、当時は現在の里見公園の大部分が同寺の境内だったというから、2000の軍隊は十分に駐屯できたはずだ。

 現代の「里見公園」という名称が示す通り、ここは南房総館山に本拠を置く里見氏にゆかりの鴻之台城があった場所であり、さらに古くは下総の国府があった場所で、そのため「鴻之台」はもともと「国府台」であり、現代ではこの「国府台」の方が正式な地名表記となっている。市川宿とは至近距離にある。

 さて、先ほど書いたこの地の集結メンバーの中に、幕臣として土方歳三の名がある。言うまでもなく、新選組の副長だった人物である。

 新選組は慶応3(1867)年の大政奉還後の12月に京都から伏見に移り、そのまま年明けの鳥羽伏見の戦いに参戦。敗戦後は軍艦富士山丸で江戸へ移って新たに甲陽鎮撫隊を組織、甲州勝沼で土佐藩兵と薩摩藩兵を主とする官軍を迎え撃ったが無残にも敗北を喫した。

 この時、甲陽鎮撫隊長でかつての新選組局長近藤勇が対峙した相手が、後に自由民権運動で活躍し、自由党を結成する板垣退助であるから意外な接点である。

 この甲陽鎮撫隊は勝海舟によって派遣されたものであるから、この甲州勝沼戦争は後述する江戸開城後の江戸脱走諸隊と官軍との戦いとは趣を異にする。

 だが、なんとか戦を避けたい恭順派の勝が、そんな軍隊を派遣したのだろうか。そもそもこの時期の勝は前に語った通り江戸城内の抗戦派をなんとかなだめようと躍起になっていたちょうどそんな時である。そんなところに新選組がいてはいつ暴発するかもしれない爆弾を抱えているようなものなので、勝は体よく彼らを江戸から追い払ったのだという見方もある。

 その後の新選組は流山に再び屯集して、官軍の進駐した江戸を奪回しようと狙っていたというのがかつての定説であった。

 ところがその後、元名主の土蔵から発見された新史料によって、新選組は流山へ至る前に五兵衛新田、現代の葛飾区綾瀬に半月も滞在していたことが分かった。この辺りは今でこそ民家が立ち並ぶ東京の下町だが、それでも高いところから見ると民家の屋根の波の中に、この辺が農村だった頃の名主の屋敷が門構えと土蔵を擁して点在しているのが現代でもはっきりと分かる。

 新選組は半月の綾瀬での滞在期間に隊士を募集していた形跡があり、そこを経由して流山に移るが、流山滞在はたった二日である。このまま新選組は、会津へと向かうつもりであった。

 新選組隊士は途中から全員が幕臣にとりたてられたが、結成当初は浪士の集団であって、その当時京都守護職を務めていた会津藩主の松平容保の預かりとなっていた。だから、会津とは浅からぬ縁がある。だが、その会津に向かう途中の流山で薩摩藩軍に不意打ちを食らい、局長の近藤勇が捕らえられるという事態になって兵は解散、副長であった土方は江戸を脱走して官軍へ徹底抗戦を目論む大鳥圭介と行動を共にしようと決意した。

 ただ、この後も京都以来の新選組の隊士の中島登、島田魁、相馬主計らが常に土方とともにあって箱館まで行っているので、大鳥との合流は土方の単身参加ではなかったようである。

 この鴻之台に集結したメンバーは、軍議によって北へ征くことになった。まずは、徳川家の祖廟のある日光を目指した。まず全軍を三軍に分け、前軍は土方歳三と会津の秋月登之助の指揮、中・後軍は大鳥自らが率いて鴻之台を後にし、松戸、小金を経て北へ向かった。

 結果として後に同軍は日光、会津を経て仙台で榎本艦隊と合流して箱館まで行くことになるが、詳しくは後述する。

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