第81話


 まずい! このままだとミンチになって、あいつのションベンで料理される!


 あのバカタレが自律誘導爆弾の設定を出来るとは思わん。プリセットで使っていると推測すると、ロックオン対象の一メートル内に侵入し、三秒後に起爆する。つまりこの忌々しい金属ダルマは、一メートルの距離を保っていれば爆発しない。

 問題は誘導方式だが、この銃撃の中で俺に狙いを定めたのだ。熱源探知だ。


「クソが……」

 身に纏う装備から工具とライト、デリンジャーを取り外す。匍匐前進をしつつ、芋虫が脱皮するようにライフスキンを脱ぎ始めた。床にスキンを抑えつけ、身体で擦るように器用に脱衣する。スキンと身体の隙間にはオイルが塗ってあるので、二秒もかけず全裸になれた。

 ただ心残りがある。回収した手紙が……ライフスキンの中に……今は命が大事だ!


 工具からマッチを取り出し、床で擦って火を点ける。後ろに残したスキンの抜け殻に放り投げると、オイルが燃えて人型の炎が上がった。

 自律誘導型爆弾は突如現れた熱源に、一瞬戸惑ったようである。急停止し、狙いを定めるようにその場で回転する。やがて燃える抜け殻に転がり寄って静止した。目標と誤認知したようだ。元々人じゃなくて、基地の機関部を吹き飛ばすもんだからな。高い熱源の方に食いついてくれたか。その隙に爆弾から数メートル先の、部屋の中へ逃げ込んだ。


 ドアを閉めて数秒後――廊下が爆音とともに揺れる。逃げ込んだ部屋の壁が割れて、内側へとめくれ上がった。伏せていたため、めくれた壁に傷つけられることはなかった。だが衝撃波が室内で荒れ狂い、俺を滅多打ちにしていった。

 金づちで頭を殴られたように、視界が何重にもぶれる。耳鳴りで音が良く聞こえない。混濁した意識が、身体の動きを酷く鈍いものにする。だが停まる事は出来ない。埃の舞う中を、手探りで這って廊下に出た。


 廊下は完全に破壊し尽くされていた。爆発現場の床は崩れ落ち、下階に続く大きな穴が空いている。近くの鉄壁は爆風で剥がれおちており、代わりに僅かな火の粉を散らしている。空気が焼けて、非常に息苦しい。何度か呼吸をするうちに、のどが焼けて軽くむせた。

「火薬の量が……グレネードとは段違いだ……」

 呻きながら何とか立ちあがると、ふら付く足取りで現場から離れた。

 レイルライフルによる攻撃は止んでいる。きっとすぐに俺の死体を確認しに来るだろう。距離をとらないと。


 暗闇の中、壁に体重を預けて廊下を進んだ。眼に入る小部屋のドアを、片っ端から確認していく。そして鍵のかかっていない一つの部屋へ、仰向けになって倒れこんだ。薄暗闇を見上げながら、乱れた呼吸を整える。そして目だけで部屋の内装を調べた。

 掃除用具室らしい。部屋の両脇にはロッカーが並べられており、キャディトレイ(掃除用具を持ち運ぶ入れ物)が近くに置かれていた。奥には新品の段ボールが積んであり、表面にはモップや雑巾の絵がプリントされている。隅には水溜と蛇口があった。


 ここで道具を調達するか。立とうと足に力を籠めようとして――激痛に呻いた。顔をゆがめつつ足を見ると、鉄片を踏んで血が滲んでおり、焼けて黒く煤けていた。太腿から腹にかけても、幾つか切り傷が出来ている。

「爆破現場を……すっぽんぽんで歩いたからな……」

 足に突き刺さった鉄片を、無造作に引っこ抜いた。

 これだとロータスが血の跡を追って来る。痕跡を消さないと。


 段ボールからモップと雑巾を取り出した。モップの毛先をほぐして紐にすると、傷口近くの血管を縛り、簡単に止血した。それから雑巾で血を拭って、脇の下に挟んで体温で温める。こいつは部屋の通風孔に投げ込んで、囮にして使う。最後に別の雑巾を水で濡らして、身体を擦って体温を下げた。

 もう少し物色していたいが、いつまでもチンタラしている訳にはいかない。掃除用具入れから飛び出すと、全色力でその場から逃げ出した。

 俺が廊下を走って数分後、掃除用具室のある方角から、レイルライフルの銃撃音が響いてきた。通風孔の囮を蜂の巣にしたのだろう。


 今のロータスに近づくことはできない。だがあまり離れすぎると、アイツは標的を俺から彼女たちに変更するだろう。そうさせないために、ちょくちょく挑発を入れないといけない。

 廊下を駆けながら、防火戸を何枚か閉じて時間稼ぎを行った。

 そこで閃いた。

 消防設備……待てよ……待てよ! さっき資料室があったはずだ! 俺が通風孔から引きずり出された時、降り立った廊下だ!

 そこの消防設備は消火による資料の汚損を防ぐため、スクリンプラーに水や薬剤を散布しない。ハロンガスを使っている!

 ハロンはオゾンを破壊するが、人体に有害ではない。吸ってもヘリウムの様に声が高くなるだけだ。しかしこの状況を上手く使えば、奴を昏倒させる事ができるかも知れない!


 俺はロータスの気を引くように、防火戸を弄り大きな音をわざと立てる。シャッターが下りる音を聞きつけて、彼方からレイルライフルが壁を吹き飛ばす音がした。距離をとれたのか、ここまでは届いてこない。

 ロータスはアイアンワンドから情報を受け取り、シャッターの稼働場所と、弾がそこまで届かなかったことを知ったのだろう。急に銃撃が止み、ゴムで床を擦る様な不気味な足音が微かにし始めた。


 彼女と鉢会わないように細心の注意を払いつつ、資料室に戻るルートを探すことにした。

 複雑怪奇な通路を、迷う様に行き来する。気分はミノタウロスの迷宮に置いて行かれた生贄そのものだが、多くの道を歩むにつれて頭の中の地図が埋まっていく。ある程度土地勘を身に着けると、電気が生きている区画に身体を晒して、アラートを鳴らして撹乱しておいた。

 暗闇に警報が鳴り響き、赤の回転灯が目まぐるしく稼働する。このやかましい音だ。音響センサで俺の立てる音も拾いにくくなる。今のうちに資料室へ急がねば。


 十分程をかけて、俺は最初銃撃を受けた、縦に長い廊下へと戻って来た。その頃にはアラートは切られて、再び闇にしじまが広がっていた。

「一番デカい部屋……一番デカい部屋……」

 失血と疲労で、上手く頭が働いてくれない。うわ言の様に繰り返しながら、整然と並ぶ資料室から、一番ドアとドアの間隔が広い部屋を選んだ。


 資料室のドアはスライド式で、脇にカードリーダーが備えられている。カードは持っていない。暗号も知らない。当然ロックがかかっていて、力を込めてもドアはスライドしない。

「だが……一度アイアンワンドがここを支配したんだ……俺たちが使えるようになっているはず……」

 カードリーダーのパネルを開き非常用コンソールを露出させた。コンソールが緑の光を放ち、八ケタの暗号を要求してくる。まずは12345678と打ち込む。標準的なプリセット番号だ。アラート。駄目。なら00000000か? アタリ。コンソールが電子音を鳴らし、スライドドアで錠が外れる音がした。


「あのブリキ痴女め……生き残ったら……キスして……油を差してやる……」

 笑みを浮かべると、倒れ込むように資料室に入った。床に埋め込まれた非常灯が点灯し、内部を微かに照らした。

 部屋の広さはテニスコート四枚分くらいだろうか。パイプ棚が整列し、格子状の通路を作り上げて、資料の入った段ボールが納められている。

 正念場だ。ここでの働きに、全てがかかっている。

 気力を振り絞ってキリキリと動いた。棚を固定するネジを工具で抜き、引き倒して入り口にバリケードを築き上げる。パイプ棚なので隙間だらけだが、そこには資料の入った段ボールを詰めた。


 準備完了だ。俺は消防設備のコンソールを使い、ハロンガスを噴射させた。

 ガス栓をひねったかのように、スクリンプラーからハロンが放出される。同時に資料室のドアと通風孔にシャッターが下り、室内は完全に密閉された。こうして室内にハロンを充満させて、消火を行うのだ。

 資料室には霧のような気体が充満し、徐々に視界を奪っていく。それは床の非常灯の光を弱め、足元に光のモヤを産み出した。


 俺は入り口のある壁の隅で床に伏せると、固定された資料棚にしがみ付く。そしてロータスが来るのをじっと待った。

 ガスに付与された腐った玉ねぎのような臭いで、頭がくらくらする。荒い息とともに漏れる声が、徐々に高音になっていった。

 死にはしないがキツイ。何をしている。気を失う前にさっさと来い。メスで太腿を突き刺し、痛みで失神するのを何とか堪えた。


 やがて廊下から、ゴムで床を擦る特徴的な足音が聞こえてきた。足音はボールの転がる音をいくつも引き連れており、俺の居る資料室の前でピタリと止まった。

 どうやらロータスの奴、自律誘導爆弾を調達してきたようだ。


「隠れたつもりか!? ばぁかじゃねぇの警報鳴らしたらばれるに決まってんだろ! そこにいるのは分かってるのよん! いまからタマタマ(自律誘導爆弾の事だろう。糞みたいなネーミングだ)を送り込んでやるから派手に逝けやばぁぁぁぁか!」

 ロータスは恐怖を煽るように、資料室のドアを殴りつけてきた。そしてレイルライフルの通電音の後、ドアにシャッターを貫通する大穴が空いた。


 バカはテメェだ。くたばれ。


 次の瞬間。資料室に嵐が巻き起こった。

 室内の空気が一斉に暴風となり、ドアから室外へと流れていく。室内の資料が暴風に引きずられ、ドアに空いた穴へ吸い込まれていき、ズタズタに引き裂かれて室外へと吐き出されていった。

 俺はとにかく資料棚にしがみ付き、暴風に攫われて穴に引きずり込まれないように必死だった。

 暴風が吹き荒れたのは、ほんの一瞬だ。すぐに風は弱まり、穴には資料が栓のように詰まった。

 俺は資料が舞い散る中、のそりと身体を起こした。


 室外にはロータスがいるはずだが、資料室に乗り込んで来ることも、口汚く罵る事もしないでいる。あの暴風をまともに食らったのだ。吹き飛ばされて、背後の壁に叩き付けられたに違いない。ウリエルは頑丈だが、中にいるのは所詮人間だ。ショックで身動きが取れないのだろう。

 上手くいったな。最初にサーモを狂わせてなかったら、外から狙い撃ちにされていたかもしれん。

 この暴風の原理は簡単だ。密閉空間にハロンを入れたため、気圧が高くなったのだ。部屋を風船に例えると分かりやすい。風船には部屋の空気が入っているが、更にハロンガスを注入されて膨らんだ。そこに穴を開けたため、勢いよく吹き出して、巨大な空気砲となった訳だ。


 奴が動けなくなった今がチャンスだ。今のうちにウリエルに近づいて、強制排出ボタンを押すなり、装甲の隙間からメスで刺し殺すなりしなければならない。だがロータスは自律誘導爆弾を引きつれている。下手に近づけはこちらが危ない。

 満面に凶悪な笑みを浮かべた。

「自業自得だぞ……雌豚」

 入り口に築いたバリケードに滑り込み、うつ伏せになって耳を手の平で覆う。すると室外から、電子音がした。


 起爆範囲。一メートル内。

「……なんで……なに……なにが……あの腐れチ○ポめ……ぁ? え? 何でそこで停まってんのよ……あぶないじゃない――――」

 ロータスの間抜けな声を最後に、凄まじい衝撃が俺を飲み込んでいった。

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