第78話

 目覚めてから二日がたった。


 ダクトを這いずり、観察を続け、このドームポリスの現状は大体把握した。

 ロータスがリリィを人質に、アジリアからアイアンワンドを奪った。サクラはその件で七階医療施設に軟禁、アジリアはどさくさに紛れて俺を殺したため同階に監禁中だそうだ。俺はぴんぴんしている事から、恐らく二人が助けてくれたのだろう。アジリアはともかく、サクラには頭が上がらないな。


 残った彼女たちが、このドームポリスで生活をしている。数人がドームポリス内のマシラを攻撃して、室内の物資を回収している。そこから食料を取り出して、半分を監督区画へ、残りの半分を自分たちの物としていた。持ち込んだ食料は、一カ月分はあったはずだが、ロータスが独り占めにしているみたいだ。人は上に立つと、どうしても貯蓄したくなるんだな。


 残りの数人は、窓の外に向けてしきりに銃撃を加えている。どうやら戻って来た異形生命体を殺し、外に出ようとしているようだ。だが如何せん効率が悪すぎる。火山にバケツの水を投げ込むようなものだ。それにロータスがこれを咎める様子が無いので、命令してやらせているのだろう。


「性悪が……」

 ロータスの性格上、外に出られると逃げる事を恐れるはずだ。そして彼女は、無茶を承知でやらせている。ミスで怪我するか死ぬのを期待しているのだろう。

 彼女らはそれらをローテーションして、休むことなく働き続けている。ミスすれば電撃、ロータスの癇に障ると電撃、効率が悪くても電撃である。士気は最悪で、皆の土気色の顔からは感情がこそげ落ち、人形のようになっていた。


 当のロータスはと言うと――調子に乗り過ぎだ。保管庫の武器を、遊び感覚で撃ちまくっている。分かっているだけでMLRS、レールライフル(小型レールガン)、自律誘導爆弾(目標追尾型自爆ロボット)などを使っていた。ぜ~んぶ戦時中の俺ですら使えないような、高価な品だ大馬鹿野郎。きついお灸を据えてやる。


 人の生活を盗み見るのは楽しいが、そろそろ空腹で我慢できなくなってきた。若干の不安要素はあるが、動き出すことにしよう。

 接触するのはパンジーだ。彼女は常にプロテアに近い場所にいるし、感情の起伏に乏しく、姿を見せても騒いだりしない。そして彼女いわく、アジリア派でも俺派でもない。中立である。ロータスに屈服している事なんてないだろう。

 観察して分かった事だが、パンジーはドームポリス開拓の最前線に立ち、異形生命体との戦闘を請け負っている。ローテーションするのは食事か弾薬補充、そして急な修理の時ぐらいだ。


 呼ぶのは簡単。問題を起こしてやればいい。すっ飛んでくる。


 俺は電線と隣接している場所まで、ダクト内を這いずった。そこには通風孔の近くに、配電ボックスが設置されている。ふざけて鼠の鳴きまねをしながら、配電線の一つをメスで切った。

 ここ一帯の電灯が途絶え、辺りは暗闇に沈む。ボックスのコンディションランプが、正常のグリーンから異常アリのレッドに切り替わった。

 さほど間を置かず、ドームポリス内にアナウンスが流れた。

『異常事態発生。異常事態発生。9階第三セクターの配電装置に異常発生。至急点検されたし。なおこの件は保安上の問題にかかわるため、十分内に改善なき場合はマムの権限を代行。電撃による処罰を加えます。以上』


 メスで爪の間の垢をほじくりながら、点検者が駆けつけるのを待つ。パンジーだったらよし。それ以外だったら拉致して、ロータスの不安をあおることにしよう。

 しばらくすると二人分の足音が、廊下の向こうから駆け寄って来た。しかしそれらはすぐに、足音の主の罵声にかき消されてしまう。

「また故障か! 一回点検した時にしっかり処置しないからこうなるんだよックショーが! きちんとやればそれで済むのに、拙い修理で関係ないとこも壊しやがってバカヤローが!」

 一人はプロテア。という事はもう一人は――

「誰だ。ここの。点検。したやつ。手間。増やしやがって」

 ビンゴ。パンジーだ。俺は通風孔から少し離れて、パンジーを出迎える準備を整えた。


 二人の足音が、通風孔の下で停まる。そして通風孔のカバーが外されて、のそりとパンジーが這いあがって来た。彼女は苛立ち紛れにライトを振り回し、配電ボックスを探し始める。

 俺は指でダクトの内壁を叩く。パンジーは過敏に反応し、俺の方にライトを向けた。

「んぉ……? ぉぉぉ? ぉ!?」

 闇に浮かび上がる俺を見て、パンジーが目を丸くする。俺は唇に人差し指を当てて、騒がないようにジェスチャーを送った。


 パンジーは喉元で声を何とか引き留めると、生唾を飲み込む。驚いたのはほんの一瞬で、すぐに不満げに表情を歪めた。

「遅いぞ。もう。死んだと。思った」

 どうやら俺が治るのは分かっていたようだ。恐らく俺を殺したことにして、秘密裏に治療し、反撃の機を窺っていたという所だろう。感涙すべき行動だが、今は時間がない。


「駄弁る暇はない。黙って言う事を聞け」

 俺は声を潜めながら、淡々と告げた。

「全員を一斉に、近場の薬品保管庫、機関室に避難させろ。全員一緒一斉に。それを忘れるな。それから全て終わるまで出るな」

「おい? ネズミとでも話してんのか?」

 パンジーを肩車しているのか、下からプロテアが聞いて来る。パンジーは短く「そうだ」とだけ言うと、俺に装備を押し付けてきた。

 ライト、工具一式、衣料品、そして拳銃。俺はてきぱきとそれを身に纏い、拳銃を確認した。暗闇で見えないが――かなり小さく手のひらに収まるサイズだ。まるでオモチャだな。恐らく小型単発式拳銃だろう。中折れ式で、装弾数は2。認証の必要なし。弾倉を確かめると、弾は入っていなかった。ドームポリスの開拓で、見つけた代物だろうな。


 ロータスがもっている武器に比べたら、酷く頼りない代物だ。だが認証の必要のない銃があるだけでマシだ。俺は軽く頭を下げると、要は済んだと言わんばかりにダクトを引き返すことにした。

 その時パンジーが、慌てて俺の腕を掴んできた。そして彼女にしては珍しく、不安で頼りなさ気な顔を俺に向けてきた。

「殺す……のか……?」

 俺はまさかと鼻を鳴らした。

「殺しはしない」

 そんなもったいない事をするか。せっかくの敵だ。俺は戦いたいんだ。


 俺の真意を知っているのかどうかは分からない。だがパンジーはほっと息を吐くと、懐に手を入れる。そして銃弾を四発俺に転がした。

「気を。付けて。終わったら。あいつ。殴らせろ」

 パンジーはそう言うと、配電ボックスの修理に取り掛かり始めた。

 意外だな。ロータスを殺したくはないらしい。少なくとも俺よりマシなリーダーではなかったはずだ。そして一度牙を剥いた人間と、共同生活をするのは精神的に苦痛なのは違いない。パンジーが何を考えているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


 いずれにしろ、これでお楽しみが増えた。音を立てないようにして弾を回収し、早速デリンジャーに詰めた。そしてのろのろと、ダクトの中を引き返すことにした。

 道中デリンジャーのグリップをきつく握り、誰にと言う訳でもなく呟いた。

「遊んだ結果死ぬかもしれんが――それは弱い敵が悪い……俺を殺せない糞が悪いんだ……俺を……俺を殺してくれ……」

 珍しく心が浮ついている。心地はまるでプレゼントを目の前にした子供のようだった。 

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