第90話



 環境再生後の世界に、楕円形をした島が存在する。

 面積は旧イギリスと同程度。上下を背骨のように山脈が通っている。

 島の東側はなだらかで、草原と海岸線が延々と続いている。

 西側は山脈のせいで、切り立った崖と鬱蒼と生い茂る森が目立った。山脈は東の裾野へと、峰を葉脈のように伸ばして、島を小さく区切っているのだった。

 人類文明の象徴であるヘイヴンがそびえ立つのは、島の南にある大きな盆地だった。


 季節は秋――でいいのだと思う。森は真っ赤に燃え、肌寒い風が吹くようになってきた。

 俺は新しい自室で、今後の対策を練っていた。

 この部屋は前よりも広く、左右に隣室へ続くドアがある。それぞれ資料室と寝室に模様替えし、中央のこの部屋で事務仕事を行っている。部屋の真ん中にどんと事務机を構えて、壁に張り付けた島の拡大写真と絶賛睨めっこの最中だ。


「う~ん……ここヘイヴンの北に、巨大な構造物が四つ。近い方からAEUのドームポリス、そして二つ目のアメリカ機動要塞、日本のドームポリス、最北端にミクロネシア連合の機動要塞か……」

 衛星写真にくっきりと映る巨大構造物には、虫ピンが刺してある。ピンは山脈の麓近くに、ほぼ縦に並んでいる。恐らくこの島が出来る時に、大地の隆起に引っ張られて、整列したのだろう。ECOのドームポリスが見当たらない事から、ここは西側諸国が環境再生後に割り当てられた土地だという事が判明した。


 問題は我々を攻撃したと思しき、AEUドームポリスの存在である。意外と近く、ヘイヴンの200キロ北にある。こう近いと、ちょっとした動きでも感づかれるから動きにくい。

 何か打開策はないかと、眼を皿のようにして写真に魅入る。

 やがて俺は、あることに気付いた。

「ン? このミクロネシアの機動要塞、俺がプログラムを届けるはずだった天嵐のようだな」

 世界でも独特な構造だから見間違えっこない。中央を通う芯をブドウの実のように居住ブロックを接続するタイプだ。


 これは僥倖だ。AEUドームポリスを大きく迂回して天嵐に助けを求めれば、彼女らを保護してもらえる。

 だが如何せん遠いのがなァ……。

 天嵐は最北端。ここはやや南端。直線距離で約千キロはある。オストリッチでは何日もかかるし、カットラスでは燃料が持たない。どこかに前進基地をつくらないと難しいな。いいロケーションを見つけに、偵察に行かないと駄目だ。

「まぁこっちにはaceLOLANがある。連中に動きがあればすぐにわかる。今度レーダー網の補強を兼ねて、前線基地の偵察に出るか」


 ドアがノックされた。この殴る様なノックの仕方はアジリアだ。短く「入れ」とだけ答える。

 ドアがスライドし、ぞろぞろと多くの人間が入ってくる。一人を予想していた俺は、面食らって振り返った。アジリアとサクラ、プロテアを先頭に、ロータスを除く全員が揃っている。


「どうした? 全員そろって」

 聞くと彼女らは、ばつが悪そうに視線を伏せる。だからアジリアが全員に代わり、声を上げた。

「ロータスの件だ。あんな事があった後だ。奴の行動は、もっと制限すべきだと考えている」

 何を言うかと思えば。殺すのを止めてくれたのはお前らだ。

「今のままでは駄目なのか?」

 俺の言葉に、プロテアが渋い顔をした。

「今のままだとよぉ、『今まで』と変わんねぇだろ。あんな事しておいてよぉ、今までと一緒は許されねぇだろ。お前いつも言ってるだろ。ペナルティが必要だってよ」


「というとなんだ? 薬で狂ったところを、ビーンバックで撃って、そのままボックスに閉じ込める――と言うのは、ペナルティとして軽すぎると?」

 彼女たちは黙り込んだが、すぐにサクラが異論を唱えた。

「プロテアの言い方には語弊がありました。私たちはこれ以上のペナルティを求めているのではありません。私たちが安心して生活できる、保障が欲しいのです。二度とあのような事が起こせないと言う、保証が欲しいのです。それに彼女は反省していません。またパギを虐めていますし、リリィを口汚く罵っています」

 それで急に品行方正になっても、こいつらは猜疑心から文句を言うだろうがな。

 文句があるという事は、心にわだかまりがあるという事だ。それは俺が骨を折ったところでどうにもならん。


 深い溜息を吐くと、腰に手を当てて姿勢を崩した。

「許したんじゃないのか? だから俺から助けたんじゃないのか?」

 その瞬間、彼女らの表情は一斉に硬くなり、否定の様相を形作った。

「俺はあいつを助けたつもりはねぇ。『お前』に殺して欲しくなかっただけだ。あんなのお前じゃねぇ。そしてあんな奴のせいで、自分を失って欲しくねぇ」

 とプロテア、

「私も許してないよ。私のせいで死なれるのが嫌だっただけだから。私マシラやジンチクのような、人殺しだけにはなりたくないもん。だから仕返しは別の形でするよ」

 リリィもその後に続ける。


 ただ一人ピオニーが、あんぐりと口を開けて彼女たちを見回していた。

「皆さんそうだったんですか……わたしてっきり仲直りパーティをひらくんだぁって……ご……ご飯さんの下準備すんじゃったのに……」

 しばらく白けた沈黙が、場を支配した。

 お前は相変わらずだな。クスリと笑うと、彼女らに背を向けて再び地図に向き直った。

「許してやれ」


「それは出来ない。ナガセは殺す以外。方法あるの。知っているはず。私たちは。それ。期待していた」

 パンジーが言う。まぁ普通はそうだろう。さんざん恐怖と暴力で支配されたのだからな。しかしいつまでもロータスを孤立させるわけにもいかない。むしろ事が終わった今こそ、互いを理解し合ういい機会だ。

「ならチャンスをやれ。そうさな……これが出来たら、許してもやってもいいって仕事をやるんだ。自分の納得のいく仕事をな。許せないなら別にいい。だがチャンスをやって、納得したなら全てを過去にしてやれよ」

 彼女たちが一斉にどよめく。俺の背後では恐らく、お互いの顔を窺ってどうすべきか相談しているのだろう。


「あの……その……それは命令……かな?」

 アカシアが囁くように言う。

「各自の自由だ。仕事をやるもよし。無視するもよし。俺が提示できる解決策は以上だ――ああ、それと数日したら、俺はしばらく出かけてくる。心配はいらん。また偵察に行くだけだ」

「馬鹿じゃないの……心配ない訳ないじゃない」

 誰かが小声でぼそりと呟いた。


 苦笑いを浮かべて彼女らを振り返る。すると先頭に立つ三人とピオニー以外が、素知らぬ顔で明後日を向いた。

 全く。悪口ぐらい、面と向かって言え。

 俺は自惚れ屋ではないので分かっている。俺が心配なのではない。また危険な所に連れていかれないか心配なのだ。

「そう案ずるな。万一の事が無い限り、今年いっぱいは行動を起こさん。春が来るまではここを離れん」

 わぁっ! っと彼女たちが歓声を上げる。そして互いに抱き合い、髪を振り回して喜びを表現した。


 喜んでいるようで良かった。ヘイヴンの奪還で酷い苦労をさせたからな。

 俺が来るまでは異形生命体に脅かされ、俺が来てからは俺にこき使われ、この素晴らしいユートピアを堪能する暇なんてなかったはずだ。ゆっくりと自然とふれあって欲しい。


 しかしサクラ、プロテア、アカシアの三人は、真剣な表情のままだった。

「私はお供します」

「俺も行くぞ」

「あ……あの……私も行くよぉ」

 手伝うつもりらしい。気にかけてくれるのは嬉しいが、偵察衛星をぶっとばした奴と鉢会わせるかもしれんのだ。連れて行くわけにはいかない。俺は返事の代わりに、用意した三つの作業用デバイスを取り出した。


「お前らには別に仕事がある。家畜を捕まえて、バイオプラントを再起動し、そして新しい食事のメニューを考える仕事がな」

 俺は三つのデバイスを、それぞれアジリア、サクラ、プロテアに手渡した。

「これからドームポリス内の監督はサクラに、ドームポリス外の監督はアジリアに一任する。プロテアはサクラ、アジリアと、メンバーの橋渡し役を頼む。アジリアとサクラが無茶を言ったらキレていいからな。俺がいなくても十分やっていけるだろう」


 デバイスにはそれぞれの仕事内容にあった、プログラムと権限が付与してある。あとは使う者次第という事だ。

 俺が帰る頃に、ここはどう変化しているかが楽しみだ。

 三人は俺の意図を計りかねてか、じっとデバイスに視線を落としている。その周囲を彼女たちが取り囲み、自らの顔を反射するモニタを、じっと覗き込んでいた。


 用事は済んだはずだ。

「解散だぞ。悪いが今は一人にしてくれ」

 追い払う仕草をすると、彼女らはどこか釈然としない表情をしながらも、ぞろぞろと部屋を出ていった。

 ドアが閉じられ、足音が遠ざかっていく。俺はその時を見計らって、隣室へ続くドアに声をかけた。

「という事だ。あとはお前の仕事だ」

 ぎぃと軋んだ音を立てて、資料室からロータスが姿を現した。何のことはない。皆といるのが苦痛でイライラするらしいので、ここで資料の整理をやらせていただけだ。

 おかしなことに一方的に痛めつけた彼女らより、あれだけの暴力を振るった俺の方がマシらしい。いや。だからこそかもな。俺の報復は済んだが、彼女らの報復はまだだ。それに怯えているのかもしれない。


 ロータスは紙の束を抱えつつ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。そして無理に、声色だけを明るくした。

「うわぉ。二人で偵察タノシーナ~。あんなこっとー、こんなこっとー、あーるかーもね~」

 ついてくるつもりらしいが、足手まといはいらんぞ。

「俺一人で行く」

 ロータスは抱えた資料を床に叩き付けた。

「はぁぁぁあああ!? ムリムリムリ。出来ない出来ない無理だよそれは。お前がいない間にリンチにされたらどうするんだよぉ、ヤバいだろぉ!」


 頭が回るな。反乱を起こす前に、その事に思い至っていればよかったのに。皮肉をぐっと飲みこむと、子供に言い聞かせるように優しい口調で言った。

「後はお前次第だ。お膳立てはしてやったんだから、彼女らと話してみろ」

 ロータスは唇をもごもごと動かしつつ、考えるように視線を上向かせる。どうやら頭の中で、上手くいくかシミュレートしているらしい。やがて交渉は決裂したようだ。彼女の顔は真っ青になった。


「じ……じゃあ銃使えるようにしてよ! おね……お願いします! 銃を使えるようにしてください! なんでもするからさぁ!」

「そう畏まらんでいい。敬語なんか使うな。どうせ駄目だと言うだけだしな」

 ロータスが歯を食いしばり、鋭い目つきで俺を睨み付けてくる。そこには隠そうともしない殺意がみなぎっていた。

 ホラすぐそれだ。だから嫌なんだよ。

「アンタ碌な死に方しねぇぞ」

「分かり切った事を言うな」


 ロータスは犬のような唸り声を上げて、叩き付けた資料を拾い出した。

 ロータスの過去に何があったかは分からん。ただ傭兵を生業としていたと推測している。

 傭兵と言うのは辛い仕事だ。現金崇拝、生存主義、そして自己完結的存在意義を余儀なくされる。つまり金で動き、どんなことをしても生き延びる事を目的とし、その結果自分しか頼れるものはいなくなる――という事だ。

 俺は彼女らが、ロータスを殺すまではしないと考えている。今までの付き合いで、そう信じる事が出来る。

 だがロータスは違う。彼女らとの付き合いは限りなく浅く、信じることも頼れらることもなかったのだ。この溝を埋める事が出来なければ、問題は解決しない。


「殺されると思っているのか? 彼女らに」

 愚問を投げかける。

「アタシが負けるもんか!」

 ロータスはいきなり怒り狂い、唾を飛ばして吠え猛った。

 ナメられてたまるかと言いたげだ。傭兵としての生き方は、彼女に深く根を下ろしているらしい。

 俺は頭を掻くと、ロータスに代わって資料を拾い始めた。


「その答え、既に間違っている。勝つ必要なんざどこにもないんだ。自分に負けなければな」

「何訳の分からん事言ってんだ糞バカヤロー。お願いだよぉ……銃を使えるようにしてよぉ」

 ロータスが両手を合わせて懇願してくる。

 俺は首を左右に振ると、出口を指さした。

「後始末は俺がしておく。今日はご苦労だった」

 ロータスはまだ何か言いたげだった。だが俺がじろりと睨むと、消沈して黙り込んだ。そして地団太を何回か踏んだ後、部屋を飛び出していった。



 数日後、俺は倉庫で出撃前の確認をしていた。

 ライフスキンにタクティカルベルトを締め、替えの弾倉と手榴弾を吊るす。その上にマントを羽織り、枯草で簡単に迷彩を施した。

 移動に使うのはオストリッチだ。アメリカ陸軍特製の鞍を取り付け、予備のバッテリー、爆薬、そして食料を詰め込んだ。念のため二機、予備のオストリッチを引き連れていく。

 武装は6.5ミリのアサルトライフルと、爆発物、サブアームのモーゼルだけだ。機関銃は迷ったが、移動距離を伸ばすためにやめておいた。


 今回の偵察の目的は大きく二つ。レーダー網の補強と、AEUドームポリスを迂回し天嵐に向かうための前進基地のロケーション探しである。

 レーダー網の補強は簡単だ。ばら撒かれた受送信機の内、幾つかを見繕って親機にする。そして通信に使う暗号を一定期間ごとに変更するように設定するだけだ。後は敵に乗っ取られたり、見つかりにくくするような細工を施すだけだ。

 一応牽制の為に、親機が無力化された場合は付近にミサイルを撃ち込むようにしておこう。弾頭のないガワだけのミサイルだ。しかし手を出すなと言う明確な威嚇にはなる。

 ロケーションについては、これはもう海岸をしらみつぶしにしつつ、神に祈るしかないだろうな。


 出立の朝、俺を見送りに来た人は少なかった。

 アジリア、サクラ、プロテア、アカシア、ローズ、そしてロータスだ。

 サクラとアカシアは純粋に心配し、アジリアとローズは警戒と監視の色が強い(ローズは僅かだが気遣う素振りがあった)。プロテアは心配するべきか、隠し事を疑うべきかで複雑な表情をしている。ロータスは不貞腐れていた。


 俺はオストリッチの手綱を引いて、倉庫シャッターの通用口まで進んだ。

 プロテアが引き留めるように呟いた。

「人攻機使えよ。前みたいに駄目にしていいんだぜ。腐るほどあるんだからよ」

「デカくて目立つし、探索しにくい。だからオストリッチでいいんだ」

 続けてローズが前に出る。彼女は敵意の中に隠していた悲しそうな表情を、その瞬間だけ露わにした。

「ナガセ……ウリエルは使わないの……人攻機に乗ってさえ、くたくたになって帰って来たじゃない。そんな武装で大丈夫だとは思えないんデスケド……」

「あれは燃費が悪い。偵察途中で置物になって、放棄する事になってしまう。それに今回は見て帰って来るだけだ。もう一人で突撃はしない」

 アジリアが腕を組んで、吐き捨てるように言った。

「だからと言って貴様の戦いに付き合うつもりはないからな。何を見つけてもいいが、帰って来なくていいぞ」

 これは頼りになるな。俺がいなくとも大丈夫だと言ってくれているのだから。

「そうなったら後を頼むぞ」


 そのやり取りを、サクラとアカシアが不機嫌そうに見守っている。やがて二人は進み出ると、おずおずと意見してきた。

「ナガセ……どうしても行かれるのですか? ここを奪還してまだ二カ月ですよ。療養は済んでおりませんし、食料の確保は難しくありません。次を急ぐ必要はありませんわ。ゆっくりしてからにされた方が宜しいのでは……?」

「あの……その……そうだよ。ゆっくりすればいいのに……それにまだ僕たちだけじゃ……心細いよ……ここにいてよ……寂しいよ……」

 彼女たちは、衛星を撃墜された事を知らない。ただ俺が他の人類を、警戒しているだけだと思っている。戦うなどと夢には――そう。俺はその不安を、夢にするために出かけるのだ。


「なぁに。他の人類が大丈夫か、ここみたいになっていないかを見て来るだけだ。せっかく俺がいないんだ。自分のやりたいことを、好きにすればいいんだぞ。もっと生きる事を楽しめ」

 俺は景気よく笑い飛ばした。そして通用口の鍵を開ける。

「ナガセ……」

 サクラが呼び止める。振り返ると同時に、彼女は俺を抱きしめてきた。

「……! お……おい……」

 俺はまず、嫌悪に震えた。俺にこのようなことをされる資格はない。次に焦りに心臓が跳ねた。サクラが汚れてしまう。人らしい気恥ずかしさが顕れたのは、一番最後になってからだった。


「どうかご無事で。いつまでもお待ちしております」

 サクラは抱き付いたまま、震える声でそう言う。そして離れ際に、俺の頬にそっと口付けた。

 その場にいる全員が、一斉にどよめいた。

 プロテアとロータスが、囃し立てるように口笛を吹く。

 ローズは上品に口元に手を当て、驚いて見せた。

 アジリアは顔を赤くしながら口をいの字に歪める。

 アカシアはぽかんとしていた。やがてサクラに飛びついて、俺から引きはがした。


「ずるい! ずるいよ!」

 サクラは鬱陶しそうにアカシアを振り返ると、気のない様子で言った。

「じゃあ、あなたもすればいいじゃない」

 アカシアはハッと俺の方を向く。だが足踏みするだけで、一向に近寄ってくる気配はない。サクラと同じことをしたいが、そこまでの勇気がない様だ。

「あ……あ……う~……!」

 やがてアカシアは俯き、今にも泣きだしそうになった。


 何と言うか……気まずい雰囲気だ。これはひょっとすると、俺が何かするまでアカシアはこのままなのか? 出発するというのに、これでは行きにくいだろ……サクラめ……余計なことを……。


「ナガセ。かわいそうだろ。何とかしてやれよ」

 プロテアが追い打ちをかけてくる。

「え? あ? え……?」

 思わず間抜けな声が漏れた。

 俺にどうしろと。キスなんてできんぞ。それは他の男の役割だ。じゃあどうすれば。俺に何が出来る。何もできないぞ。答えを見つける事ができず、固まってしまう。


 すると彼女たちが――アカシアも、そしてあのアジリアすらも――くすくすと笑い出した。

「おい……何がおかしい」

 やや不機嫌になって威圧する。

 彼女たちから瞬く間に笑みが消え、暗く重い雰囲気が息を吹き返した。

 彼女らは何かを物語るよう、意味ありげな視線を投げかけてくる。

 怒り、悲しみ、愛しさ、そして喜び、それらの感情が複雑に絡み、儚い言葉となって俺を射抜く。

 俺はそれに応える。何もできない虚しさを、視線に乗せて。


 ローズがおもむろに口を開いた。

「ナガセ。もう戦うのは止めて。そうすれば……そうすれば――」

 それはできない。俺は死ぬまで戦わななければならない。

「……留守を頼むぞ」

 ローズを無視してオストリッチにまたがると、倉庫から飛び出した。

 彼女たちは何だかんだ言いつつも、後に続いて見送ってくれる。

 俺はそんな彼女らを見渡して、敬礼をした。


「冬が来る前には帰る」

 手綱を引き、オストリッチを走らせる。

 枯れた草原を踏み、焦げた死体が散らばる盆地を進んでいく。

 北へ。奴らのいる北へ。

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