第1話[感謝 or 好奇心 = 芽生え]

「――――この後部活見学するやつ。今日は購買開いてないから各自で昼飯食う事。っと、連絡事項は以上だ。高校生活初日からやらかすなよ〜」

 

 今日から担任となった今藤先生が日誌片手に気怠げな態度で教室から出ていく。

 それに、クラスの連中も気怠げ…というより適当に返答をしていた。

 新しい学校。

 新しいクラスメイト。

 新しい制服。

 新しい事だらけの高校生活開始というのに、なんとも締まりがないのは、春の陽気のせいか…元々か…。

 自分は両方だろうな〜。

 のんびりとそんな事を頭に過ぎらせながら花菜はまっさらな教科書を使い古されたリュックに詰め込んだ。

 先程までぺったんこだったリュックが今は荷物ではち切れそう。正直、盛大に破れたら…とかなり不安。

 そんなものを肩に背負えば、案の定、重さに少しよろめいた。

 これは一旦家帰らないとダメそうだ。

 二度手間になる事に溜息が出る。

 

「花菜。浮かない顔してるけど、どうかした?」


 肩を叩かれ、振り返れば、心配そうにする親友の姿があった。

 

「なんもないよ〜。ただ、教科書重いな〜置いて帰ろかな〜って思ってただけ」

「置いて帰っちゃダメ」

「は〜い。多々良ちゃんがそう言うならやめときます」

 

 いつものようにおちゃらけて返事をすれば、心配そうな表情が消え、叱りながらもクスクスと笑顔を見せてくれた。

 その表情に安堵し、リュックを背負い直す。

 

「花菜、部活は?」

「悩んだけど、やめとくよ。私は部活じゃなくバイトに汗水垂らそうと思う!多々良ちゃんは高校でも茶道かな?」

「うん。青葉先輩に誘われたし、続けてみようかなって」

「そっか〜。帰りとか暗いだろうし気をつけなよ〜?多々良ちゃん可愛いからどちゃくそ心配!」

「もう!ちゃんと先輩と帰るから!花菜の方こそ、もっと自分の心配をして!」

「わかってる。ありがとう!」

 

 顔を真っ赤にする多々良はお世辞抜きに可愛い。いつも可愛いのだから困る。帰り道とか特に一人になった時。何度か危うい場面を見ている花菜だからこその心配なのだ。

 まぁ、中学の頃から一緒の青葉先輩もいるみたいだし大丈夫だろう。

 

「多々良!花菜!」

「青葉先輩!」

 

 噂をすれば影とはこの事。

 名前を呼ばれ、声の方に視線を向ければ、青葉がひょっこりとドアから顔を出し、手招きしていた。

 それを見つけるや否や多々良がすぐさま駆け寄るその姿は宛らご主人を見つけた子犬がしっぽブンブン状態で飛び付く感じといえよう。

 そんな多々良と対照的に花菜はゆっくりと青葉の元へと向かう。

 

「こーら、一年。ダッシュ、ダッシュ!」

 

 急かすように手を叩く青葉の表情はいたずらっ子丸出しに笑っている。

 花菜も苦笑を零しながら向かう足を早めて、到着。

 

「いつから茶道部は体育会系になったんです?いや、その前に私は茶道部じゃないですよ〜」

「まあまあ!気にしない気にしな〜い」

 

 なんとまぁ適当な。いいけどさ。

 肩を景気よく叩いてくる青葉に溜息をつきたくなったが、場の空気を悪くしそうで飲み込んだ。

 

「青葉先輩、何か御用ですか?」

「そうそう。茶道の部室が何処だかわからないだろうから、迎えに来たぞ!」

「わざわざすみません!でも、お迎え嬉しいです。ありがとうございます」

「可愛い後輩のためなら何のそのだ!」

 

 笑い合う二人に自分はもういいかな〜とバレぬよう慎重に身体の向きを変え歩き出す。

 

「それじゃぁ、御二方。お先に失礼しま〜す」

 

 背を向けたまま手を振れば、二人揃って「あっ!」と声を上げた。

 まぁ、気にする事なく足も止めずですがね。

  

「花菜!茶道入んないなら、園芸なんてどう?廃部間近で困ってるんだが」


 園芸か…。花は好きだし、少し惹かれるが、申し訳ない。

 

「すみません。バイトが忙しいので、パスしときます。多々良ちゃん、またあした」

「う、うん。また明日…」

 

 足を止め、振り返って、一度頭を下げ…そして、また歩き出す。自分でいうのも何だがインプットされたロボットみたいな動きだな、今の私。

 バイトしてお金を稼ぐ事も大事。だけど、今は、あの"誰か"に会いたい。あの浮世離れした"誰か"さんに。

 お礼を言いたい気持ちと好奇心と…あと初めてでよくわからない感情は一体なんだろう…?

 心の中で首を傾げながらも携帯で求人情報を探し、今度は引き止められぬよう足早にその場を後にした。

 

 ***

 

「あーーーー…フラれてしまったか」

 

 足早に去っていく花菜の背を見送れば、青葉先輩が項垂れながら座り込む。

 表情は俯き見えないけれど、声から相当ショックを受けていることがわかる。

 

「仕方ないですよ。花菜、自分で学費とか払っていますし…」

「……そうだったね」

 

 そう言い、立ち上がる。

 表情はまだ暗く、心配そうで…。

 

「少し前、花菜が夜道で暴漢に襲われたと聞いてね……部活ならと思ったんだけど」

 

 やっぱり先輩も知ってたんだ。

 今から一ヶ月くらい前、バイト帰りの夜道で知らない"何か"に追いかけられたらしく、その際追い付かれて首を絞められたとか…。その時は助けてくれた方がいたから良かったけど、それは本当に運が良かっただけ。こんな幸運は何度も訪れない。

 花菜のおばあちゃんから連絡があった時も、病院に駆け込んだ時も、首に包帯を巻かれた花菜の姿を見た時も、もう生きた心地がしなかった。

 花菜は私の心配ばかりするけど、もっと自分の心配をしてほしい。自分を大切にしてほしい。

 先輩も部活に入ってくれたら、帰り道一緒に帰ったり出来ると考えたのかもしれない。

 でも、断られてしまった。

 

「まだ新しいバイト先が見つかってないみたいですし、今度は夜遅くならないバイトにして!って頼み込んでみます」

 

 意気込みを拳に込め、胸の前で握る。

 そんな私を見る先輩の表情はいつもの笑顔にもどっていた。

 

「そうだね!それにあの子は怖がりだから、また怪談話でもすれば…ヒッヒッヒッ」

「あーおーばーせんぱーい。また花菜が怖がって逃げちゃいますよ?」

「それはダメだね!夜道に纏わる怪談話のみにしよう!」

「そうですね、そうしましょう」

「よっし!そうと決まれば、昼食をとりながら作戦会議といこう」

「はい!」

 

 鼻歌交じりに歩く先輩の隣で、私は思う。

 花菜を助けてくれた方、ありがとうございます。

 そして、花菜を傷付けたやつ、……早く捕まれバーカ。

 未だ捕まっていない最低ヤローに心の中で中指を立ててやった。

 

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