第65話

 プロテアたちのいる向かいの施設からも銃声が響いてきた。むこうにもジンチクが沸いたようだが、女々しく泣き喚いていないので一応は無事の様である。

 しかし銃声は断続して止まないので、囲まれつつあるようだな。かくいう俺の方にも、わらわらと湧き始めた。

 殺したジンチクに食らい付いたかと思いきや、顔を上げて俺に気付く。そして涎を垂らして飛びかかってくるのだ。施設の出入り口はジンチクの死体と、大きな血だまりで埋まっていった。


 やがて二本目のドラム缶の充填が終わった。手早く投入口を閉鎖し、供給パイプへのバルブを解放する。タンクは緩く回転し始め、内容物を甲一号へと送り出した。

 目的は達成した。後はプロテアたちだけだ。


 俺は一体のオストリッチを卵に戻すと、空のドラム缶に投げ込んだ。

 ドラム缶の側面に足をかけて、出入り口の血だまりを渡っていく。もう一体のオストリッチは置き去りだが、必死になって回収するほどではない。遺棄だ。

 外に出るとすぐにオストリッチを展開して、その背中に跨るとプロテアらの元へ走った。


 想定外というか、予想通りというか。

 プロテアらに任せた供給施設の出入り口にも、ジンチクの大きな血だまりができていた。中では彼女たちが立ち往生しており、マリアとリリィがプロテアに身を寄せて震えている。

 マリアがオストリッチに乗る俺を見て、必死に懇願してきた。

「ナナナ……ナガセ! でれないよぉ! ちょと待て……おいてかないでよぉ!」

「見捨てたりせん。その上で聞け。作業は無事終えたか?」

「全部ぶち込んでバルブも回したよ!」

「確認しろ。後戻りはできん」

 彼女らは慌ててタンクに飛び掛かる。そしてメーターと弁に視線を走らせた。


「終わった! 大丈夫だ!」

 プロテアが返事をする。なら結構だ。自分がしたことと同じ指示を出すと、彼女らは言われた通りにしてジンチクの血溜りを渡った。


 バイオプラントを後にして階段の踊り場までくると、一度足を止めて体勢を立て直す。

 オストリッチにそれぞれをプロテアとマリアに乗せ、リリィは俺の膝の上に乗せてやった。

 しかしリリィはよっぽど怖かったのか。オストリッチの首ではなく、俺にしがみついていやがる。軽く頭を撫でて慰めてやる。


 俺たちは成果を確かめに、階下の冬眠施設へ降りていく。その最中、プロテアが不安そうな声を上げた。

「上手くいったのか!? 血やバイヨウエキと混ざったんじゃないのか!」

「それはな。だが推進剤は血液と混ざったくらいで不活性化せん。反応は鈍るが、むしろそのおかげで身体中に行き渡ってから、一気に気泡化してくれるだろう」

 部隊は冬眠施設の踊り場に降り立つ。俺はプロテアたちと扉の脇に潜み、冬眠施設で変化が起きるのをじっと待った。


 彼女たちは緊張に固唾を飲み、銃を持つ手に力を込める。その心臓が早鐘を打っているのが傍目にも分かるほど、彼女らの息は荒く、胸を小刻みに上下させていた。


 数分立った。だがまだ変化はない。冬眠施設は平穏なままだ。彼女たちの顔色が暗くなっていき、俺もこれ以上留まるべきではないと考え始める。

 やむをえん。断腸の思いで撤退を指示しようとした。


 その時、冬眠施設から屁のような音がした。

 ハッと顔を上げる。甲一号の体の割れ目から、気体が吹き出たのか? 

 期待に応えるように屁の音は次第に大きくなっていき、下痢でもひり出すかのような下品な水音を立てだした。やがて冬眠施設からは悲鳴とも泣き声ともつかない奇妙な呻きが響きはじめ、ショウジョウが騒ぐ金切り声が後に続いた。


「効いてるの?」

 ぼそりとマリアが呟く。俺は唇に人差し指を立てて、静かにするよう仕草で示した。

 冬眠施設では何かが身悶えし、筋肉の軋む音がしはじめる。それに骨が砕ける音が続くと、水音がにちゃつく不快な物に変化した。

 きっと甲一号の割れ目から吹き出る汁に、肉や内臓が混じって詰まり出したに違いない。その証拠に屁の音と水音が鳴りを潜めていく。やがて完全に穴が詰まったのか、水音がやみ、ぎゅるぎゅると腹の鳴るような音がした。


 そして――限界を迎えたように、破裂音がした。


 まるで溜め込んだものを吐き出すかのように、びちゃびちゃと血肉が飛び散る音がする。それから重い肉が床に落ちる、重苦しい音と振動が響いてきた。

 無事吹き飛ばせたようだ。さてトドメだ。冬眠施設には推進剤が反応して、発生した気体が充満している。

 当然それは燃焼する。


「ロケットランチャー」

 俺が短くいうと、プロテアが背負っていたランチャーを差し出した。

 俺はランチャーの柄を取らず、プロテアの肩に手を置く。そして引き寄せると、彼女に構えさせた。

「お前が撃つんだ。これで名誉挽回だ」

 プロテアはいつもの豪胆さが嘘のように目を丸くする。遠慮している様子ではなさそうだ。視線をそらし不安そうに俯いていることから、自信が無いようだな。

 誘引での失態、サンに対する暴力で、まだ自分を見失っているのだろう。

 プロテアは問答を避けるように、俺にランチャーを押し返した。


「気体がここまできたら、俺らも吹き飛ぶぞ。時間がない。早くしろ」

 俺が無理やりプロテアを座らせると、彼女は観念したのか初々しい動作で膝を付き、ロケットランチャーを肩に乗せて構えた。

「お前ら伏せろ。きついのがくるぞ」

 マリアとリリィに指示すると、プロテアと共に狙いを定めた。

 標的は冬眠施設内部、深い闇を湛える入り口だ。

 プロテアはちゃちなスコープを覗き込み、ランチャーを小刻みに動かして標的へと狙いを定めた。俺は長年の経験をして、それに微調整を加えた。


 プロテアは引き金を絞ろうとするが、緊張に震える指に力がこもらないようだ。その指はトリガーに引っかかったまま動かない。

 俺はそっと屈みこむと、プロテアの背中から手を回す。そして彼女の手に、自分の手を添えてやった。


 ピタリと、プロテアの震えが止まった。そして彼女は引き金を絞った。

 卵型の飛翔体が風を切って飛んでいき、冬眠施設の中へと吸い込まれていった。

 結果を確認する暇も余裕も安全もない。俺は素早くドアを閉めて鍵をかけた。

 ぼぅっとするプロテアをドア脇の影へと引きずり込み、そのまま彼女を押し倒して庇う様にうつ伏せに覆い被さった。


 ロケット弾の爆音がし、それを塗りつぶすほどの激しい爆発が巻き起こった。冬眠施設全体が激しく揺れ、閉じたドアはこちら側に大きくへこみ、枠が部品を飛ばして軋んだ。歪んだドアの隙間から抑えきれなかった爆風が零れ、それは音としてではなくキンッとした耳鳴りとして鼓膜に届いた。

 爆発が収まると、俺は耳をほじくりながら体を起こした。

 クソが。耳鳴りのせいで、良く音が聞こえない。他の彼女たちも同様だ。リリィがふらふら立ち上がる横で、マリアが耳に手を当てながら口をパクパクとさせていた。

 プロテアものそりと身を起こして、音を確認するように耳元で指を鳴らしている。だが彼女はすぐにそれを止め、成果を気にするようにひしゃげたドアに視線を注いだ。


 俺はライフスキンのライトを明滅させて、彼女たちの注意を集めた。そして聴覚が戻るまで周囲を警戒するよう促す。自分は歪んで開かなくなったドアの蝶番を、デトコードで焼き切る事にした。


 歪んだ鉄扉を剥がし終える頃には、俺の聴覚は片方だけ戻ってきた。右耳の鼓膜はイカれたらしい。まあいい。プロテアたちが無事ならそれでいいんだ。

 彼女らの聴覚は全員無事に戻ったようで、サムズアップでそのことを伝えてきた。

 本当に。それだけでいいんだ。


「戦果を確認しに行くぞ。続け。くたばり損ないがいるかも知れん。警戒を厳にせよ」

 俺はひらりとオストリッチに跨ると、リリィを膝元に抱える。そして剥がした鉄扉を踏み越えて、冬眠施設へと踏み入っていった。


 冬眠施設外縁部にある研究施設は、爆発前とさして変わりない。ただショウジョウが何匹か、爆発の衝撃に煽られて気を失っていた。仕留めておきたいが、相手にする余裕がない。

 そして肝心の冬眠施設内部だが、ここは凄まじい様相の変化を見せていた。陳列する冬眠ポッドのガラスには、目につく限り亀裂が入っている。そして壁面にはそこかしこにススの跡が残っていた。通路には生焼けのショウジョウが転がっており、身体から湯気を上げていた。


 やがて俺は甲一号が我が物顔でのさばっていた、中央コントロール室前で足を止めた。

 垂れ下がる巨大な肉塊も、それに腰を打ち付けるショウジョウも見当たらない。ただサイズの不均一な肉の塊が、部屋中に散らばっている。大きいものは車ほど、小さいものはサッカーボールほどである。それらは未だにくすぶっており、炎と共に黒煙を巻き上げていた。

 室内は血で雑に塗装されたようで、白を基調とした色彩が赤黒いものになっている。その血も爆熱で乾燥したようで、天井からは乾いた血の被膜が剥がれ落ちているのだった。


 上等だ。

 満足する俺の膝元で、リリィが信じられない様に口をあんぐりとさせていた。

「あ……あんなでっかいの……死んじゃった……」

「わぉ……私たちすご~い……」

 マリアも喜んでいるのか、驚いているのか分からない、気の抜けた声を上げる。

 プロテアは自らの引き金が起こした戦果に、付いていけない様子である。一言もしゃべらず、ただ生唾を飲み込む音を一度だけ立てた。


 とにかくこれでクソ共が増える心配はなくなったな。

「甲一号撃破を確認。任務完了。これより合流地点へ退避する。以降の方針は別動隊の状況をもって判断する。続け」

『了解』

 彼女たちが声を揃え、大声で返事をした。この大仕事の後だと言うのに、そこには以前のようなはきはきとした活気が戻ってきている。自信を取り戻し、戦場に順応したのだろう。

 可愛らしいことで。

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