第62話

 キャリア隊は、一回目の行軍で大地に刻印された足跡を辿るようにして疾駆した。

 異形生命体の姿は見当たらない。先の戦闘に引きつけられこの場から離れたのか、それとも巣であるアメリカドームポリスに戻ったのか――定かではない。

 結局部隊は異形生命体と会敵することなく、アメリカドームポリスへと戻ってきた。


 この時、作戦開始から九時間が経過。

 時刻は三時を過ぎ、太陽は進行方向である西の空に大きく傾いていた。

 俺は盆地の縁沿いにキャリアを走らせつつ、眼下の景色を見下した。

 食欲旺盛だな。盆地には僅かに残った死体の山と、その周辺で眠りこける異形生命体が多少残っているだけだ。マシラの数は異様に少なく、代わりにジンチクが大多数を占めている。それは速度に劣るジンチクが、誘引に付いて行けず取り残されたからだろう。ショウジョウは、ここから離れるつもりが無かったかのように、依然として陣取っていた。


 いずれにしろ異形生命体の数は激減した。

 盆地をひしめいて波を作り上げていた群れは、今やハンカチに付いた丸い染み程度しか残っていない。これなら練度の低い彼女たち、そして小回りの利かないキャリアでも、盆地を駆けて倉庫に到達できる。


「これよりアメリカドームポリスに侵入する。二号車は一号車に追随。護身以外の攻撃はするな。降りかかる火の粉のみ払え!」

 無線機に吠えて大きくハンドルを切り、一号車を盆地へと突撃させた。

 キャリアは砂煙を立てて、盆地を横切っていく。その行く手を遮るものない。

 少し進んだところで、ジンチクが数匹ほど舞い立つ砂埃に気を引かれたようだ。顔をあげて這い寄ってくるが、キャリアの速度についてこれず引き離された。

 ショウジョウも異変を感じ取り、立ち上がってキャリアを視界に収める。しかし奴らがジンチクを掴んだ頃には、俺はキャリアを射程外へと逃していた。

 お前の攻撃範囲は、先の戦いで把握済みだ。それに今度は数が減り、どこに何がいるかしっかり把握できる。もう驚かされるのはナシだ。


 キャリアは順調に進んで、開け放たれた倉庫の入り口が目前に迫る。中の空間は闇を蓄えつつも、作動する回転灯に赤い明滅を繰り返していた。

「サクラ。照明弾放て!」

『承知しました』

 2号車から、ポップコーンがはじけるような銃声がした。飛翔体が煙の軌跡を残しつつ、倉庫の闇へと消えていく。やがて弾頭が燃焼する音と共に、倉庫の黒は白い光で払われた。


「倉庫に侵入したら、中央と奥に一発ずつ放て」

 俺はそういって倉庫に突入した。

 ライトは付けない。光に反応したジンチクに飛び出され、それを跳ねて擱座したら困る。人攻機とは違い、車は急に止まれない。


 倉庫の入り口は照明弾で照らされ、回転灯の赤は強烈な白に塗りつぶされた。だが奥は依然暗いままで、そこではまだ赤い光がちらついている。

 サクラは照明弾を左右に分けて、居座る闇に向けて放つ。三発目の照明弾が燃えて白く輝くと、倉庫内は完全に闇から引き揚げられた。


 内部は一年前と大差ない。格子状の駐機所が整然と並び、あちこちにマシラやジンチクが徘徊している。変わったところといえば、壁面のコンテナに幾つか穴が空き、奇妙な肉袋が顔を覗かせているぐらいだ。

 照明弾の強烈な光に照らされる中、肉袋からジンチクが数匹飛び出して来た。

「キモ! 何アレ!」

 マリアの悲鳴が上がった。

 バックミラーに視線をやると、荷台から飛び出た銃身が小刻みにぶれて、狙いを定めようとしている。

「まだ撃つんじゃねぇ! 下手したら2号車に群がっからな!」

 俺が叱責する前に、プロテアが怒声を上げる。そして一号車の行く手を遮るマシラに掃射を浴びせた。

 そのマシラは光を浴びて呆然と立ち尽くしていたが、銃撃を受けて仰向けにひっくり返る。マシラが立ち上がる前に、俺はその脇をすり抜けた。

 背後から銃撃音がする。サクラが起き上がろうとするマシラを、銃弾で叩き伏せたようだ。


 キャリアは碁盤状に並ぶ駐機所の合間を縫い、奥へと走っていく。

 駐機所にも昨年以上に、ジンチクの住まう肉袋が詰まっていやがるな。何らかの方法で連中も繁殖したのだろう。そこからジンチクが這い出して、ぞろぞろとキャリアに這い寄ってきた。

 後追いのジンチクは問題ない。だが行く手を遮るジンチクはどうしようもない。

 右前方の駐機所内で、肉袋が蠢きだした。このジンチクが出てきたら鉢合わせになる。


「プロテア! ジンチクが完全に駐機所に出る前に殺せ!」

 俺が叫ぶと同時に肉袋が爆ぜて、小さな人間の手足をばら撒きながら、床に血の池を産み出した。それは次第に範囲を広げて、俺たちの進む通路にまで広がった。

 ウィンカーで二号車に左側に寄る事を伝える。そしてハンドルを切った。

「ジンチクの血だまりは踏むな! 一発で終わりだぞ!」

『分かった――左側注意しろ! マシラがいるぞ!』

 通信が切れるとともに、二号車で二十ミリ機関銃の轟音が上がる。そして肉が崩れ落ちる、重々しい音が後に続いた。


 キャリア隊は中央主柱を通過する。最奥まであと半分だ。異形生命体どもは照明弾の輝きに戸惑いつつも、倉庫を走るキャリアに反応して追いかけてくる。

 駐機所をいくつか隔ててマシラが二匹ほど並走し、背後からは二桁に達するジンチクが押し寄せていた。

「二号車! 後追いのジンチクはさっさと殺して構わん! 帰りは別の通路を通る!」

 二号車から銃声と、空薬莢が飛び散る音がする。少し間を置いて爆発音と、甲高いジンチクの悲鳴が上がった。手榴弾を転がしたのか。いい判断だ。


 倉庫の最奥部が見えた。そこにはエレベーターシャフトと、管制室が交互に並んでいた。

 中央のエレベーターシャフトのボックスは、去年俺が乗ったために保管庫にある。ハンドルを切って右端のエレベーターシャフトへと通じるレーンに、キャリアを移動させた。

 窓から手を出して、二号車に右に寄るよう指示する。そして射線を空けるように、一号車を左側に寄らせた。


「アカシア! エレベーターの右脇だ! 開閉ボタンを押せ!」

 俺はバックミラーをちらりと見た。サクラが銃座から降りて、代わりにアカシアがひょっこりと顔を出す。彼女はリングマウントにアサルトライフルの銃身を乗せて、構えると引き金を絞った。

 銃声は三回した。

 一発目は着弾点を計ったのか、ボタンのやや下に着弾する。発射された非殺傷用ゴム弾は、壁に弾んで床に落ちた。

 二発目は見事に開閉ボタンに命中する。そしてダメ押しと言わんばかりに、三発目がもう一回ボタンを叩いた。


 間の抜けた音と共に、エレベーターの金網が開く。

 一号、二号キャリアは並列してボックスの中に滑り込んだ。その際残った攻機手榴弾を、いくつか落としておいた。

 俺は運転席から飛び降りて、ボックス内の上昇ボタンを押しに走った。

 その合間に彼女たちが十二.六ミリ機関銃を担いで荷台から飛び出し、床に伏せて構えると迫りくるジンチクに乱射した。

 並走するマシラが飛びかかってくるが、そちらは攻機手榴弾を遠隔起爆させて一掃した。


 エレベーターの金網が閉まり、のろのろとボックスが上昇していく。彼女たちはぴたりと射撃を止めて、気を抜くように床の上に突っ伏した。

 倉庫を見下ろすと照明弾に照らされて、異形生命体がそこかしこを走り回っていた。それは右側エレベーターシャフトに続々と集結し始め、金網を殴りつけて鳴らしたり、奇妙な雄叫びを上げたりした。

 やがて照明弾が燃え尽きる。おぞましい異形生命体の姿は、暗闇の中に沈んでいき、再び薄暗闇を赤い回転灯が切り裂くようになった。


「ナガセ質問! これって閉じ込められたんじゃないでしょーか!」

 マリアがきびきびと手を挙げ、引きつった声を上げた。

「俺は帰ってきた。策はある。心配するな」

 倉庫の情景が、鉄の壁に遮られて見えなくなる。やがて「SK3」と赤いペンキで書かれた鉄扉が見え、エレベーターは小さな揺れと共に止まった。

 鉄扉が開いて、保管庫へと繋がる。彼女たちは異形生命体がいないかと、床に伏せたまま銃を構えて固まった。


 静寂の中、彼女たちの荒い吐息と、衣擦れの音が反響する。しばらくしてデージーとサンが、アサルトライフルを構えながら保管庫へと入り、周辺を改めていった。機関銃手もその後ろに続き、戦線を押し上げていく。やがて彼女たちは安全を確認し、肩の力を抜いた。


 俺はキャリアを保管庫内に入れて、中央エレベーターシャフトの前――降着姿勢をとり項垂れるカットラスの前に駐車させた。そしててきぱきと彼女たちに指示を出した。


「サクラ。昨年俺が乗り捨てたカットラスだ。状態を確認してくれ。アルファ。教えた場所にオストリッチがある。六機、引っ張ってくれ。シエラ。充電の準備だ。荷台からバッテリーをとってこい。残りは積み荷を降ろすのを手伝え」

 俺は二号車の荷台に上がり、鎮座するアイアンワンドをゆっくりと床に降ろした。

 アイアンワンドのキューブは、特製のケースで保護した。まずキューブを保護シートで覆い、クッションを噛ませた上で鉄枠の中に収め、装甲板を張った。これならジンチクの溶解液にも耐えられるだろう。大きさは車椅子より少し大きいぐらいで、底面にはキャスターが取り付けてある。楽に床を転がして運べる。


 推進剤の入ったドラム缶も同じように梱包してある。それらはアジリアの監督のもとで、荷台にスロープを掛けて慎重に降ろされた。こちらは高さ一メートル、直径六十センチとやや大きい。

 推進剤は二種類で、百五十リットルずつ。合計三百リットルである。結構な量だが、オストリッチならぎりぎり牽引できるだろう。


 サクラがカットラスの点検を終えた。問題はないらしいので、仮に撤退することになったなら囮で使うか。


 その頃アルファチームが卵形態のオストリッチを、キャリアの前まで運び終えた。すぐにシエラチームがバッテリーとオストリッチを接続して充電を始める。俺はリリィにオストリッチを起動させると、その武装を整える事にした。

 オストリッチは頭のないダチョウに似た容姿をしている。首の部分は機関銃をマウント可能なので、持ち込んだ十二.六ミリ機関銃を搭載する。空いた脇下のハードポイントには手榴弾を吊ることにした。最後に防護シートを、まるでよだれ掛けのように纏わせた。


 オストリッチの配分は、俺とアルファチームで四機、チャーリーとブラボーチームで二機だ。

 アルファチームは全員でオストリッチに乗る。リリィのオストリッチだけは丸腰で、尾部のフックでドラム缶を引かせて運搬に集中させることにした。


 ブラボーとチャーリーチームのオストリッチは、もっぱら迎撃用だ。息の合うサンとデージーに乗せ、進路と退路を切り開かせる。アイアンワンドは人力で運ぶことになるが、あれしき大玉を転がすよりより簡単な仕事だ。


 俺はシエラチームに再攻撃と撤退の準備を指示した後、アメリカドームポリス内に突入するチームを集めて、最終確認を行った。

 持ち帰ったドームポリス内の地図をデバイスに映し、メインルート、予備のルート、敵の対処法、そして撤退ルートを確かめた。

 作戦目標を達成ないし、失敗した場合いかなる行動をとるべきかも、一つずつ確認していった。

 確認の間、彼女たちは俺の質問に答えながらも、緊張で砂のように乾く唇を舌で舐めていた。


「俺の確認は終わりだ。各自、チームリーダーともう一度確認をとり、意思の疎通を徹底しろ」

 アジリアの元に、ブラボーとチャーリーチームがわらわらと集まる。サクラは少し不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、もったいぶってわざと最後に集まった。

 アジリアは怒りというよりも、不安の気持ちを眼差しに乗せて、サクラを見つめている。


 約束を守れよ。心の中で祈る。

 やがてアジリアがサクラに何かをいった。遠くてここからでは聞こえない。だが何度かやり取りを終えると、アジリアはサクラを隣に招いて、メンバーに向き直って話し始めた。

 何をいったかは知らないが、うまくまとめたようだな。

 信用はできんが、多少は気が楽になった。


 俺の元にもアルファチームが集まる。

 彼女らは不安を隠そうとせずに、俺を見つめる。

 もっと堂々とすればいいのに。何を不安がるんだか。

 俺は彼女らを一瞥だけして、背中を向けた。

「プロテアから絶対に離れるな。目の前の敵だけを撃て。以上、時間まで休憩とする。プロテア。残れ」


 背後で戸惑いに何歩か足踏む音がする。そして間を置いて、二人分の足音が離れていった。

 俺は足音が聞こえなくなるまで待ってから口を開いた。

「俺からはぐれたら、俺に付いて行けないと思ったら、何も考えず逃げろ。そして化け物を殺したといえ。以上だ、休憩とする」

 足音はしない。背後には人の気配が残り続けている。振り返るとプロテアが仁王立ちになり、俺を睨み付けていた。


「何か問題でもあるか?」

 プロテアはふいっとそっぽを向く。そして壁際に腰かける、アルファチームへと歩いていった。


 半刻が過ぎ、オストリッチが充電完了を知らせてその場で羽ばたいた。

 時間だ。

 ある女性は、あてがわれたオストリッチに跨る。

 ある女性は、アサルトライフルを手に取った。

 そしてある女性はアイアンワンドを牽引し、ある女性は背負う爆弾を確認した。

 彼女たちは黙々と、倉庫の出口へと集まった。


 この先からは分かれて行動する。

 俺たちは廊下を右に走ってバイオプラントへ、アジリアたちは廊下を左に走ってサブコントロールルームへ向かう。

 そっと保管庫のドアに耳を当てて、廊下の様子を探った。

 廊下に吹きすさぶ風鳴りに混じり、化け物の雄叫びがこだましている。だが戸板の向こうで生き物が蠢く気配はない。


 俺は見送りにきた、シエラチームを振り返った。

「アイリス。ロータス。頼んだぞ。仮に装備を出すことになった時、死体には気を付けろ。真正面から見ず、絶対に素手で触るな。分かったな?」

 アイリスは後ろから抱きしめるように、パギを抑えている。そして声を震わせながら言った。

「分かりました」

 パギはアジリアが心配な用で、届かない手を彼女に伸ばしていた。

 それに気づいたアジリアは表情をふっと和らげると、パギに軽くウィンクして見せた。

 そんな茶目っ気があるとは知らなかった。


 ロータスはというと、面倒臭そうにひらひらと手を振った。

「へいへいさっさと行って殺されて来いバーカ」

 俺は本当にお前だけが心配でならない。

 俺がくたばる前にその性格を矯正できるとは思えん。

 アジリアとサクラ、プロテアに、注意だけ促しておくか。


 ドアの開閉ボタンに親指を当てる。そして彼女たちを見渡した。

「これが済んだら、パーティでも開くか。ご馳走にあり付き、派手に騒ぎたければ死ぬなよ。準備はいいか?」

『はい!』

「無理だけはするな」

 ボタンを押した。

 俺はアルファチームを引き連れて廊下を疾駆した。先頭を切り、右翼をプロテアが、左翼をマリアが務めた。そして最後尾を、リリィがドラム缶を引いて続く。

 リリィはオストリッチにしがみ付くようにして乗っている。猛特訓したが、未だに乗るのが苦手なのである。

 続いてブラボーとチャーリーが飛び出す。彼女らは俺たちとは反対の方向へと、駆けて出していった。

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