第80話



 ダクトの中に飛び込むと、配電盤を探して這い進む。

「毒ガスを使われたら終りだが……奴自身もダメージを受けるから使うまい。それより問題はレイルライフルと自律誘導型爆弾だな」

 レイルライフルは電磁力で、弾体を発射する兵器である。外観はごつい銃身を持った突撃銃と言ったところで、一発の威力が対物ライフルと同等、それを機関銃のように連射できるのだ。

 馬鹿に使わせても塹壕ごと敵を吹き飛ばせる代物だ。だが発射前に若干のチャージが必要で、反動が強いので生身での保持はまず無理だ。待ち伏せにしか使われないだろう。


 問題は自立誘導型爆弾だろうな。見た目は鉄でできたジンチクという形容が相応しい。奴らとの違いは、腹に溶解液ではなく、爆薬をたっぷりと詰め込んでいる事だ。ミサイルと同じでセンサーが取り付けられており、目標を自動で追尾して攻撃する。こちらは敵の基地を破壊する際、ダクトや水道に潜り込ませて、内部から破壊するのに使われた。


 正面から戦っては、命がいくつあっても足りない。


「だが奴が俺を補足するまではこっちが有利だ。ロックオンされるまでに、出来るだけ多くのアンテナを無力化して、トラップを仕掛けまくってやる」

 ダクト内を匍匐前進し、一つ目の配電ボックスを見つける。書き添えられた配電区画図に目をやると、どうやら入り口カウンターから周辺ブロックの電気を管理しているようだ。

 素早くブレーカーを落とし、アンテナを無力化した。電気の切れる音がして、付近の照明が一斉に落ちる。さらに配電盤に細工を施し、もしブレーカーを上げれば漏電するようにして置いた。殺人マイクロ波を生めるほどの電流だ。人が引っ掛かれば一瞬で消し炭になるだろう。


 暗闇の中、先を急ぐ。

 数十分後、二つ目の配電ボックスを発見した。俺がカバーを外した時、廊下からロータスの肉声がした。

「おら早く来いよこの腐れチ○ポ! どうしたよ怖気ついたか糞が! 本番前に立たなくなったってかぁ!? 立つのは口だけかコラァ!」

 ロータスの煽り文句は前々から気になってはいた。

 この下品さは傭兵かギャングの物だ。用心棒は仕事柄もう少し上品だし、兵士はジョークが効いている。

 経験上、傭兵とギャングは金で動き、そのためなら何でもする。そうしないと生きていけないからだ。

 期待できる。胸中で呟きつつ、二つ目のブレーカーを落とした。周囲が闇に沈み、何も見えなくなる。これで正面カウンターから、4ブロック四方のアンテナを無力化したはずだ。あと二つぐらい配電ボックスを落として、行動範囲を広げておきたい。


 俺が匍匐前進を再開しようとしたその時――

「そこか!」

 そんな声がした。

 ハッタリか? しかし奴がハッタリをかますなら、性格上挑発を併用する。「そこにいるんだろ! このヘタレが!」という具合にな。

 ぞくりと背筋を悪寒が撫でる。これはハッタリじゃない!

 反射的に配電盤の前の通風孔を蹴り破り、ダクトから飛び出した。


 一拍遅れて、俺がいたダクトが銃撃を受ける。まるでガトリングの的にでもなったみたいだ。鋼鉄製のダクトは細切れになって爆散し、細かな破片が体に突き刺さった。

 何故居場所がばれた!?

 床に手をついて、這いつくばる事を拒否する。即座に立ち上がると、銃撃の来た方に視線をやった。


 真っ暗だが、長い間ダクトに籠っていたおかげで、目は闇に慣れている。

 俺が降り立ったのは一直線の廊下で、左右にはドアが整然と並んでいた。資料室の類だろう。そして廊下の向こうでは、黒い影が佇んでいた。

 シルエットは人の形とは程遠く、ロータスの体躯よりはるかに大きかった。足はトカゲの様に太く、犬のように逆関節になっている。背中はゴリラの様に盛り上がり、むっくりとしている。辺りからは、人工筋肉に電気が通う、低い通電音が響いていた。


 野郎。とんでもないものまで持ち出していやがったな。

 ロータスは俺を絶望に沈ませたくて仕方がない様だ。もったいぶりつつ、話しかけてきた。

「見ての通り、あんたはもう勝てない……って、あん。せっかくのお披露目なのに、これじゃあ良く分かんないわよねぇ。今見せてあげる」

 影から短い着火音がして、床に何かが転がった。どうやらフレアを焚いたようだ。独特の赤い光に闇が払われ、シルエットの正体が浮かび上がった。


 そこにいたのは、強化装甲を身に纏ったロータスだった。

 丸いアルマジロのような胸部骨格から、鋭角の目立つ四肢が伸びている。腕部は銃の反動を押さえるため、クッション材を含んだふっくらとした形をしており、その上を蛇腹の装甲が重ねられていた。末端にはエンドエフェクタとして機械の手が取り付けられており、重いレイルライフルを軽々と保持している。脚部は人工筋肉でぱつぱつに膨らんでおり、その上にプロテクターが重ねてある。脚は人の骨格では出せない速度を実現するために、足の下に踏み台となる『脚』が追加され、犬のような逆関節構造を作り上げていた。


 頭にはフルフェイス型のヘルメット。アイラインが鈍く赤い光を放ち、俺を威圧している。不意にヘルメットのバイザーが上がり、そこから憎たらしい笑みを浮かべるロータスが顔を出した。

「じゃん。新しいおもちゃ。だけど試す機会が無くて、悩んでいたのよねぇ~」

「バトルスキン……タイプ‐ウリエル……!」

 バトルスキンとは、戦闘用のライフスキンの事である。大戦時、シェルターや基地などの閉所や、領土亡き国家の野営地にて使用された。性能を一言で表せば、ミニサイズの人攻機だ。

 そしてこいつの装着しているのは『ウリエル』。火力特化の強襲型だ。凄まじい機動力と、膂力を持つ。何度か戦闘を目にした事があるが、どれもが風のように敵陣に飛び込み、死体を残して去っていった。


 俺の声が震えたのに、この上ない快感を覚えたのだろう。ロータスは頬を紅潮させ、熱っぽい吐息を漏らした。

「へ~。これそんな名前なの」

「ああ。最高だ!」

 期待以上だ。だってこれを使えば、ヒヨッコのロータスですら俺を殺せるかもしれないんだ。俺を止めてくれるかもしれないんだ。あの時は誰もができなかった。俺を……俺が……レッド・ドラゴンになる前に、止めてくれるかもしれないんだ。


 ロータスは俺がイカレていると思ったらしい。侮蔑を込めて、舌打ちした。

「んだよ、壊れたままかよ……どうせ直すならきちんと直しておけよつまんねーな。まぁいいわ。今まで散々私の事弄んでくれたわよねぇ」

 ロータスが手中のレイルラフルを構え、俺へと照準を合わせた。

「これは御礼。釣りはいらねぇ! 取っときなァ!」

 さっきは待ち伏せでしか使えないと言ったが、バトルスキンなら反動を制御できる。アサルトライフルの様に運用する事が可能だ。


 レイルライフルが発射の為、電磁力のチャージに入る。銃身が仄かに蒼く光り始め、イオン臭が辺りに立ち込め始めた。

 いったん引くしかない。だがここは一直線の廊下だ。遮蔽物がない。

 引き返すか? だがその前にチャージが完了し、ミンチにされるだろう。

 ダクトに逃れるか? 無意味だ。這いずっているところを、弄ばれて殺される。


 ならばどうするか。

 突っ込むしかない。

 俺はメスを抜き放ち、ロータスに肉薄した。


「バッ……バカかテメェ!?」

 まさか近接戦を挑んで来るとは、夢にも思っていなかったのだろう。ロータスが動揺して悲鳴を上げた。照準が少しぶれ、トリガーを絞る指が浮いた。

 これを好機と更に距離を詰め、彼女の目前に迫る。

 ここまで来たはいいが、バトルスキンには接近された際の対応策が施されている。足に力を込めて腰を沈め、これから跳躍するぞとフェイントを入れる。

 ロータスはここまで近づかれたら、レイルライフルでは取り回しが悪いと判断したのだろう。銃を下げると、俺の跳躍先を予想して、そこに胸を張った。向けられた胸部装甲には、両脇に発煙筒発射機が備えられており、その下に黒い小さな穴が空いていた。


 近接防護散弾だ。あそこには散弾が詰められており、歩兵に取りつかれた際振り払うのに使うのだ。実際にはタックルした時に発破すると言う、えげつない使用法が好まれたがな。

「死ぃね!」

 ロータスが叫ぶ。俺はわざと足を滑らせると、腰を落とす力を流用してスライディングし、ロータスの足元に転がり込んだ。間を置かずに銃声が轟く。散弾が頭上にぶっ放されて、壁に跳ねる音が響き渡った。


 間一髪。馬鹿正直に飛んでいたら、散弾で仕留められていただろう。

 上手く足元に潜り込んだからには、やれることはたくさんある。

 ロータスの正面で転がりながら、腰の火炎瓶を抜いて上へと放った。

 そしてウリエルの股下を潜りつつ、手にしたメスを膝裏の可動部分に捻じ込む。

 最後に背後へと抜けて立ち駆けすると、デリンジャーで頸椎部にある音響センサを撃った。

 これ以上は無理だ。脇目もふらず廊下から逃げる。途中で背後をちらと見て、戦果を確認する。


 火炎瓶は狙い通りに、ヘルメットに命中した。ウリエルの頭では火の手が上がり、まるでマッチの芯の様にめらめらと燃えている。もちろん中身にダメージはない。だがしばらくサーモグラフは使えない。

 ロータスは股下を潜った俺を追って、背後を振り返ろうとする。しかし膝裏に挟んだメスに動きを阻害され、動きが少し鈍った。おかげで少しでも遠く、一本道の廊下を進むことが出来た。

 最後に振り返ったロータスが、俺にレイルライフルを構えて撃とうとする。この暗闇だ。目視は無理。暗視装置とサーモグラフは、頭が燃えているので使えない。そして音響センサが、さっきの銃撃で壊れてくれてるといいんだが。

 そう上手くはいかないらしい。ロータスは闇を走る俺に、しっかりと照準を合わせてきた。


 所詮護身用の玩具。軍用のセンサを壊せるほどの威力はないか。俺は火炎瓶を背後に叩き付け、炎の壁を使って撹乱する。そして廊下の突き当りである、曲がり角に飛び込んだ。

 刹那。音叉を鳴らしたような独特な銃声がする。飛び込んだ曲がり角が、スポンジを毟るように吹き飛ばされていく。鉄の壁がこの有様だ。破片が降り注ぐ中、床を這って銃撃現場から抜け出した。


「やりゃあがったなこん畜生が!」

 銃撃が止み、廊下からロータスが走り寄る音がする。このままではマズい。虫けらの様に殺される。一回どうにかして距離をとらないと駄目だ。

 幸いここは監督区画、曲がり角が多く設けられている。ウリエルは機動力が高いぶん、小回りが利かない。曲がり角でいちいち減速しなければならないはずだ。多くの角を経由すれば、振り切れる。

 立ち上がると、出来る限り曲がりくねったルートを通るように走った。

 右に曲がり、左に折れたかと思えば、また右に曲がる。直線通路に背を向けて、ブレーカーが生きている明るい場所を避けて、俺はひたすら走り続けた。


 背後から、ロータスが角を曲がりきれずに、壁に衝突する気配がする。追ってくる足音が徐々に小さくなっていき、だんだんと心に余裕が生まれてきた。

 よし。このまま隠れて、ブービートラップをしこたま仕掛けてやる。

 そう思った矢先、ロータスの足音が唐突に止んだ。

 足を止めた? だがあいつが諦めるはずがない。という事は――


 反射的に床へ伏せた。すぐに金属の悲鳴が上がり、廊下の壁に弾痕が穿たれた。

 レイルライフルの貫通力なら、壁越しに相手を狙える。だが正確な照準までは出来ないようで、ロータスは伏せる俺を追撃せず、俺がいると思われる方向へと盲撃ちを繰り返していた。

「賢い使い方だな……ッ!」

 床に這いつくばりながら、銃撃が止むのを待つことにする。今下手に動くと危険だ。

 だが待てよ。

 普通人間は見えない敵と戦う時、やたらめったらぶっ放して、威嚇しつつ攻撃する。だがロータスは俺を見つけるまで、銃撃を我慢するほど戦略的だった。何の目的もなしにぶっ放すタイプじゃない。

 となるとこの銃撃は殺すのが目的じゃない。身動きをとれなくするのが狙いか?


 軽く体を持ち上げて、脇の下から背後を振り返る。すると俺が通り過ぎた廊下の角から、ころりと黒い何かが転がり出た。

 ボウリングボールのような球体だ。指を入れる穴の代わりにセンサーランプがついていて、赤い光を三つ放っている。それは球体の表面を波立たせて、蛇が這うようにして転がっている。


 自律誘導型爆弾! そのための拘束か!


 それは俺の姿を認めると、愛らしい仕草で、そして恐るべき速度で、まっすぐに転がって来た。

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