第66話
時間は一時間さかのぼる――
*
「無理だけはするな」
ナガセはそういうと廊下を左折して、甲一号の撃破にむかっていった。
私は右折してサブコントロールへの道を駆けだした。
先陣を切るのが私ことアジリア。その後ろにオストリッチに乗るデージーが続き、アイアンワンドを運ぶ中衛をサクラとパンジーが務めている。後衛にはオストリッチに乗ったサンと徒歩のリリィが続いた。
初めての経験だ。
私が先頭に立って、皆を率いている。
緊張に身体が冷えて、鳥肌が立つのを覚える。
私の采配一つで、人が生き死にする。鉛を食ったかのように、腹の底に重いものを感ぜざるを得ない。
いかん。没頭して視野狭窄に陥らないよう、器用に意識を保たなければならないな。
隣ではデージーが機関銃を構えつつ、オストリッチを並走させている。奴め私の暗い顔色に気付いたのか、心配そうに囁いてきた。
「アジリア大丈夫?」
「私は大丈夫だ。士気が下がることをいうな」
「そ……そう? ならいいんだ」
どこか納得しきれない歯切れの悪い返事だな。おまけに助けを求めるように、背後に視線をくれやがって。
その視線が求めているのは、後詰めのサクラではないだろう。遠く彼方に消えた、ナガセに間違いない。
私の指揮が不安みたいだな。模擬戦をして負けたのだから仕方ないが、私だってあれからいじけていた訳ではない。それ以降の演習は立派に果たして見せたのだ。ここでも務めを果たし、皆から認められたリーダーとなって見せる。
「奴の腐った権威などいらん」
口先でうそぶいた言葉が、虚空に溶ける。
「私が新しく打ち立ててやる」
このユートピアに相応しいコミュニティを。
気をしっかりと持って、脚により力を込めて走った。
目的地のサブコントロールルームは居住区九階の監督区画にあるので、階段を一階降りる必要があった。さらに厳重に封鎖された、セキュリティを抜けなければならない。
我々は何者の妨害を受けることなく、エレベーターホールへの入り口まで辿り着いた。厳重に鉄扉で封がされていて、窓のむこうには目的のエレベーターが微かに見える。
ナガセいわく保管庫のあるこの階は軍人専用で、下階は一般市民専用の為、特別管理が厳しいらしい。
鉄扉を叩いてみた。厚みがあるが――ええい。まだデトコードで切れるかどうかまでは分からん。
「パンジー。C4」
「あいあい」
部隊を近くの小部屋に退避させ、パンジーが仕掛けを終えて戻るのを待つ。やがて彼女が帰ってくると、ドアを閉めて全員を部屋の隅に伏せさせた。
「発破」
私の声を合図に、パンジーが起爆装置を押した。
爆音と共に部屋の外で、空気が圧力となって駆け巡る音がした。我々のいる部屋は砲撃の衝撃を受けたように揺れた。
爆発が収まると、皆を率いて外にでる。鉄扉は綺麗に吹き飛び、エレベーターホールに転がっている。発破場所の周辺は爆圧により、少し抉れてしまっていた。
「量が多すぎだぞ……」
苦言を漏らすと、パンジーは少し恥ずかしそうに唇を尖らせた。
「密室。難しい」
ホールはやや広めのスペースがとられており、エレベーターが三つ並んでいる。入り口付近には簡単な検問所があり、エレベーターを挟んだむかいも同じ構造をしていた。
私は通路で部隊を待機させると、エレベーターに寄って全てのボタンを押してみた。
中央のエレベーターが警告灯を点灯させて動作を止めたが、両脇は駆動を続けた。
「デージー、サクラ、パンジー。掃射の準備。間違ってもパネルは撃つな……」
私が短く告げると、デージーを中心に三人がエレベーター前へと歩みでる。そしてエレベータードアに銃口を向けた。
エレベーターの文字盤の数字が三からどんどん上昇していき、十を数えるとボックスの到着を知らせるベルが鳴った。皆が固唾を飲んで見守る中、ドアがスライドして開いた。
「クソ! いたぞ!」
中には二匹のジンチクがたむろしていた。
三人は私の命令を待たず掃射する。機関銃とアサルトライフルが轟音を上げて鉛玉を吐き出し、床には空薬莢が飛び散った。ジンチクは瞬く間に肉塊となり、ボックスの床に崩れ落ちた。
続いて奥のエレベーターでもボックスの到着ベルが鳴った。私は三人を対処にむかわせて、今しがた掃討の終わったボックスを確認した。
壁には黒々とした弾痕が残り、床にはジンチクの血だまりができている。フェイルセーフ(安全装置。装置の一部が故障している場合、全体の機能を制限する)を外せば動かせるかもしれんが、できれば使いたくはない。
そんな事を考えていると奥のボックスにむかった三人のうち、サクラが声を上げた。
「こっちのボックスは何も入っていないわ。アイアンワンドを入れましょう」
は? サクラ、何を勝手に――あっ……。
サクラはパンジーにいったのかもしれない。だが動いたのは後詰めのアカシアとサンで、持ち場の通路から乗り場に入って、アイアンワンドを奥のエレベーターまで運んだ。
嘘だろ!? こうも簡単に、陣形とは崩れるものなのか!?
異形生命体への制圧射撃が最も有効なのは、身動きの取れない通路内だ。この部屋で迎撃したら、乱戦になってしまう!
「サン! アカシア! 持ち場を離れるな! パンジー。アイアンワンドをボックスに入れてくれ」
すぐに叱咤を入れて、サクラを手招きした。
サクラは不機嫌そうに鼻を鳴らして、私の方へと小走りでかけてきた。
「何?」
「私が指揮官だ。勝手に指示を出してもらっては困る」
言葉の意味を強調するように、自分の胸に親指を付き当てる。
サクラはつまらないプライドを笑うように口の端を吊った。
「でも結局このエレベーターに入れて運ぶのでしょう? 同じことでしょうに」
私にナガセの規律を徹底しようとしたお前が、指揮官以外が命を下してはいけない理由を知らないはずがない。どっちに従うべきか迷ったら、もう統率は乱れるのだ。
「同じことではないのはお前が一番知っているはずだ。それに確認したよな? お前は作戦の立案。私はそれの採択と判断を行うと」
「ええ。したわ。だから入れるよういったのよ」
しれっといい返しやがって、子供の駄々か? 追及するのも腹が立つが、二度とこんなことがあってたまるか。
「さっきのはついうっかりだというのは分かっている。だが誤魔化すのはやめろ。私の命令は聞かなくてもいい。だがナガセの命令は聞きくよな。あいつはその条件下でこの作戦を立てた。私はその作戦を元に動いている。分かるな」
この雌犬め。ナガセの名を耳にしたとたん、唐突に態度を改めやがって。
「ごめんなさい。出過ぎた真似をしたわ」
「これから九階に降りる。頼んだぞ」
私はサクラから顔を離すと、デージーに進行予定の奥の鉄扉で、待機するよう指示を出した。パンジーがエレベーターにアイアンワンドを入れて九階に送ると、我々は元の陣形に戻って、奥の鉄扉から非常階段へ急いだ。
「ねぇ。私たちも一緒に降りちゃ駄目なの?」
背後でサンの声が聞こえた。
「逃げ場がないのに、出待ちされたら危ないでしょ。それに奴らに攻撃されてエレベーターが止まったら、私たちお終いよ。だから荷物だけを先に送るのよ。今はアジリアに従いましょう」
「あの……その……アイアンワンド……壊れないかな」
アカシア不安そうに呻く。
「だから梱包したのよ。駄弁る暇があったら警戒なさい」
サクラはそれ以上サンとアカシアに喋らせなかった。
優秀なだけに、先ほどの越権行為がより腹立たしいものだ。
非常階段はナガセの持ち帰った地図の通り、ドームポリスの北側に位置していた。
鉄扉を開いてそっと踊り場を覗き込むと、巨大な肉の塊がそこに蹲っていた。
ジンチクか? にしては大きいな。自らの頭ほどもある剛腕と、細く萎びた胴体をしている――こいつは……!
「マシラだ!」
僅か二メートルほどの小型のマシラが、踊り場で惰眠を貪っている!
間の悪い事に奴はのそりと巨体を起こして、私を振り返った。
マシラと目が合う。私と同じ人間の目。綺麗に縁取られた白目は充血し、走る血管の一つ一つまで克明に確認できる。そして真っ黒い瞳が、私の心を見透かすように見つめてくる。
迎撃――否――先頭は私――火力を発揮できない――突破?――無理だ――機動力が無い――どうする――どうする――どうする!?
思考で脳が爆発し、逆に真っ白になってしまった。隣でデージーも思考放棄して立ちすくんでいる。後続はこの危機を知った様子はない。
マシラが口元を歪めて、興奮したように荒い息をつき始める。
何をしているんだ私は! 私がやるしかないんだ!
脳裏にナガセの言葉がよみがえる。
『いいか。どんな建物にも、階段の踊り場には防火戸がある。これは火災の際、延焼を防ぐために、区画を密閉する設備だ。ジンチク如きじゃまず破れんから、活用しろ』
私は頭上にある熱感知装置を撃った。警報が鳴り響き、ギロチンのように目の前に防火シャッターが降りた。それから一拍遅れて、シャッターがこちら側に小さくへこんだ。
マシラが殴りつけたのか。間一髪だったな。
銃声と鉄を殴りつける音に、後続はかなり驚いたようだな。小さな悲鳴を上げて、鉄扉から遠ざかる気配がする。その中でサクラだけが歩み寄ってきた。
「どうしたの?」
「マシラが……踊り場を塞いでいる……だからシャッターで塞いだ」
私が答える間にも、マシラはシャッターの向こうで派手に暴れている。
「くぐり戸は使えないの?」
サクラが焦りを滲ませながらいった。
防火シャッターには人間が閉じ込められないよう、扉の一部を押し開けられるくぐり戸が設けてある。だがそこをマシラがガンガン叩いているのだぞ? 開けられる状況にないし、ドア枠が歪み始めている。開くかどうかすら怪しい。
それにだな――
「使えたところで、むこうにいるマシラを撃つのは骨だ」
サクラは難しい顔をして、爪の先を軽く噛んだ。
「C4も無理ね。踊り場ごと吹き飛ばすかも」
「ここはもうだめだ。第二のルートを選ぶぞ。一つ隣の非常階段へ向かう」
デージーに転進を指示して、非常階段と並走する通路を駆けだした。
流石に二つの非常階段を、マシラが塞いでいることはあるまい。何も問題はない。上手くいく……上手く――え?
目的地に辿り着く前にデージーが足を止めると、恐怖に引きつった顔で振り返った。
通路ではヤマンバが、その巨体を詰まらせていた。
何がどうなって、こうなったかは分からない。パイプに詰まった肉みたいに、通路全体を自らの身体で埋めている。そしてのそのそと四肢を動かして、壁面に肉を擦りつけながら移動していた。
舌打ちをして判断を迷う。
引き返すか。C4で吹き飛ばすか。
しかし答えをだすより早く、ヤマンバが怪しく身じろぎをした。
ヤマンバの肉の割れ目から奇妙な肉塊がひり出てくると、身震いして辺りに粘液を振り撒いた。
ジンチクである。
「デージーィィィ!」
アサルトライフルの引き金を絞りつつ、喉が千切れんばかりに絶叫した。
デージーは即座に火力支援を行い、ジンチクを肉片に変えていく。彼女は全てのジンチクを射殺すると、射線を床から持ち上げてヤマンバを狙い始めた。
「ヤマンバはほっておけ! 弾が勿体ない! サクラ! 先導しろ! 最初の踊り場まで撤退する!」
サクラは素早くサンを先頭として、きた道を引き返し始めた。そして最初の踊り場まで戻った時、サンが悲鳴を上げた。
「マッ! マシラ!」
防火戸を破ったのか!? ここからでは状況を確認できない。私が足ぶんでいると掃射の音がして、マズルフラッシュがちらついた。私は中衛のパンジーを押し退けて、隊の先頭へと進みでた。
防火戸は破られていない。しかしくぐり戸が何かの拍子に開いたのだろう。マシラその小さいスペースに身体を捻じ込ませて、綺麗に挟まっていたのだった。
マシラは銃撃を受けながらも、くぐり戸に入れた右腕をサンにむけて振り回している。ぎりぎり手は届いていないが、少しずつ、少しずつ、奴はくぐり戸を抜け始めていた。
ここでは留まることもできない!
「その小部屋に入れ!」
私は近くの小部屋にサクラたちを押し、後続にも中に入るよう促した。
防火戸で鉄が歪む音がした気がしたが――見ると銃撃を受けて、くぐり戸の枠が割れてしまっている。マシラはくぐり戸の穴を押し広げて、通路に入ってこようとしていた。
「死ね! クズが!」
アサルトラフルをマシラの頭部に乱射する。奴の頭は潰れた果実みたいにぐしゃぐしゃになったが、それでも動きを止めようとはしない。私は撃ちながら、手榴弾のピンを口で抜いた。
最後列のデージーが小部屋に入ると、私はマシラの足元に手榴弾を転がして小部屋に退避した。
ドアを閉めて数秒後、手榴弾が爆発する。断末魔は爆音に消えて聞こえなかった。
恐る恐るドアを開けて防火戸を覗き込むと、マシラの上半身が消し飛んでいた。やっと死んだか。
一つ溜息を吐くと、胸に手を当てて心を落ち着けさせた。
自信をしっかり持て。浮つくな。そう心で繰り返し、自分の為すべきことをしっかりと見据える。
余裕が戻ってくると、サクラを振り返った。
「サクラ。第三のルートへと遠回りするべきか、それともこの防火戸を無理やりこじ開けるべきか、どっちが最善だと思う?」
「第三のルートは、第二のルートで行けなかった以上、遠回り過ぎるわ。マシラを殺したのでしょう? 第一のルートで続行すればいいと思うけど」
「ナガセが報告しなかった、マシラが紛れ込んでいたのが気になる。私たちが想定しているのは、ジンチク、ムカデ、ヤマンバだ。この先奴らがいたら私らでは勝てんぞ」
サクラは考えるようにやや視線を伏せたが、すぐに顔を上げてまっすぐに私を見た。
「エレベーターをボックスで移動するんじゃなくて、シャフトから降りるのはどう? 斥候を放って、安全を確保してから全員が進出。数人ならシャフトでの身動きもしやすいでしょう」
サクラの提案に、部隊が騒めきだつ。
「さっきエレベーターは、逃げ場がないって言ったばかりじゃんか!」
「もう帰ろう。ナガセは言ってたよね。想定と少しでも違ったら逃げろって」
「あとは。ナガセが。何とか。してくれる」
「あの……その……勝手な事したら……ナガセ怒るんじゃないかな」
確かにその通りだ。だが私の見栄を抜きにしても、ここで踏ん張るべきだ。
あいつはそう遠くない未来に死ぬ。その時『ナガセが何とかしてくれる』は通用しない。
私――いや、我々はここで戦い、あいつから自立しないといけないのだ。
「いや。まだできることは残っているし、撤退には早い。それにここで踏ん張らなければ、より危険な撤退戦をすることになるぞ」
部隊の面々は、難しそうな顔をして唇を噛んだ。
今ここで戦うのと、撤退するの。
私の命に従うのと、ナガセの命に従うの。
その狭間で揺れているようだが、何より斥候の任を振られるのを怖がっているに違いない。
「斥候には私が行くわ。それなら文句ないでしょう?」
サクラが悩みを見抜いたように、鶴の一声を上げる。お前はナガセに認められたいがために躍起になっているようだが、それはそれで不安だな。
ならどうすべきか。
「いや。私が行く。サクラが代わりに指揮を執れ。作戦は続行。一度エレベーターまで戻るぞ」
サクラは意外そうに眼を丸める。だがあれほど欲しがった指揮権を貰えるのだ。口を挟まなかった。他の皆も異論を挟まない。彼女らはまだ、誰かが引っ張ってくれないと立てないのだ。
先が思いやられる。
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