第64話

「派手にやってるな……」

 プロテアが心配そうにぼそりと呟いた。

 アジリアとサクラが率いているのだ。きちんと統制が取れているに違いない。間違っても、誘爆や誤爆で壊滅しないはずだ。自分にそう信じ込ませると、オストリッチの手綱を握る手により力を込めた。


 四階――バイオプラントの踊り場に到着する。区画は両開きの重厚なドアで閉ざされており、付近に死骸も無ければ異形生命体の姿も見当たらなかった。

 俺はオストリッチから降りて、ドアを丹念に調べた。今度のは分厚いな。デトコードでは歯が立ちそうにない。逆にC4では踊り場ごと吹き飛ばすかもしれん。テルミットで鍵を溶かすか。


 ことに及ぶ前に鉄扉に耳を当てて、中の様子を探った。何かが這いずり回る音が、そこかしこから響いている。ゴキブリの営巣を探り当てたかのように、全身に鳥肌がたっちまった。

「機関銃を構えとけ。クソの肉袋がうじゃうじゃいやがる」

 彼女たちにそう声をかけて鉄扉から遠ざけると、ドアノブにテルミットの缶詰を引っ掛けて導火線に火を点けた。


 導火線が缶の中に火を配り、詰めたテルミットが火花をあげて燃え上がった。すぐに缶は白熱をあげ、ドアの金属を溶解していった。

 ドアノブが変形し、炎はどんどん鉄を白熱する液体に変えていく。やがて溶けた鉄がどろりと流れ、扉に封をする錠と共に滴っていった。


 ドアを蹴り開けると、すかさず手榴弾をいくつか放り込んだ。彼女たちも、ドアの向こうへと機銃掃射を行った。

 バイオプラントから肉と血の飛び散る音が響き、ジンチクの耳障りな断末魔が尾を引いた。やがて手榴弾の爆発音がして、内部は一瞬だけ静寂を取り戻した。

 どうなったかな? バイオプラントを覗き込むと短い廊下があるのだが、そこにはジンチクの糞が溜まっており、先程掃討したジンチクが仰向けになってひっくり返っていた。奴らは痙攣しながら血を流していたが、炭素を溶かす危険な血液は死体の周りに留まっている。糞に混じらず、弾かれているからだ。


 慎重に廊下に足を踏み入れると、彼女たちに続くようハンドサインを送った。

 廊下の奥にはビニルハウスに囲まれた区画が広がっていて、そこも糞で埋めつくされてむせるような汚臭が立ち込めていた。しかもその周辺から、異形生命体が蠢く物音が絶え間なく聞こえてくる。


 くそ。かなり荒らされているな。ひとまず甲一号が、どのようにして栄養を摂取しているか確認するか。

 隙なくアサルトライフルを構えながら、ビニルを破ってハウスの中に入った。途端に湿度が高くなり、蒸し暑さが肌に張り付いてくる。

 真っ先に視界に入ったのが、植物の入ったトレイだ。それが一つの棚に、五段ほど積まれて設置されている。栽培された植物は収穫されずに放置され、成長しすぎた茎を床に這わせていた。


 俺はジンチクに食い荒らされた植物を踏みつけ、より奥を目指す。

 今度は食肉プラントが見えてきたな。バイオプラントの肉は、培養によって量産されている。この技術は汚染世界で生まれたもので、人類に残された数少ないタンパク質だった。

 培養方法は意外に簡単である。金網の足場に培養する幹細胞を貼り付け、培養液に浸しつつ金網に電気を流し、筋収縮による運動をさせて鍛えるのだ。すると肉は成長して、食用足る大きさまでになるそうである。


 本来ならば食肉プラントには培養水槽が置かれ、金網が浸されているはずである。しかし俺が目にしたのは、蟻地獄のような肉の渦だった。

 食肉プラントの区画一帯は大きく陥没して直径十メートルほどの大穴が空いており、隙間なく赤黒い肉でびっちりと埋まっていた。肉はまるで渦のような肉ひだを持っており、中央には肛門に似た痙攣する穴があった。

 恐らくこれが、甲一号の根元だろう。

 甲一号は触手のように穴の縁へと、丸太ほどもある手足を伸ばしている。それも一本や二本ではなく、タコの様に何本もだ。そうしてバイオプラントの床にしがみ付き、近場のパイプに縋り付いて、下にずり落ちないように気張っていた。


 肉ひだの表面には金網が何十枚と顔を出しており、その付近は電気刺激を受けてひくついている。同様に培養液の供給パイプが肉の合間に埋もれており、そこから汁を吸うような音を立てていた。


 まるでイカれた博士が作った、フランケンシュタインだ。

 俺の隣でプロテアとマリアが、息を飲んで口元を手で覆った。後ろではリリィが耐えきれなくなり、俯いて激しく嘔吐している。

 俺はリリィの背中をさすりながら、供給パイプの出所を眼で追う。パイプは肉から天井に伸び、そこから左右に分かれて、バイオプラントの両端にある大部屋に伸びていた。


「あそこが培養液の供給施設か……ドラム缶を取りに行くぞ」

 踵を返してバイオプラントのエレベーターに足を向ける。道中ジンチクが何匹か通せんぼをしてきたが、ライフルで撃ち殺し銃身で脇に転がした。


 エレベーターは二つの培養液供給施設に挟まれる場所に位置していた。そこには物音に引き寄せられて、ジンチクが数匹ほどたむろしている。ボックス内のドラム缶に当てないよう、自分を囮に引き寄せてから殲滅すると、ドラム缶を部屋に引きいれようとした。

 ドラム缶はバイオプラントに入る手前で、何かに引っかかって動きが鈍った。視線を落とすと、ドラム缶の底部と床の間にジンチクの糞が詰まっている。安定性の為に底を低く取ったが、こんなことになるとはな。


 オストリッチを先導させて、無理やり押し込んでみる。するとゆっくりとだが、糞をかき分けてドラム缶が進出した。

 動きが遅いと的になる。かといってこの部屋のジンチクを、殲滅できる余裕があるかどうかも分からん。帰りの血路を切り開く弾がいるからな。ショウジョウに立ち塞がれたらそこでアウトだ。


 即断だ。二種ある推進剤の一つを、二体のオストリッチにつなげてプロテアに投げる。それからマリアとリリィをそっちの方に押しやった。

 俺はもう一つの推進剤を残ったオストリッチで引く。そして別方向に身体を向けた。俺は一人で十分だ。

 彼女たちはそれだけで、俺の意図を察したのだろう。マリアとプロテアが杖に寄り掛かるように、オストリッチにマウントされた機関銃を構える。そしてリリィはアサルトライフルを握りしめつつ、周囲の警戒を始めた。


 もう少しだ。頑張ってくれ。

「頼むぞ。この意味が解るな?」

 プロテアの肩を叩いた。彼女は振り向くと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ああ。何が何でもこのクソッタレに、下剤をぶち込んでやるよ」

 違う。そうじゃない。プロテアの頬を優しく張る。そしてその胸元に指を突きつけた。

「ヤバくなったら逃げろ。あとは俺が何とかする。いいな。行け」

 プロテアは俺のついた指に押されて、上体をぐらぐらさせた。

 瞬間。彼女は何かを思い出したように、表情を惚けさせた。そして虚無でのっぺらとした表情を、安堵、敬愛、憧憬などという、この場には似つかわしくない感情で満たした。


 いかん。優しくし過ぎたようだ。無駄に頼られて気を抜かれては困る。俺は顔をぐいと押して、冷たくあしらった。

「行け」

 プロテアはきょとんとした真顔になるが、すぐに憎悪と悲哀に眉間の皺を寄せた。

「お前……ホントに誰なんだよ」

 そういい残して。


 俺もオストリッチの腹を蹴り、プロテアとは別の培養液供給施設へと走った。

 培養液供給施設は薄い鉄板で四角く間取りされており、中には一時保管タンクが横に並べられていた。

 数は全てで三つ。円筒形をしており、大きさは高さ二メートル、長さが十メートルほどだ。タンクは底の方に残留物が溜まらないようにするためにか、串焼きのように吊るされて緩く回転していた。


 タンクの両端からはパイプが伸びている。片方は甲一号のケツがあるバイオプラントへ、片方はいくつかの計器とバルブを経由して壁の中に潜り込んでいる。その先には培養液の精製所があるのだ。

 三つのタンク全てが稼働しているはずがない。薬物添加用や非常用があるはずだ。メーターを見ると使用中は一つだけで、残りの二つは空だった。


 まず栄養供給しているタンクのバルブを閉じて、これ以上成長できないようにしてやった。これでほっといても死ぬだろう。だが一刻も早く昇天して頂きたい。

 空のタンクの投入口とバルブを開ける。そしてドラム缶に付けた空圧ポンプを差し込んで、スイッチを入れた。滝のように推進剤が、タンク内に満ちる音がした。

 後は充填完了するまで待って、バルブを解放するだけだな。


 作業を待つ合間、のそりとジンチクが二匹、子供のように施設を覗き込んできた。俺はオストリッチの機関銃を取り外すと、腰だめに構えて引き金を引く。ジンチクは一瞬でミンチになり、内臓と替えの手足をばらまいた。

 ジンチクの死体を見下ろしながら、アメリカドームポリスに蔓延する異形生命体について考えてしまう。


 綺麗すぎる。

 ほとんどのドアやエレベーターが、施錠されたままだ。さらに破られた物が少ないどころか、触れた形跡すらない物が目立つのだ。知能の低い奴らのことだ。きっとドアと壁の区別もつかないに違いない。

 そんな奴らがドームポリスの亀裂から、内部に侵入する事が出来るのだろうか? よしんば入れたとしても、ジンチクが一匹、二匹程度だろう。連中はどこぞのエイリアンのように、寄生したりしない。ここまで繁殖できるわけがないのだ。こんな状況には陥るのは難しい。


 そう。

 内部に最初から、侵入していなければ。

 ドクンと心臓が跳ねる。

 領土亡き国家の連中が、スパイとしてドームポリスに潜伏していたとしたら全ての説明がつく。

 人間に扮して冬眠し、ユートピアへとたどり着き、あの悪意を再びばらまいたとしたら。

 気付かぬうちに唇を噛み切っていた。憤激のあまり、鼻孔の血管も切れたらしい。ぼとぼとと鼻血がこぼれ落ちる。

 俺は手の甲で鼻を拭うと、新たに顔を出したジンチクを撃った。


 俺は確かに、遺伝子補正プログラムを回収したはずだ。しかし奪還に時間がかかったのも事実。それまでの間に領土亡き国家と取引を済ませ、複製を完了していた可能性は捨てきれない。そうして遺伝子を補正した連中がドームポリスに潜入し、異形生命体を跋扈させたのだとしたら。


 自然と、俺の機関銃を持つ手は、赤子のように震えはじめた。


 見えない敵を探して、視線を周囲に巡らせる。当たり前だが視界に入るのは、荒れたバイオプラントの風景だけだ。不安に動悸がする。そしてある懸念に思い至り、それはより加速した。

 彼女たちの中にも、連中が紛れ込んでいるのではないだろうか。いやそもそも彼女たちは、本当に人類なのだろうか? 遺伝子補正プログラムで奇麗にガワだけを整えた、異形生命体かもしれない。そして今は記憶障害で思い出せずにいるが、内部にどす黒い悪意を秘めているのではないだろうか。


 俺の物思いを余所に、ドラム缶が液体と空気を啜り上げる音を立てた。

 一本目の充填が完了したらしい。考えている場合ではないな。今は任務に集中するか。

「スパイ狩りは……俺が死ぬ前にもできるさ……」

 でも、だとしたら。

 俺は何のために戦っているんだ?

 決意が崩れてしまう前に考えを打ち切ると、意識を手元に戻して二本目の充填を開始した。

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