第69話
はぁ~……ナガセ……遅いんデスケド……。
ナガセが出撃した時、太陽は空に輝いていた。今ではもう山の向こうに消えて、その残光が空を紫に染めるだけだわ。このままだと、辺りは真っ暗になっちゃう。
私はカットラスのコクピットから、静けさを保つ浜辺を見つめていた。
ショージキこのままカットラスを動かして、様子を見に行きたいんデスケド。でも私の技量じゃ、ちょっと行ったところで異形生命体に囲まれておしまいだろう。それにドームポリスをほっておくわけにもいかない。動くなっていわれてるし。
ヤキモキしながら、カットラスのカメラの倍率を弄る。そして浜辺を見渡したり注視したりを繰り返した。
『はぇ~……遅いですねぇ~』
ピオニーから通信が入る。私が横に視線を向けると、カッツバルゲルを挟んで、もう一躯のカットラスが海に浮いていた。ピオニーの乗る躯体だ。ナガセが出てすぐは快活だった彼女も、今やすっかり消沈して静かになっていた。
「そうね……遅いわね……」
そう呟いて、浜辺に視線を戻した。小波の音が耳朶を打ち、それに煽られ躯体が揺れる。
『皆さんむしゃむしゃされてしまったんでしょうかねぇ~』
このバカチンが。
「縁起でもないこと、いわないで欲しいンデスケド……」
いらいらと操縦桿を指で叩く。ピオニーは何か外したように、「はえ~?」と意味のない声を漏らした。
「じゃあ私たち、見捨てられちゃったんでしょうかねぇ~」
「縁起でもないこと! いわないで欲しいンデスケド!?」
怒鳴りつつ心の何処かで、不安が首をもたげる。
でも……ナガセは例の模擬戦で、アカシアたちを殺すつもりだった……のよネェ。目的の為なら私たちに手をかけるのかな。でもでも、あれはそうしないとまともに戦えないからで――そうなると自分の為に、私たちを使ってることになるのかなぁ……そうして自分の目的の為に、私たちを使い潰すつもりでいるのかなぁ……。
今回の作戦。成功させるために何人消費するとか、考えてたのかな?
いやでもナガセに限ってそんなことは。あんなに優しかったんだし。でも最近また怖くなったなぁ。
私たちじゃない何かを見てる。
暗く。悍ましい。何かを。
ナガセが分かんない……。
冷たいものと、熱いものを一緒にしたよう。影が日向にあり、表の中に裏があるような、奇妙な存在。ナガセが私の中で、そうありつつあった。
「そんなに怒らなくていいじゃないですかぁ。場を和まそうとジョークをいっただけでぇ」
通信機からあがるピオニーの言い訳で、私は我に返った。反射的にマイクに苛立ちをぶちまけた。
「そんなのジョークじゃなくて皮肉って言うんデスケドォ!? オワカリ!? それドユコトか分かる!? マシラと握手すればお友達になれるってのと一緒!」
「……死んじゃいますよ。そんなことしたらぁ」
やや引いた声で、ピオニーが返事をする。私はちょっと発狂しそうになった。
「だからそういうコトデショ! あー! もう! ナガセ早く帰ってきてぇ!」
『あ! 戻ってきましたぁ~』
舌の根も乾かぬうちに、まだいうのかコンチキショー。
「糞みたいな気休めも冗談も、いらないんデスケドォ! え――」
カットラスのセンサーが何かを拾った。モニタに食い付くよう確認すると、高速でこちらに向かってくる反応が一つ。対象が近づくにつれ、音響センサは銃声を拾い始めた。
何? 帰ってきたの? でも何で一つ? それに銃声って! 襲われてるんじゃ!
混乱しつつもMA22を構えて敵襲に備える。
やがて丘を乗り越えて、一両のキャリアが姿を現した。運転しているのはサクラで、助手席にいるのはナガセだ。
運転席真上の銃座にはサンとデージーが座っていて、堪え切れない喜びを体現するように明後日の方角に向けて銃をぶっ放していた。
これは失敗した顔じゃない。そして彼女らは、仲間が一人でもかけたら喜ばない。
「作戦成功!?」
外部スピーカーでそう聞くと、助手席でナガセが通信機に手を伸ばすのが見えた。
『お前らを連れ帰って、中の異形生命体を駆逐したらな。遅くなってすまなかった。申し訳ないが、今日はもう暗い。一日そのドームポリスにて海上で過ごし、翌日アメリカドームポリスに向かう。それでもいいか?』
わ……私はそれでイイケド……それより心配なのは他の娘たちだ。あんなところに残してきていいはずはない。だってこんなこと、初めて経験したはずだ。身体も心も、疲れているに違いない。ここで待ってるだけだった私ですら、くたくたで、不安でたまらなくて、頼りにできる人――ナガセにしがみ付きたいほど弱った。
戦場に出た人は、もっと弱ったはずだ! ナガセはそこにいるべきだ。そして傷ついた娘を癒さなくちゃ駄目じゃない!
「残してきた娘は……ダイジョブなの……?」
私の声は自然と震えた。ナガセは無用な心配を笑うように、明るい声で言った。
『一日分の食料を持たせてある。誘引した異形生命体が戻り孤立するだろうが、武器を運用できるように倉庫を一掃した。問題ない』
「問題ないってぇ……ナガセ! 何度もイウケド! あの娘たちはあなたとは違うのよ!」
『重々承知だ。だからたてこもるように言っておいた。掃討戦に入れとはいっていない』
「ソユコトじゃない……ソユコトじゃないよ……あの娘たち……初めて戦ったんだよ……」
するとナガセは自分の事を棚に上げて、まるで攻めるような口調に変わった。
『訓練したんだぞ? 信じてやれ』
信じられない! 人として、思う所が欠片もないの!?
「馬鹿ぁ!」
私は通信を殴るようにして切った。しばらくしてオープンチャンネルより通信が入ってくる。スピーカーから、困惑したナガセの声がした。
『決して煽っている訳ではないことを、念頭に置いてくれ。お前が何をいいたいか分からん。今そちらに行くから、詳しく聞かせてくれ』
その時。私はナガセにこっちにきて欲しくないって思った。
私たちと違う、私たちと感情を共有するとこのできない、何かが近寄ってくる。
そう感じた。
コワイ。オソロシイ。そしてキモチワルイ。その感情がハッキリとした。
やっぱり私には……ナガセが分からない。
*
「アジリアぁ。確認終わったぞ。生きてる奴ぁ、いないみたいだ」
遠くでプロテアの声がする。すると私の隣にいたアジリアは、眉間に寄せた皺をより深くした。
「ロータス。私はあいつの乗った人攻機を片付けてくる。オストリッチをしまっておいてくれ」
アジリアが私にオストリッチの手綱を投げてよこす。
私はアンタの召使いになった覚えはないんだけど。きょろきょろと辺りを見渡すと、ミサイルケースを台車で運ぶリリィが目に入った。
クソ奴隷発見。そいつの首根っこを掴んで捕まえると、オストリッチの手綱を押し付けた。
改めてここ――異形生命体で溢れていた、一階倉庫を一望した。
うじゃうじゃいたはずの化け物は、全てがただの肉になって床に横たわっている。総数は確認できないけど、かなりいたようだわ。床の半分はペンキをぶちまけたように、赤く染まっていた。
全てナガセがここを出る際に、始末していったのだ。当のナガセはというと、ドームポリスに残った役立たずを迎えに、キャリアに乗って行ってしまった。
「三十分もかけずこれか……これか……凄まじいものだな……」
アジリアは目の前の現実が信じられないように、言葉尻を恐怖に上ずらせていた。
でもショージキそんなにすごく無くない? だってダガァに武装ガン積みして、それに物をいわせてお掃除しただけだもん。まぁ確かにあいつらを片側に寄せて始末する事で、血に濡れないキャリアが通れる通路を残したことは褒めてやるわよ。同じように血を出さない、焼夷手榴弾を上手く使ったこともね。
「だけど私だって武器が使えりゃあ、それぐらいできるんだけどナ……」
全てはナガセが武器を持たせてくれないのが悪い。内心私にビビりまくってんだろうな、しょーもねー奴。そうすりゃ日が暮れる前に、ここの制圧なんか終わったはずだ。
「ちょっとロータス。弾運ぶの手伝ってよ!」
エレベーターからパギの金切り声が聞こえた。振り返るとあいつ汗まみれになって、銃弾の入ったケースをエレベーターから積み下ろしている。
あ~あ~、顔を青くしちまって。慣れないことの連続で、精神的にガタがきてんなァ。
ったく。ブラブラしてたらアジリアにどやされるし、ちょっとだけ手伝ってやるか。
エレベーターへと向かい、積まれたケースの一つに手をかけた。
うわぁ。中々重いじゃないの。今日はもう疲れたから、さっさと眠りたいなァ。つーか何で私がこんな事しなきゃならないんだッつーの。あ~あの仕切り屋早く死なないかな~。そうすりゃ私の天下なんだけど。銃さえ手に入れば、私の器ならこいつらをまとめるの楽勝っしょ。
ぶつぶつ文句を口に含みながら作業を続ける内に、エレベーターに積まれた全ての荷を下ろし終えた。
「次で最後だから。もうちょっと手伝ってよ」
パギが肩で息をしながら、私を睨み付けてきた。
お~怖。サクラとアジリアの悪い所を学んだな。軽く溜息をついて、肩をすくめて見せた。
「へいへい」
私たちはエレベーターに乗り、倉庫から保管庫へと上がる。そして銃弾のまとめてある場所まで歩いた。
道中、死体が幾つか、重なって横たわっているのが目に入った。萎びて干し肉みたいになった肉を、ライフスキンで包んでいる、気持ちの悪いオブジェだ。
パギはそれを見まいと露骨に目を背けた。だけど私は足を止めて、それをじっと見つめた。
なんか死体を見るとほっとする。生きてる奴って、何するか分かんないもん。ニコニコしててもさ、心ン中じゃきっと悪いこと考えてンだ。マシラみたいに……私の身体を――私もう騙されないから。
それにね。死体を見るとこう思えるんだ。私の方が上だ。私が生き残った。ザマァ見ろって。
自然と顔が笑みを形どる。この優越感。たまんない。賢いとか、偉いとか、そんなものここでは役に立たない。それより大事な強さが、私にはあるんだ。
袖をくいっと引かれる。足元を見るとパギが嫌悪を隠そうともせず、私のことをジト目で見ていた。
「よくそんなのじろじろ見れるね。どこかおかしいんじゃないの?」
クソガキ。皆に可愛がられてるからって、調子に乗りやがって。ナガセもこのクソガキ殴りゃあいいのに、甘やかすからつけあがるのよ。
パギの頭に拳骨を振り下ろすと、それで我慢の限界を迎えたのか、ぶわっとパギの眼から涙が溢れた。そのまま大声で泣きわめくと、足をもつれさせながらエレベーターへと逃げていく。
「お姉ちゃぁぁぁん! ロータスがぶったぁぁぁ!」
だからガキは嫌いなんだよ。キンキンする悲鳴を、耳に指を突っ込んで和らげる。そして気を紛らわせるため、再び死体に視線をやった。
お? 身体の隙間からなんか見えた。死体を足で転がして除けてみると、下から黒光りする拳銃が出た。さては拳銃自殺して、その上に倒れこんだのね。
それを手に取って、まじまじと確認した。
や~ん。グロックじゃな~い。しかもいっちばん小さくて、9ミリ弾を打てる奴。26だったっけ? つーか私何で知ってるんだろ? まぁどうでもいいや。ちょっと血で汚れてるけど、プラスチック製だから期待できるわぁ。スライドと銃身さえ無事なら、暴発の心配はないかもぉ。もうヤダ~!
慣れた手つきで銃をばらして、パーツを綺麗に掃除した後、叩いたり鳴らしたりして耐久性を調べてみた。新品同様じゃな~い。これならあの馬鹿殺してもお釣りがくるわ~。たまんな~い。
銃弾がまとめてある場所へと走って、9ミリ弾をグロックに装填した。両手で保持し、正面に構える。
コレ! この感触! この感覚ぅ! イッちゃいそう! これがなくて寂しかったのよ!
あ~撃ちたいぃ! ひっさびさに撃ちたいぃ! だけどここで撃ったらばれるしぃ……ちょと待て。これ上手く使えば、ナガセからアイアンワンドを奪えるんじゃね? ナガセったら、馬鹿みたいに私たちを大事にしてるからねぇ。あれくらいの訓練でおどおどしたり、苦しそうにしたりしてたから。
こいつらを人質にとれば――
エレベータの到着音がする。クソガキ。保護者を連れて戻ってきたか。銃を見られちゃまずいわね。私は胸の谷間に、グロックを隠すように挟んだ。私ほどのボインならばれめぇよ。ウシシシシ。
今はまだ。今はまだ、私の城に化け物どもが徘徊しているから。ナガセに綺麗にしてもらってから、行動開始と生きましょうか。
エレベーターからアジリアが、肩を怒らせながら歩いてきた。彼女は後ろに隠れるパギの頭を撫でつつ、物凄い剣幕で私に詰め寄った。
「パギはまだ幼い。労われといったはずだ。ナガセですらこの子には手をあげないんだぞ!」
「だから代わりに躾けてやってんのよ」
めんどくせぇ奴だな。アジリアは私の胸倉を掴んできた。
「まず口でいえ! それから罰として仕事を科せと、皆の総意で決まっただろう!」
ムカつくなコイツ。ナガセの代理面してさ。お前を認めた覚えはないんだけどな。
ここで殺すか?
胸に挟んだ拳銃に意識をやる。
だがアジリアの腰にはホルスターがあり、そこには9ミリ拳銃が収められている。こっちが圧倒的に不利ね。私がおっぱい揉みしだいてグロック出す前に、ズドンとやられちゃう。
命拾いしたわね。舌を出して、こつんと自分の頭を叩いた。
「悪かったネ。あの腐れマシラにこき使われて、イッライラしてたの。そんでついプッツンしちゃったのよ。ごめんねクソガキ」
当然アジリアは、このふざけた謝罪を受け入れた様子はなかった。怒りに胸倉を掴む力を強める。だけどそれ以上どうしようもないのは知ってる。アンタはナガセと違って、そこまでの力はないから。
私の予想通り、アジリアは突き飛ばすようにして、私の胸倉から手を離した。そして私から目をそらすと、パギを連れてエレベーターへと戻っていった。
「一人で仕事を続けてくれ。文句はいうなよ」
「アイアイサー!」
安心して。
まだしばらくは、良い子ちゃんでいてあげるわよ。
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