第88話



 シェルターの探索から二週間が経過した。

 異形生命体がほとんど餓死したため、住処の確保と内部探索を本格化させる。

 新たな住処にしたのは、保管庫に近い『七階居住区』である。彼女たちの個室を割り振り、食堂と談話室、医務室、娯楽室を新たに作った。

 俺自身は保管庫内の詰め所に陣取る事にした。ここには監督区画に直通のラインがあるし、保管庫の物資を直接監視する事が出来るからだ。保管庫内には作業所を創設し、銃弾のリサイクルや、日用品の修理を行わせた。


 七階以外の階層は掃除もそこそこに封鎖し、出入りを禁じる事にした。

 俺の目の届かない所で反乱を企てられたら困るし、これ以上居住区や物が増えても持て余すだけだ。

 俺はしばらく彼女たちに生活をさせて、不具合が無いか確かめた。彼女たちは意外に早く適応し、ここでの生活に慣れた。表面上はだが、以前の活気を取り戻しつつあった。

 自治能力も身に付いた。コンセントがない、隣人の騒音、シフトの都合など簡単な問題は、彼女たち自身で解決している。逞しくなったものだと感慨深くなるが、裏を返せばそれだけ俺に会いたくないという事だ。


「俺も……いらなくなるな……」

 ロータスの反乱で、自己管理と団結に目覚めたようだ。俺と言うモーターが無くても、彼女たちギアはうまく回るようになった。

 もう少ししたら、未だ外を取り巻く異形生命体を一掃する。次にバイオプラントを再稼働し、家畜を囲おう。そして俺が彼女たちを殺す前に、ここを出ていった方が良いかもしれない。

 とにかく、彼女たちから目を離しても大丈夫そうだ。


 頃合いを見て、俺はずっと我慢していた事に取り掛かった。

 監督区画内で、サブコントロール――アイアンワンドの前に立った。

「アイアンワンド。偵察衛星にアクセス。周辺の地図情報を入手しろ」

『ネガティブ。アクセスコードがありません』

 俺はシェルターで回収した、米中将のカードキィを掲げた。

「今データを送る。それを試してみろ」

 俺はサブコントロール本体に備えられている、スキャナーにカードキィを差し込んだ。


 スキャナのアクセスランプが目まぐるしく明滅し、カードキィの情報を読み取っている。しばらくしてサブコントロールルームの壁面がモニタとなって、そこに英数字が一斉に流れていった。それが途切れると、最終的に短く『ACCESS』の文字が映し出された。

『アクセス承認』

「よくやった」

 これで砂漠でオアシスを探すような探索をしなくて済む。偵察衛星から地図情報を入手できれば、何所に何があるか一発だ。早く彼女たちを、相応しい人々の元に送られる。


『偵察衛星にアクセス――権限内リスト確認。エグリゴリ0から8を確認。内七基が機能不全状態です。稼働状態にある2と8を使用します。カメラの情報を表示します』

 壁面に、青く、丸い地球が映し出された。俺が幾度と見た、赤茶けた大地、緑と黄土色に濁った雲、赤く染まった海などどこにもない。

 初めてみる。

 大地に芽生えた緑、透き通るような白い雲、そしてどこまでも青い海。

 俺の心はまるで、幻の宝玉石を目の当たりにしているように震えた。

 大地の形は、ユートピア計画前とは大きく異なっている。地磁気を狂わせて、一度マグマに沈めたのだ。流石に全てが一緒という訳にはいかないか。


「この周辺を拡大」

 カメラの映像が、地球にズームされていく。そして一つの大きな島に迫っていった。

 ここが俺たちの居る大陸――いや、島か。イギリスに似た縦長の形をしており、背骨の様に真っ直ぐ山脈が上下を貫いていた。彼女たちのドームポリス――ゼロがあったのはどうやら最南端らしい。そこから北上して、このアメリカドームポリスに到達したのだ。


 島には他にも、目立つ人工物があった。

 中規模のドームポリスが一つ。半壊したドームポリスが一つ。そして巨大な機動要塞が一つ。

 狂喜した。

 一人じゃない。我々は一人じゃないのだ!


「見ろ! ドームポリスだ! おいおい! 機動要塞もあるぞ! 日本の嵐型要塞だ! ははっ! 人類だ! 人類がいるぞ!」

 子供のように腕を振り回し、表情には現れない感情を爆発させた。

『サー。おめでとうございます。そしてありがとうございます。これでマムたちは救われます』

 アイアンワンドが、しみじみとした口調で俺を称賛してくれる。たった一年の出来事だが、ここまで来るのは長かった。困難な道のりだった。でももう大丈夫だ。俺たちの前途は明るい!

 俺は満面の笑みを浮かべて、壁面モニタを振り返る。


 モニタが、真っ赤に染まっている。

 何故だ?

 アラート信号だ。


『!? アラート! エグリゴリに、レーダーが照射されています。パターン照合。AEU(アフリカ・ヨーロッパ連合)のサテライトキラーです』

 アイアンワンドが素早く情報を読み上げる。俺の笑みはすぐに消え、野獣が心を支配した。

「報復措置! それと多機能衛星を自爆させろ! 今すぐだ!」



「あー……気まずいなァ~もぉ~」

 アタシはヘイヴンの中腹にある、張り出したテラスで仰向けに寝っ転がっていた。

 ここはアタシが良政を敷いていた時、よくよく銃をぶっ放していた場所だ。

 そん時は鉄張りの硬い床に、空薬莢が散乱していたものだ。だけど今じゃ綺麗に掃除されて、土が敷かれている。どうやらナガセはここに動物を飼うつもりでいるらしい。広さは十分だと思うけど、一応空だよここ。

 いくら外が危ないからって、こんなところでねぇ~。ブッ飛んだこと考えるわねぇ~。


 土の上を転がると、突き抜けるような青い空と、さんさんと照り付ける太陽を見上げる。

 命は助かったけどねぇ。助けてくれたンだけどねぇ。あの糞共アタシのこと目の敵にしてくるんだもん。睨むわ、騒ぐわ、避けるわ、こっちもヤな気分になるッつーの。テメェらみたいなま~ん(笑)アタシからお断りだッつーの。


 はぁ~……アタシこれからどうやって生きようかな。


「ロータス。ここにいたんだ」

 そんな事を考えていると、リリィの声がした。アタシは顔を動かして、テラスの入り口を見やる。するとあのクソちびが、トレイを手に駆け寄って来るところだった。

「いちゃ悪いかよこのボケ」

 何で来るんだよ。せっかく一人でまったりしていたのに。アンタが来ると他の奴が来るかもしれないじゃない。そしたらまったりできないじゃないのよ。

 とげとげしいアタシの態度に、リリィはムッとする。それでも止まらずに、アタシの隣に腰を下ろしてトレイを差し出してきた。そこには砕いたビスケットを、果物で練ったお菓子が載っていた。


「ボケっていうな。ピオニーがお菓子作ったの。食べるでしょ」

 隣に座ってんじゃねーよクソ奴隷。どっか行けよ。アタシが迷惑してんのが分かんねぇのか? あ~殴りてぇなコイツ。お~っとヤバいヤバい。ンな事したらまたナガセに……しょうがねぇなァめんどくせぇ。


 アタシは愛想笑いを浮かべると、トレイのお菓子をひったくって口の中に押し込んだ。

「う~ん! でりしゃぁす! ありがとね~。さぁ食べたわよ~殴られる前にとっとと消えな~おちびちゃん」

「もっと味わって食べなよ」

 リリィは再びムッとすると、もう一つのお菓子を口に運んで、ちびちびと食べ始めた。

 どうあってもここに居座るつもりのようだ。

 正直アタシからしたら、物凄く屈辱的なんだけどぉ。なぁに『私は気にしてないよ~。だからロータスと遊んであげてね~』みたいな態度とってんのよ。もう一回殺すぞ。


 アタシが不機嫌そうなのを見て、リリィはきょろきょろと辺りを見渡した。話しのネタでも探してんのか? 下らねぇ。

「空が綺麗だね」

 それで話題がそれかよ。当たり前な事言ってんじゃねぇ。アタシがケツの穴に手ェ突っ込んで、もっと面白い悲鳴あげさせてやろうか?

 ったくねぇ……アタシのことなんかほっときゃあいいのよ……いい迷惑なんだから。


 アタシは「へっ」っと吐き捨てるように、惨めに笑った。こんなクソ奴隷に気を使われているなんて。

 でも分かってるわん。助けられているって。惨めでも、救われてはいるんだろうな。アンタはいい奴だよ……畜生め。

「ン? ああ。そうな……」

 アタシが柔らかい返事をしかけたところで、あるものに目を奪われた。


 この昼間の空を、大量の流れ星が駆け抜けているのだ。たくさん。たくさん。たくさん。まるで雨みたいだ。

 流れ星は連なって光の帯となり、青の天蓋にきらめいていた。

 思わずクソ奴隷の肩を叩いて、空を指す。

「ねぇリリィ……あれって珍しいんじゃないの~」


 リリィは最初、訳が分からないように空を睨んでいた。だが流れ星のきらめきに気が付くと、はしゃいで両手を振り回した。

「あっ! すごぉい! 流れ星があんなにいっぱぁい! きれい!」

 リリィはしばらく見とれていたが、いきなり地面をけって立ち上がる。そしてテラスの出入り口に走っていった。

「私、他の皆呼んで来るよ!」

 やっぱ奴隷だな。奴隷だから忙しい訳よ。さてと。あいつらが来るって分かった以上、ここにいる理由はないわねぇ。まぁた暗くてジメジメした天井裏に逃げるとするか。あのチ○ポ野郎。七階以外封鎖しやがって、逃げ場がないじゃない。


 テラスを出る前に、もう一度空を見上げた。そんなに時間はたってないけど、流れ星はその輝きを失いつつある。この調子じゃあ、あのクソ奴隷間に合いそうにねぇな。

「写真。撮っといてやるかぁ……」

 ライフスキンの胸元をまくり上げ、付属しているカメラを空に向けた。

 どじゃ~ん! オッパイカメラぁ! 仰角180度。発射準備オッケェ!

 アホやってる場合じゃねぇ。さっさと撮らねぇと。


 カメラを起動すると、めくった布に映像が表示される。流れ星が上手く収まるように、位置の調整をする。

 ああ~。コレ写真じゃなくてビデオにとった方が良いな。シャッターチャンス狙うより、ムービーの一時停止使った方が賢いわ。動画モードに変更。

 布の映像が一度途切れる。そして再び映った時、カメラは真っ赤に燃える、火の玉を捉えていた。


「おっ……おっ! おっ!? おおっ!!? 何これぇ!??」

 自分でも面白い悲鳴を上げながら、その場から後退る。火の弾は物凄く速くて、空から地上に落ちているみたい。一瞬でカメラの外に出てしまい、行方が知れなくなった。

 同時にヘイヴン真北の草原が、まるで自律誘導爆弾を起爆したかのように炸裂した。

 どういう事!? え? ほ!? 星? ☆なの? 星が落ちてきたの!?

 爆発現場を見るために、慌ててテラスの欄干に飛びついた。

 草原には人攻機がすっぽり入るほどの、大きな穴が空いている。そして巻き上げられた土砂が、雨のように降り注いだ。


「うわぉ……」



『エグリゴリ。全機撃墜されました』

「報復攻撃はどうなった……」

『戦果を確認する前に、エグリゴリが撃破されたため正確な数は不明ですわ。ですが二基は確実に撃墜しました』

 アイアンワンドの報告に、俺は唇を噛んだ。


 衛星のあるなしでは、作戦行動の速度と精密さに、天と地ほどの差が出る。もし向こうが衛星を有していれば、一方的に嬲られて終わる。向こうの衛星も全て破壊できていればいいが。

「これはもう……交戦状態に突入したと考えた方がいいな……」

 軍人の性で、即座に報復措置をとったが後悔はしていない。

 衛星を起動しただけで、何の布告もなしに攻撃してくるサイコ野郎だ。相手は友好的な人類ではないだろう。


 一応平和的解決は試みる。だが我々はこの勢力と、危険な接触をしなければならない。

「aceLOLAN(eLORANの発展形。本作オリジナル)はどうなった?」

 aceLOLANとは、小型の無線機群で構築される、測位ネットワークの事である。無線機群の中から二つの無線機から送られる信号を受信し、その時間差から自らの位置を把握するのだ。更にこれは通信に電波を使用しているため、レーダー網として運用する事が出来るのだ。


 このaceLOLANは大戦中期に開発され、汚染雲でGPSが使用不能になった際投入されていた。今回俺は衛星を自爆させ、搭載されていた無線機群を一帯にばら撒いたのだ。

 気の利くアイアンワンドの事だ。きっとヘイヴンと北の未探索地帯の間に、aceLOLANを散布してくれたことだろう。だがこいつは長期戦を想定していない。無線機群の寿命は持って500日。それまでに決着をつける必要がある。


『aceLOLAN。現在地表に降下中です。起動可能になるまで、あと数十分必要です』

 結構。これで奇襲を受ける確率はがくんと減る。

 だが……だが……だが……!

「何故だ! 何故攻撃されたんだ! 同じ人類だろ! ここはユートピアだろ! どうして攻撃する! 一体何が起こっているんだ!?」

『サー……』

 喚いていても、彼女たちは救われない。敵の戦力は不明。ひとまずこちらのカードを確かめるか。


「これから保管庫の大量破壊兵器を確認する。たしかICBM(大陸間弾道ミサイル。弧を描くように飛翔するミサイル)が二本だけあったな? 実戦配備状態に移しておけ。弾頭の受け入れ準備を整えろ!」

『サー。イエッサー』

 俺は監督区画を後にして、七階の保管庫に足を向けた。そこでは彼女たちが騒然として、廊下を走り回っている。表情は嬉々としていて、珍しいものに浮かれた様子だ。

 衛星が撃ち落とされたからな。大方流れ星にでも騒いでいるのだろう。


 彼女たちの間をすり抜けて、大股で保管庫を目指した。

 くいっと、誰かが俺の袖を引いた。

 無視して振り払い、先を急ぐ。

 すると声が追いかけてきた。


「なが……ながせ……珍しい流れ星がみえるって……一緒に見ようよ……」

 アカシアか。気を使ってくれるのはうれしい。そして越冬前と違い、お前らは素晴らしく成長した。頼れる味方だ。

 だがお前らは、やっと戦いが終わり、平穏を取り戻したところなんだ。やっと戦いから解放されたんだ。

 連戦、しかも相手は人類。心が壊れるかも知れない。それだけはしたくない。


 保管庫の前に到着する。俺は鉄扉に手を当てて、アカシアの対処に頭を悩ませた。

 彼女はその苦悩が、俺の暴力にあると思ったらしい。柔らかく笑って、手を差し出してきた。

「僕……何も思ってないよ……べしって叩いたの……なんともないよ……だからまた仲良くしようよ……」


 俺は差し出された手をじっと見つめる。だがその手に自分の物を重ねようとは、とても思えなかった。

「後で行くよ」

 アカシアから顔を離すと保管庫に入り、素早くドアを閉めた。

「後って……いつだよぅ……」

 アカシアの泣きそうな声が、ぎりぎり俺の耳に届いた。


 大量破壊兵器は、保管庫の床下に安置されている。

 俺は保管庫中央の床にあるハッチを開けて、中を覗き込んだ。ダクト状の通路が垂直に伸び、梯子が設置してある。

 ダクトを降りて、シェルター並みの防護を誇る床下倉庫に辿り着く。そして米中将のカードキィを使って扉を開けた。


 床下倉庫は四角い間取りをしていた。中央には保管庫へと大量破壊兵器を移すリフトがあり、それを取り囲むよう壁際にウェポンラックが並んでいた。貸金庫のような造りのそれは、武器のコンテナをはめ込み、鍵で固定する仕組みだった。

 最高の物量を誇るアメリカドームポリスだが、流石に大量破壊兵器の備蓄は少なかった。ウェポンラックは抜けたコンテナが目立ち、歯抜け状態になっていた。


 俺は近場の一つに屈みこみ、何が保管してあるか確かめた。

「クソ……ったれめが……」

 スタンプされているのは、方位磁石のハザードシンボル。

 核じゃない。下手したら核より危険なものだ。鳥肌が全身を覆う。

「磁力兵器……ポールシフト爆弾……『ハートノッカー』……」


 ユートピア計画に使われた、ポールシフト爆弾の極地用である。地磁気を乱し、マントルに歪んだ運動をさせて、地殻に大打撃を与える。

 危険だ。こんなもの使ったら、局地的な大地震が起きる。その結果何が起こるかなんて見当もつかない。下手したら人類は完全に滅ぶ。


「こんなもん使えるか! 使ってたまるか! アイアンワンド! ICBMの準備を中止! ここを壊滅させた勢力と、衛星を破壊した勢力の関連を探る! シェルターの死体の解析結果を読み上げろ!」

『シェルターの死体の解析結果を申し上げます。死因並びに凶器、そして犯行内容に不審点はありません。分かったことを申し上げますと、地位的に低いものたちが、高い者たちを襲撃し、撲殺した模様です。そしてあの妄執的な犯行現場を作り上げたと考えられます』

 作戦行動中考えていたことは忘れていない。

 このアメリカドームポリスは内部から、異形生命体の攻撃を受けて滅ぼされた。なら奴らの首魁である領土亡き国家の痕跡が、どこかに残っているはずだ。


「DNA鑑定は!? ここまでの惨事を引き起こせたのだ! シェルターには領土亡き国家の工作員がいる可能性が高い! 異形生命体とシェルターの死体の、DNA比較結果はどうなっている!?」

『DNA鑑定の結果を報告いたします。シェルターの死体は全て、人類と断定できました。そして異形生命体ですが、こちらは人類とは異なる生物であることが判明いたしました。人類の遺伝子との類似率を比較しましたところ、82.9パーセントという結果が算出されました。これは明らかな異常値です』

「と言うと……? その事については知識が乏しい。砕いて話してくれ」


『サー。イエッサー。地球の生命は、同じ一つの起源を持っています。故に遺伝子の類似率が、97パーセントを下回ることは『まずあり得ません』。人間の持つ遺伝子の99パーセントを、ネズミは持っています。そしてあのハエですら、人間との遺伝子の類似率は、98パーセントなのです。故に異形生命体の類似率、82.9パーセントは異常値であり、異形生命体は人間と同じ起源を持ってはいますが、何らかの要因でかなり世代を隔てた生命だと考える事が出来ます』


 俺たちと同じ起源をもつ、世代を経た存在だと?

 真っ先に思い浮かぶのは、一万年前のターニングポイントだ。

 我々連合軍は宇宙で眠りにつき、領土亡き国家はマグマの海に取り残された。だが奴らはしぶとく、汚染世界を生き残ったのだ。奴らは生き延びる中、歪な進化を遂げた。そしてこのユートピアを蹂躙しているに違いない。


 そしてこのアメリカドームポリスでの虐殺。これはイカレゲノムにできる芸当ではない。知能を持ち、人に紛れ込めるものでなければ無理だ。

 そう。一部の奴らが、遺伝子補正プログラムで人の姿を取り戻したのだ。

「俺は……俺は……間抜け野郎だ……」

 自らの手ぬるさに、ぎりっと歯を食いしばる。俺があの時弱かったから、遺伝子補正プログラムが敵の手に渡ってしまったのだ。


 だとしたら俺が未来に飛ばされた理由は、俺の仕事の不始末を付けるためだ。

 領土亡き国家と決着をつけ、ここを真のユートピアにするためだ。

 もし神がいるのだとしたら、俺にやり直すチャンスを下さったのだろう。


 贖罪をするために。


「今はとにかく情報がない」

 領土亡き国家が生きている事は分かった。だが衛星を破壊した勢力が、何か不明だ。AEUの生存者が、俺たちを領土亡き国家だと思っているか。それとも領土亡き国家が、AEUドームポリスを制圧したか。慎重に偵察をする必要がある。


 最後に残った情報源は、中将殿のチョーカーだ。

「チョーカーの記録はどうなっていた? 中将殿は今わの際に何と仰っていた? 自分を殺したものの怨嗟が一つはあっただろう?」

『ネガティブ。サンダース閣下は、加害者と口を合わせ、同じつぶやきを延々と続けておりました。閣下は死ぬまでそれを続け、死後加害者のつぶやきが延々と続いております』


「は? まさかそれは」

『ポジティブ。『赦したまえ』――です』

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