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雨野甘音

序章[必然 or 偶然 = 出会い]

 最低最悪だ。

 

『ねぇねぇ』

 

 勘弁して欲しい。

 

『聞こえてるんでしょ?ねぇ、ねぇ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!!!』

 

 五月蝿い………

 

『あの女ッッ!あの女ッッ!』

 

 鬱陶しい!!!

 

 桜も色付く三月半ば。

 寒さが身に染みる夜道。

 月は今日も暖かく美しいというのに…。

 バイトを終えてルンルン気分で月見しながら帰っていたというのに…。

 最悪だよッ!

 苛立ちに表情を曇らせながら、目線は足元に固定し、足早に進む。

 自分の背後…いや真後ろから金切り声のような怒鳴りが聞こえ続ける。

 走って逃げ出したいのに、どんどん身体も足取りも重くなり、自分の身体じゃないみたいに自由が利かなくなっていく。

 心拍数も呼吸も跳ね上がっているのに、血の気はどんどん失せていく。

 いつもなら相手をしなければ、黙っていれば、目を合わせなければ…勝手に消えるのに。

 今回は違っていた。

 "何が"違っていたかって?初手から可笑しかったかな。

 真後ろにくっついているであろう女性は、帰り道の丁度中間くらいにある古びた街灯の真下でボサボサな髪になーんか高級そうなドレスやら小さなバッグやらを身に付けて……"裸足"で、立っていた。

 春先だからといっても夜はまだまだ冷え込んでいて、時間帯は深夜二時前。

 人間の女性だった場合、大丈夫かな?と少し不審に思うだけだが、"アレ"は違う。

 アレには、影がなかった。

 街灯の真下、スポットライトみたいに光を浴びているにも関わらず、影が出来ていなかった。

 アレは人間じゃない。

 ビビりの直感からヤバいと判断し、関わらない為にも遠回りして帰ろうと違う道へ行こうとした瞬間、

 

『ねぇ?』


 背筋が凍る女性な声が鼓膜から全身に突き刺さった。

 もうそこからは無視を決め込み、足を動かしてコイツが消えるのを待つのみ!で、今に至る。

 家には帰れない。

 家が安全地帯という訳でもないし、じっちゃんとばっちゃんに何かあったら…死んでも後悔する。

 連日バイト続きからくる疲れもあって、今にも倒れそう。今すぐにでもお布団にダイブしたい。

 あ、待てよ……このまま道にダイブしたら、コイツも『コイツやばいやっちゃで!他当たろ〜っと』とか思ってどっか行ってくれるかも?やってみる価値有りだな、ウン。

 場違いな事を頭に過ぎらせていれば、いつの間にか声が止み、身体の重みも寒さもなくなっていた。

 やっと消えてくれた…。

 丁度そこにあった街灯にもたれ掛かり、深々と溜息を吐く。

 息も整い、身体も軽い。

 やっと帰れる。という安心感から、もう大丈夫だろう。と、後ろを振り返ってしまった。

 女性の血走った目と目があった。

 

『ワタしヲたスけて』

「ぁ、ぐっッ!?」

 

 一瞬だった。

 街灯の電球や硝子が割れ、頭上から降り注ぐ中、女性の手が私の首を思い切っり締め上げる。

 暴れれば暴れる程その手の力は強くなっていく。

 余りの激痛と息苦しさに涙が溢れ…視界も意識もボヤけ……本気で死を覚悟した瞬間、鼓膜を破らんばかりの女性の苦痛を帯びた悲鳴がし、一気に空気が肺へと流れ込んできた。

 私はその場に蹲り、何度も何度も咳き込みながら、震える手で自分の首に触れてみる。

 痛みはあれど、女性の手は自分の首になく、少し先の道端に両腕が転がっているではないか。

 何が起こったのか、もう何が何だか訳もわからず、顔を上げれば…"誰か"が私の前に立っていた。

 

「生きてるか?」

 

 低い声、着物に羽織り、右手には日本刀…そして、月のように綺麗な金色の瞳。助けてくれた"誰か"は、どこか浮世離れした男性だった。

 私は返事をする事もお礼を言う事も忘れ、ただただ魅入り、その人から目が離せなくなっていた。

 

『じャマヲスるナッッッ!』

 

 怒り狂った叫び声で我に返る。

 そちらに視線を向ければ、怒りで我を忘れもう人とは思えぬ程に歪んだ顔をし、斬られたであろう両腕の断面からは血ではなく真っ黒な煙が吹き出していた。

 女性がまた私を見るよりも先に男性が、私を隠すように前に出る。

 

「この子にこれ以上関わるのなら、殺すぞ」

 

 心臓が凍りつく程怒りを含んだ声に私まで息が詰まる。

 そして、その言葉を最後に私の意識はプツンと切れた。

 恐怖がキャパオーバーしての気絶だろう。

 次に目を開けた時、生まれて初めて救急車の中にいて、警察のお世話になっていた。

 警察や救急隊員の人達の質問やら治療やらに答えながら、私はずっとあの"誰か"が気になって仕方がなかった。

 

 

 

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