第89話
翌日から、ヘイヴン内戦力の三分の一を、ゼロに移送する仕事を始めた。
ヘイブンにあったナパームで、外に居座る異形生命体を焼き払う。
どうやらヘイヴンが、一帯の異形生命体の策源地で間違いなかったらしい。奴らの数は見る見るうちに減っていき、三週間も待てばヘイヴンが座す盆地には、焦げた死体しか残らなかった。
兵器と地理的優位があればこんなものだ。
もう異形生命体は敵じゃない。問題は領土亡き国家、もしくは敵対的人類だ。
俺たちは奴らに勝てるのだろうか? それ以前の問題として、身を護る事に限定させるとは言え、彼女たちは戦う事に耐えられるのだろうか。
ヘイブン奪還から二カ月近くたっている。夏は終わりを告げて、乾いた風が吹く秋がすぐそこまで来ていた。今は作戦行動をとる事は出来ない。越冬の準備を進める必要がある。
動くのは来年の雪解け以降になるだろう。
*
移送準備が済むと、アジリアやサクラ、プロテアと協力して、ゼロに兵器と非常食、医療品、そして『ハートノッカー』を運び込む。
それから皆を集めて、ゼロをヘイヴン真西の孤島まで動かし、その海岸に自沈させた。
夕陽に照らされた茜色の空の下で、ゼロは隔壁に海水を取り込んで沈んでいく。
水面で踊る泡、青のヴェールに消えゆくドーム。ゼロと共に、俺たちの気持ちも沈んでいく。
俺たちはその様子を並んで見送る。彼女たちのほとんどは、ゼロに故郷に似た感情を抱いている。別れを惜しみ、悲しみ、手の届かない水面下に沈みゆくその姿に、涙を浮かべていた。
「何で……沈めちゃうの……私たちのお家……」
パギがピコのぬいぐるみを抱きながら、泣きはらした目で俺を見つめた。
「予備戦力だ。仮にヘイヴンが壊されても、この戦力があれば再起できる」
俺は正直に答えた。嘘をつく理由はないし、ロータスの事もある。兵器の事であらぬ疑いをかけられたくなかった。
「どうして……? 人類を見つけたんでしょ? 私たち助かったんでしょ? ねぇ?」
マリアが呆然と、ゼロを見つめながら呟いた。
俺は答えに困った。
「友好的とは……限らんからだ」
そうして出たのはグレーな答えだ。これが精一杯だった。
本当は信じろと言いたい。愛を、良心を、そして絆を。だがいざという時、戦うのに戸惑われたら――彼女たちは捕獲され、慰み者にされるだろう。それだけは許せない。もう彼女らは娘みたいなものだ。自分の心で愛し合って欲しい。
「何で……同じ人類デスヨネ。どうして友好的じゃないの……? ナガセの仲間だから? 化け物だから……!?」
「ローズ!」
ローズの責める言葉に、サクラが諌めるよう声を張り上げた。
プロテアがフォローを入れる。
「その……俺らもいろいろあっただろ……だから警戒してんだよ。あんまし責めてやるな」
「悪かったわねぇ……遠回しにアタシを責めるのやめてくれるこのド腐れが」
ロータスが頬を引くつかせながら唸った。
「でも。分からない。どうして。危ない。人類。私たちに。引き合わせる? その意味。あるのか? 私たち。私たちで。上手くやってける」
パンジーが疑問を唱え、プロテアは戸惑いつつも同意するように頷いた。
いつまでもそう言う訳にもいかないからだ。子供が生まれないし、俺がお前らに何をするか。
「でもぉ~たくさんたくさんいたほうがぁ~楽しいですよぉ~。独りでこもってるよりはぁ~お外に出て友達さん探したほうが良くないですかぁ~?」
『お前は黙れ』
ピオニーの少しずれた答えに、彼女たちの数名が声を揃えた。
「はえ~……」
痛々しい沈黙が辺りを包む。そのうちゼロは海にほとんど呑まれてしまった。
「ああっ沈むね沈む……見えなくなっちゃう」
「そうだね……」
デージーとサンが場の雰囲気を和ますためか、そのような感想を漏らす。
だが俺はもっと、別の声に耳を傾けていた。
『ナガセ。この計画は上手くいくと思うか? ユートピアは実現すると思うか?』
アロウズの幻聴だ。奴は裏切る前に、よくよくこの疑問を俺に投げかけていた。
『私は思わんな。人類は協力しているか? アメリカが遺伝子補正プログラムを作り、ジャパンがドータヌキを作り、AEUがポリス管理システムを作り、ECOが総合バイオプラントを作る。それを持ち合わせて、素晴らしい理想郷を作る。それがユートピア計画だ』
アロウズは笑った。心底可笑しそうに。だが目に微かに涙を貯めながら。
救えねェ。彼女は呟く。
『協力していないじゃないか。何一つ協力していないじゃないか。何故お互いの技術を融通しない。何故お互いの人材を交換しない。何故自らの領分を決めてそれに閉じ籠るのか。いや言わんでいい。私は馬鹿ではないから分かっている。自らの権益を、国民を、そしてイデオロギーを守るためだ』
アロウズは大きなため息をつく。
あの安物の煙草の臭いがした。ふかしているのだろう。
『そこにユートピアはない。我々はもう一度、同じことを繰り返すのさ』
「何で……泣いているの……」
パギの狼狽えた声が、俺を現実に引き戻した。
「俺にも……分からんからだ……」
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