第66話

 時間は一時間さかのぼる――






「無理だけはするな」

 ナガセはそういうと廊下を左折して、甲一号の撃破にむかっていった。

 私は右折してサブコントロールへの道を駆けだした。


 先陣を切るのが私ことアジリア。その後ろにオストリッチに乗るデージーが続き、アイアンワンドを運ぶ中衛をサクラとパンジーが務めている。後衛にはオストリッチに乗ったサンと徒歩のリリィが続いた。


 初めての経験だ。

 私が先頭に立って、皆を率いている。

 緊張に身体が冷えて、鳥肌が立つのを覚える。

 私の采配一つで、人が生き死にする。鉛を食ったかのように、腹の底に重いものを感ぜざるを得ない。


 いかん。没頭して視野狭窄に陥らないよう、器用に意識を保たなければならないな。

 隣ではデージーが機関銃を構えつつ、オストリッチを並走させている。奴め私の暗い顔色に気付いたのか、心配そうに囁いてきた。

「アジリア大丈夫?」

「私は大丈夫だ。士気が下がることをいうな」

「そ……そう? ならいいんだ」

 どこか納得しきれない歯切れの悪い返事だな。おまけに助けを求めるように、背後に視線をくれやがって。

 その視線が求めているのは、後詰めのサクラではないだろう。遠く彼方に消えた、ナガセに間違いない。


 私の指揮が不安みたいだな。模擬戦をして負けたのだから仕方ないが、私だってあれからいじけていた訳ではない。それ以降の演習は立派に果たして見せたのだ。ここでも務めを果たし、皆から認められたリーダーとなって見せる。

「奴の腐った権威などいらん」

 口先でうそぶいた言葉が、虚空に溶ける。

「私が新しく打ち立ててやる」

 このユートピアに相応しいコミュニティを。

 気をしっかりと持って、脚により力を込めて走った。


 目的地のサブコントロールルームは居住区九階の監督区画にあるので、階段を一階降りる必要があった。さらに厳重に封鎖された、セキュリティを抜けなければならない。

 我々は何者の妨害を受けることなく、エレベーターホールへの入り口まで辿り着いた。厳重に鉄扉で封がされていて、窓のむこうには目的のエレベーターが微かに見える。

 ナガセいわく保管庫のあるこの階は軍人専用で、下階は一般市民専用の為、特別管理が厳しいらしい。


 鉄扉を叩いてみた。厚みがあるが――ええい。まだデトコードで切れるかどうかまでは分からん。

「パンジー。C4」

「あいあい」

 部隊を近くの小部屋に退避させ、パンジーが仕掛けを終えて戻るのを待つ。やがて彼女が帰ってくると、ドアを閉めて全員を部屋の隅に伏せさせた。


「発破」

 私の声を合図に、パンジーが起爆装置を押した。

 爆音と共に部屋の外で、空気が圧力となって駆け巡る音がした。我々のいる部屋は砲撃の衝撃を受けたように揺れた。

 爆発が収まると、皆を率いて外にでる。鉄扉は綺麗に吹き飛び、エレベーターホールに転がっている。発破場所の周辺は爆圧により、少し抉れてしまっていた。


「量が多すぎだぞ……」

 苦言を漏らすと、パンジーは少し恥ずかしそうに唇を尖らせた。

「密室。難しい」

 ホールはやや広めのスペースがとられており、エレベーターが三つ並んでいる。入り口付近には簡単な検問所があり、エレベーターを挟んだむかいも同じ構造をしていた。


 私は通路で部隊を待機させると、エレベーターに寄って全てのボタンを押してみた。

 中央のエレベーターが警告灯を点灯させて動作を止めたが、両脇は駆動を続けた。

「デージー、サクラ、パンジー。掃射の準備。間違ってもパネルは撃つな……」

 私が短く告げると、デージーを中心に三人がエレベーター前へと歩みでる。そしてエレベータードアに銃口を向けた。


 エレベーターの文字盤の数字が三からどんどん上昇していき、十を数えるとボックスの到着を知らせるベルが鳴った。皆が固唾を飲んで見守る中、ドアがスライドして開いた。

「クソ! いたぞ!」

 中には二匹のジンチクがたむろしていた。

 三人は私の命令を待たず掃射する。機関銃とアサルトライフルが轟音を上げて鉛玉を吐き出し、床には空薬莢が飛び散った。ジンチクは瞬く間に肉塊となり、ボックスの床に崩れ落ちた。


 続いて奥のエレベーターでもボックスの到着ベルが鳴った。私は三人を対処にむかわせて、今しがた掃討の終わったボックスを確認した。

 壁には黒々とした弾痕が残り、床にはジンチクの血だまりができている。フェイルセーフ(安全装置。装置の一部が故障している場合、全体の機能を制限する)を外せば動かせるかもしれんが、できれば使いたくはない。


 そんな事を考えていると奥のボックスにむかった三人のうち、サクラが声を上げた。

「こっちのボックスは何も入っていないわ。アイアンワンドを入れましょう」

 は? サクラ、何を勝手に――あっ……。

 サクラはパンジーにいったのかもしれない。だが動いたのは後詰めのアカシアとサンで、持ち場の通路から乗り場に入って、アイアンワンドを奥のエレベーターまで運んだ。

 嘘だろ!? こうも簡単に、陣形とは崩れるものなのか!?

 異形生命体への制圧射撃が最も有効なのは、身動きの取れない通路内だ。この部屋で迎撃したら、乱戦になってしまう!


「サン! アカシア! 持ち場を離れるな! パンジー。アイアンワンドをボックスに入れてくれ」

 すぐに叱咤を入れて、サクラを手招きした。

 サクラは不機嫌そうに鼻を鳴らして、私の方へと小走りでかけてきた。

「何?」

「私が指揮官だ。勝手に指示を出してもらっては困る」

 言葉の意味を強調するように、自分の胸に親指を付き当てる。

 サクラはつまらないプライドを笑うように口の端を吊った。


「でも結局このエレベーターに入れて運ぶのでしょう? 同じことでしょうに」

 私にナガセの規律を徹底しようとしたお前が、指揮官以外が命を下してはいけない理由を知らないはずがない。どっちに従うべきか迷ったら、もう統率は乱れるのだ。

「同じことではないのはお前が一番知っているはずだ。それに確認したよな? お前は作戦の立案。私はそれの採択と判断を行うと」

「ええ。したわ。だから入れるよういったのよ」

 しれっといい返しやがって、子供の駄々か? 追及するのも腹が立つが、二度とこんなことがあってたまるか。


「さっきのはついうっかりだというのは分かっている。だが誤魔化すのはやめろ。私の命令は聞かなくてもいい。だがナガセの命令は聞きくよな。あいつはその条件下でこの作戦を立てた。私はその作戦を元に動いている。分かるな」

 この雌犬め。ナガセの名を耳にしたとたん、唐突に態度を改めやがって。

「ごめんなさい。出過ぎた真似をしたわ」

「これから九階に降りる。頼んだぞ」


 私はサクラから顔を離すと、デージーに進行予定の奥の鉄扉で、待機するよう指示を出した。パンジーがエレベーターにアイアンワンドを入れて九階に送ると、我々は元の陣形に戻って、奥の鉄扉から非常階段へ急いだ。

「ねぇ。私たちも一緒に降りちゃ駄目なの?」

 背後でサンの声が聞こえた。

「逃げ場がないのに、出待ちされたら危ないでしょ。それに奴らに攻撃されてエレベーターが止まったら、私たちお終いよ。だから荷物だけを先に送るのよ。今はアジリアに従いましょう」


「あの……その……アイアンワンド……壊れないかな」

 アカシア不安そうに呻く。

「だから梱包したのよ。駄弁る暇があったら警戒なさい」

 サクラはそれ以上サンとアカシアに喋らせなかった。

 優秀なだけに、先ほどの越権行為がより腹立たしいものだ。


 非常階段はナガセの持ち帰った地図の通り、ドームポリスの北側に位置していた。

 鉄扉を開いてそっと踊り場を覗き込むと、巨大な肉の塊がそこに蹲っていた。

 ジンチクか? にしては大きいな。自らの頭ほどもある剛腕と、細く萎びた胴体をしている――こいつは……!

「マシラだ!」

 僅か二メートルほどの小型のマシラが、踊り場で惰眠を貪っている!


 間の悪い事に奴はのそりと巨体を起こして、私を振り返った。

 マシラと目が合う。私と同じ人間の目。綺麗に縁取られた白目は充血し、走る血管の一つ一つまで克明に確認できる。そして真っ黒い瞳が、私の心を見透かすように見つめてくる。


 迎撃――否――先頭は私――火力を発揮できない――突破?――無理だ――機動力が無い――どうする――どうする――どうする!?

 思考で脳が爆発し、逆に真っ白になってしまった。隣でデージーも思考放棄して立ちすくんでいる。後続はこの危機を知った様子はない。


 マシラが口元を歪めて、興奮したように荒い息をつき始める。

 何をしているんだ私は! 私がやるしかないんだ!

 脳裏にナガセの言葉がよみがえる。

『いいか。どんな建物にも、階段の踊り場には防火戸がある。これは火災の際、延焼を防ぐために、区画を密閉する設備だ。ジンチク如きじゃまず破れんから、活用しろ』


 私は頭上にある熱感知装置を撃った。警報が鳴り響き、ギロチンのように目の前に防火シャッターが降りた。それから一拍遅れて、シャッターがこちら側に小さくへこんだ。

 マシラが殴りつけたのか。間一髪だったな。

 銃声と鉄を殴りつける音に、後続はかなり驚いたようだな。小さな悲鳴を上げて、鉄扉から遠ざかる気配がする。その中でサクラだけが歩み寄ってきた。


「どうしたの?」

「マシラが……踊り場を塞いでいる……だからシャッターで塞いだ」

 私が答える間にも、マシラはシャッターの向こうで派手に暴れている。

「くぐり戸は使えないの?」

 サクラが焦りを滲ませながらいった。

 防火シャッターには人間が閉じ込められないよう、扉の一部を押し開けられるくぐり戸が設けてある。だがそこをマシラがガンガン叩いているのだぞ? 開けられる状況にないし、ドア枠が歪み始めている。開くかどうかすら怪しい。

 それにだな――


「使えたところで、むこうにいるマシラを撃つのは骨だ」

 サクラは難しい顔をして、爪の先を軽く噛んだ。

「C4も無理ね。踊り場ごと吹き飛ばすかも」

「ここはもうだめだ。第二のルートを選ぶぞ。一つ隣の非常階段へ向かう」

 デージーに転進を指示して、非常階段と並走する通路を駆けだした。

 流石に二つの非常階段を、マシラが塞いでいることはあるまい。何も問題はない。上手くいく……上手く――え?


 目的地に辿り着く前にデージーが足を止めると、恐怖に引きつった顔で振り返った。

 通路ではヤマンバが、その巨体を詰まらせていた。

 何がどうなって、こうなったかは分からない。パイプに詰まった肉みたいに、通路全体を自らの身体で埋めている。そしてのそのそと四肢を動かして、壁面に肉を擦りつけながら移動していた。


 舌打ちをして判断を迷う。

 引き返すか。C4で吹き飛ばすか。

 しかし答えをだすより早く、ヤマンバが怪しく身じろぎをした。


 ヤマンバの肉の割れ目から奇妙な肉塊がひり出てくると、身震いして辺りに粘液を振り撒いた。

 ジンチクである。

「デージーィィィ!」

 アサルトライフルの引き金を絞りつつ、喉が千切れんばかりに絶叫した。

 デージーは即座に火力支援を行い、ジンチクを肉片に変えていく。彼女は全てのジンチクを射殺すると、射線を床から持ち上げてヤマンバを狙い始めた。

「ヤマンバはほっておけ! 弾が勿体ない! サクラ! 先導しろ! 最初の踊り場まで撤退する!」


 サクラは素早くサンを先頭として、きた道を引き返し始めた。そして最初の踊り場まで戻った時、サンが悲鳴を上げた。

「マッ! マシラ!」

 防火戸を破ったのか!? ここからでは状況を確認できない。私が足ぶんでいると掃射の音がして、マズルフラッシュがちらついた。私は中衛のパンジーを押し退けて、隊の先頭へと進みでた。


 防火戸は破られていない。しかしくぐり戸が何かの拍子に開いたのだろう。マシラその小さいスペースに身体を捻じ込ませて、綺麗に挟まっていたのだった。

 マシラは銃撃を受けながらも、くぐり戸に入れた右腕をサンにむけて振り回している。ぎりぎり手は届いていないが、少しずつ、少しずつ、奴はくぐり戸を抜け始めていた。

 ここでは留まることもできない!


「その小部屋に入れ!」

 私は近くの小部屋にサクラたちを押し、後続にも中に入るよう促した。

 防火戸で鉄が歪む音がした気がしたが――見ると銃撃を受けて、くぐり戸の枠が割れてしまっている。マシラはくぐり戸の穴を押し広げて、通路に入ってこようとしていた。

「死ね! クズが!」

 アサルトラフルをマシラの頭部に乱射する。奴の頭は潰れた果実みたいにぐしゃぐしゃになったが、それでも動きを止めようとはしない。私は撃ちながら、手榴弾のピンを口で抜いた。


 最後列のデージーが小部屋に入ると、私はマシラの足元に手榴弾を転がして小部屋に退避した。

 ドアを閉めて数秒後、手榴弾が爆発する。断末魔は爆音に消えて聞こえなかった。

 恐る恐るドアを開けて防火戸を覗き込むと、マシラの上半身が消し飛んでいた。やっと死んだか。


 一つ溜息を吐くと、胸に手を当てて心を落ち着けさせた。

 自信をしっかり持て。浮つくな。そう心で繰り返し、自分の為すべきことをしっかりと見据える。

 余裕が戻ってくると、サクラを振り返った。

「サクラ。第三のルートへと遠回りするべきか、それともこの防火戸を無理やりこじ開けるべきか、どっちが最善だと思う?」

「第三のルートは、第二のルートで行けなかった以上、遠回り過ぎるわ。マシラを殺したのでしょう? 第一のルートで続行すればいいと思うけど」

「ナガセが報告しなかった、マシラが紛れ込んでいたのが気になる。私たちが想定しているのは、ジンチク、ムカデ、ヤマンバだ。この先奴らがいたら私らでは勝てんぞ」


 サクラは考えるようにやや視線を伏せたが、すぐに顔を上げてまっすぐに私を見た。

「エレベーターをボックスで移動するんじゃなくて、シャフトから降りるのはどう? 斥候を放って、安全を確保してから全員が進出。数人ならシャフトでの身動きもしやすいでしょう」


 サクラの提案に、部隊が騒めきだつ。

「さっきエレベーターは、逃げ場がないって言ったばかりじゃんか!」

「もう帰ろう。ナガセは言ってたよね。想定と少しでも違ったら逃げろって」

「あとは。ナガセが。何とか。してくれる」

「あの……その……勝手な事したら……ナガセ怒るんじゃないかな」


 確かにその通りだ。だが私の見栄を抜きにしても、ここで踏ん張るべきだ。

 あいつはそう遠くない未来に死ぬ。その時『ナガセが何とかしてくれる』は通用しない。

 私――いや、我々はここで戦い、あいつから自立しないといけないのだ。


「いや。まだできることは残っているし、撤退には早い。それにここで踏ん張らなければ、より危険な撤退戦をすることになるぞ」

 部隊の面々は、難しそうな顔をして唇を噛んだ。

 今ここで戦うのと、撤退するの。

 私の命に従うのと、ナガセの命に従うの。

 その狭間で揺れているようだが、何より斥候の任を振られるのを怖がっているに違いない。


「斥候には私が行くわ。それなら文句ないでしょう?」

 サクラが悩みを見抜いたように、鶴の一声を上げる。お前はナガセに認められたいがために躍起になっているようだが、それはそれで不安だな。

 ならどうすべきか。

「いや。私が行く。サクラが代わりに指揮を執れ。作戦は続行。一度エレベーターまで戻るぞ」

 サクラは意外そうに眼を丸める。だがあれほど欲しがった指揮権を貰えるのだ。口を挟まなかった。他の皆も異論を挟まない。彼女らはまだ、誰かが引っ張ってくれないと立てないのだ。

 先が思いやられる。

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